「あああああ、シンちゃんは、シンちゃんだけは、そんなことをしない人だって思ってたのにぃ」
あからさまに嘘臭く泣き真似をしているのは大レイであった。
「あのねぇ」
げんなりとシンジ。
「やめてよね、そういうの」
「じゃあ」
レイは顔を上げるなり訊ねた。
「ホントのとこはどうなの?」
「どう、って……」
言葉を濁すと、横からつつかれた。
「言えないのかい?」
「カヲル君……」
それはまずいねぇと、カヲルは室内を見渡した。
注目を浴びている、みな真相を知りたいのだろう。
教室中が注目している。
カヲルはシンジの理解を待って肩をすくめた。
「わかっただろう?、このままじゃあ君は本当に吸っていたことにされてしまうよ?」
「……」
「まあ、それ自体はそう大袈裟にすることじゃあないけどね」
なにしろ、とはっきりと口にする。
「僕だって、吸うからね」
「え!?」
「正しくは、吸える、だけどね?、吸えるけど吸わない人なのさ、僕は」
どちらにせよ、中学生の台詞じゃないなと、シンジは思う。
「問題なのは」
カヲルは苦笑して付け加えた。
「吸ったのかもしれない君と一緒に、レイちゃんが居たことなのさ」
「レイが?」
「レイちゃんにも、吸わせてるんじゃないかってね」
「そんなことするわけ!」
「でも優しそうだった君が、本当はそういう人だったのかもしれないとなると、それくらいのことだってやってるのかもしれないって話にはなるだろう?」
そういうものなのかと黙らされてしまう。
「僕は……、吸ってないよ」
「信じるよ」
「ありがとう……」
「でも本当のことは言えないんだね?」
「……うん」
「どうして?」
「だって」
シンジはぼそぼそと口にした。
「その人のことを好きな女の子が居るんだ、僕が本当のことを話したらその子はその人に会えなくなるかもしれない、そんなのは嫌だよ」
カヲルは呆れたようにシンジに訊ねた。
「だから、罪を被るのかい?」
「……吸ったかもしれないって、疑われるような目で見られるだけだよ、その方が良い」
君はとカヲルは溜め息を吐いた。
「不器用だねぇ」
「うん……」
「でも、好意には値するよ」
「そんなことないよ」
カヲルは微笑してから、むぅっとなっているレイの存在に気がついた。
「どうしたんだい?」
「知んない!」
ぷいっとそっぽを向いて行ってしまう。
「……なんだろ?」
「なんだろうねぇ?」
カヲルはおかしそうに体を揺すった。
本当はレイが拗ねた理由など、お見通しのカヲルだった。
「なによなによなによ」
ぷりぷりとして歩く。
「シンちゃんってば、渚君には教えるくせに」
と、耳に入って来る噂話があった。
「でも本当なら酷いよねぇ」
耳を大きくして、角の向こう、階段からの声を聞く。
「レイちゃんってさ、体、弱いんでしょう?、そんな子に煙草吸わせるなんて」
「まだわかんないじゃない」
「どうなのかなぁ?」
レイは元来た道を戻ることにした。
(う〜ん……)
あんまりシンジが吸っているかどうかについては問題になっていないなと感じる。
(むしろレイちゃんが問題?)
お兄ちゃんと慕って甘えるような子だ、そんな子に対しては、『酷い』という意識が働くのかもしれないとレイは思った。
(たぶん、そうだよね……)
イメージの問題なのかもしれない、これが普通の妹であったなら、みなの意識も『みんなやってること』、あるいは『それくらいのことで』、または『もっとうまくやればよかったのに』、となったのかもしれない。
と、きょろきょろとしている人の姿が目に付いた。
「レイちゃん」
「お姉ちゃん……」
小レイは誰かを捜していたらしく、不安げだった。
すぐにわかる。
「お兄ちゃんなら、教室だよん」
「そう……」
足取り重く歩き出す。
レイは妹のそんな姿に胸が痛くなってしまった。
「気にしてるの?」
小レイはこくんと頷いた。
「そっか……」
訊いてみる。
「レイちゃんなら、知ってるよね?、ホントのこと」
こくんと……
「それって、言えないの?」
「言っちゃダメって、お兄ちゃんが言った」
「そう……」
「だから、ダメ、誰にも教えちゃいけないの」
そう。
「煙草を吸ったのは、用務員のおじさんだって、言っちゃダメなの」
天然。
レイは顔を手のひらで被って、かなり大きめに溜め息を吐いた。
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