あたしに言い寄ったくせに!、あたしにプロポーズしたくせにィ!
……思い込みとは、実に恐ろしいものである。
家が隣りだったとは言え、二人には交流などろくになかった、親同士はともかくとして、シンジには手の掛かる妹が居たし、アスカは同い年の子どもになど、目もくれていなかったからである。
「けどなぁ」
加持はミサトに暴露した。
「アスカの中じゃ、シンジ君とは幼稚園も小学校も同じだったからな、相当仲良く育ったってことになってるらしいんだよ」
「へぇ?」
「それこそ少ない思い出を派手に脚色してな?、むしろシンジ君の記憶の方が正しいんじゃないかと思うよ、実際、アスカはすぐにドイツに越すことになったんだから、仲良くなってるような時間なんて無かったはずだ」
ミサトはふむふむと頷いて、茶菓子のせんべいに手を伸ばした。
「よくもまあ、そう都合よく記憶を改竄できるもんねぇ」
「まあ俺が聞いたのもアスカからの話だからな、差し引いてもそのくらい大袈裟になるってことだ」
「う〜ん……」
ミサトは唸った。
「でも惣流さんばかりが悪いとは言い切れないしねぇ?」
ん?、っと加持。
「なにかあるのか?」
「ええ……」
複雑な表情をする。
「聞いた話じゃ、ほら、シンジ君ってレイちゃんのことがあったから、とにかく虐めに敏感で、喧嘩ばかり吹っ掛けてたって話なのよね」
ほうっと唸る。
「今のシンジ君からは、想像もできないな」
「茶化さないで」
睨み付ける。
「そんなだったから……、シンジ君の評価って言うのは二分されてたみたいなのよね、乱暴者と、王子様と」
「王子様ぁ?」
「ええ……、ほら、泣いてたり、困ってると必ず飛んで来て助けてくれる、慰めてくれる、甘えさせてくれる……、お兄ちゃんなのね、精神的に、そのシンジ君の殺し文句が、『笑ってる方が可愛いと思うよ』と、『誰だってお嫁さんにするなら可愛い子の方がいいからね?』、なのよね」
「おいおい……」
「どこかで聞いた覚えがあるのよねぇ」
ジト目で睨む。
加持は脂汗を流して顔を背けた。
「ど、どうだったかなぁ……」
「ふざけないでよ?」
こらっと、半分になったせんべいを投げ付けた。
こつんと加持の頭に当たり、跳ねて落ちる。
「あたし、その台詞、あんたから聞いた覚えがあるんだけど?、大学の時に」
「……」
「余計な入れ知恵は、そんなに昔からやってたのねぇ」
加持は慌てて、ちょっと待てよと弁解を始めた。
「別に意識して入れ知恵なんてしてないぞ?」
「子供はね、勝手に学ぶものなのよ」
「そこまで責任持てるかよ……」
「じゃあ、アスカについては?」
「……」
沈黙する。
はぁっと嘆息。
「これに凝りたら、子供たちの前では、迂闊な真似はしないでね」
「……わかったよ」
でも、と加持は校長室に向かう途中でにやついていた。
(シンジ君、思ってるよりもずっとアスカのことを意識してるようだな)
でなければ庇おうなどとはしないだろう。
(自分で責任を取って下さいね、あたりかな?、そんな具合に正直に煙草の匂いの理由を明かしたはずだ)
苦笑する。
(アスカが泣くのは嫌、か、勘違いはともかくとして、その意識が妹に対するものと違う方向に進むかどうかが問題だよなぁ……)
その辺りを掻き回せば面白いことになるんだが、と一人楽しむ。
ミサトに対する言い護魔化しの理由はここにあった。
「さてと……、ん?」
加持は廊下の先にシンジを見付けた。
「お〜い、シンジ君」
「加持さん」
立ち止まる、シンジは珍しいなと首を傾げた。
「どうしたんですか?、こんなところで……」
「おいおい、俺は用務員だぜ?、校舎くらい歩くさ」
「でも生徒が居る時間帯は避けてたじゃないですか」
「まあな、臨時じゃ胡散臭がられてさ」
「顔、覚えられてませんもんね」
「そういうこと」
ところでと加持は強引に話題を振った。
「校長に俺のことを話さなかったんだって?」
「あ……」
困ったなぁと弱り果てるシンジを心配してか、小レイはきゅっと兄のシャツの袖を掴んだ。
恨めしそうに、加持を見上げる、物言いたげに。
「心配しなくていいぞ」
加持はそんなレイのことを安心させてやった。
「これから校長のところに説明にな、行って来るよ」
「で、でも!」
「大丈夫さ、ちゃんと用務員室での喫煙には許可を貰ってあるんだよ」
「本当なんですか?」
「ああ、だからシンジ君が心配するようなことはないのさ」
片目をつむって見せる。
「悪かったな、心配かけて」
「そんな……、勝手にやったことですから」
「でも正直、うれしくは思ってないぞ」
加持は非常に厳しく、叱り付ける顔になった。
「おれが子供に責任をなすりつけて、それで平然としてられるような男だと思われていたとしたら、心外だな」
「そんな!、僕はただ……」
「ただ、なんだ?」
「……」
加持は不自然なタイミングで表情を和らげた。
「わかってるさ……」
「え?」
シンジの肩にぽんと手を置く。
「わかってるよ、アスカを大事にしてやりたかった、それだけなんだろう?」
「え?、え?」
「わかってるわかってる」
何も言うなと手で押しとどめる。
「アスカが悲しむんじゃないか、そう思うといてもたってもいられなかったんだろう?」
「あ、あの、加持さん?」
「わかってるさ、シンジ君は俺を庇おうとしたんじゃなくて、俺がアスカの前から居なくなると、アスカが『また』泣くんじゃないかって思ったってことは、ちゃんとな?」
「加持さん!」
さあてとと加持ははぐらかした。
「校長がお待ちかねだ、大人は自分で責任を取らないとな、んじゃ、気をつけて帰れよぉ〜」
「加持っ……、まったくもう!」
話を聞けと憤慨するが……
「え?」
くいくいっと袖を引かれて振り返る。
「なんだよレ……、アスカ?」
「シンジ……」
妙にしおらしく、胸の前に手を組んで、うるうると瞳をうるませていた。
「シンジ!」
「ちょ、なんだよアスカ!?」
「大好き!」
「え!?」
「シンジのバカ!」
抱きつき、首に腕を絡め、胸を押し付ける。
「アタシが好きなのは、加持さんじゃない!、シンジなのよ!」
「えええええ!?」
わたわたとおたついて手をさ迷わせる、どこを触っていいものやら困る、発育が良過ぎる。
そんな兄のだらしない顔に、レイはむぅっと拗ねて見せた。
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