Asuka's - janktion:017
(なにがなにやら……)
 状況の推移に、まったく着いていけてないシンジであった。
「だから今日は、シンジはあたしんとこに来れば良いのよ!」
「なんでそうなるのよ!」
「あんたらがシンジの部屋取っちゃうからじゃない!」
「取ったのは惣流さんでしょ!」
「じゃあ返してあげる!」
「いらない!」
「なんでよ!」
「なんでもよ!」
 うーっと二人、睨み合う。
「シンジの部屋は貸してあげるっつってんでしょうが!、なにが不満なのよ!」
「だからって、なんでシンジ君が惣流さんとこで寝ることになるのよ!」
「二対二でないとバランスが悪いじゃない!」
「夕べは三体一だったでしょ!」
「だから今日から是正するって言ってんのよ!、シンジ!」
「は、はい!?」
 アスカは、にたぁっといやらしく笑った。
「ねぇ?、シンジぃ〜?、固い枕と柔らかい枕、どっちが好い?」
 と言って、アスカは徴発的に胸を突き出した。
「ま、枕って……」
 真っ赤になるシンジに、レイはむっとしてカッとなって怒鳴ってしまった。
「枕はやわらか過ぎると寝苦しいのよ!、固い方が良いんだモン!」
 お姉ちゃんっと小レイが突っ込む。
「それ、負け、認めてる」
「う……」
 どちくしょーっと駆け去っていく。
「なんだかなぁ……」
 勝ち誇っているアスカに思う。
(だいたい加持さんのことが好きなんじゃなかったの?)
 ──覚えているはずがない。
 シンジにとって、アスカが大事に思っている想い出などは、『沢山』声をかけた女の子たちの内の、『たったひとり』との接触事項に過ぎなかったのだから。
 覚えていようはずがなかった。


「それはそれは」
 カヲルは苦笑を禁じえなかった。
「これを一言で称するなら……、『脈が無い』」
「うぐっ!」
「……ということになるねぇ」
 胸を押さえて、はぁはぁと動悸に喘いでいたアスカは、恨めしげにカヲルを見やった。
「あんた楽しいわけ?、あたしをからかって」
「すこぶるね」
「……イジワル」
「可愛く言ったってダメさ、僕は君の本性を知っているからね」
 ちえーっとアスカは舌を出した。
 ──カヲルの部屋である。
「それにしても」
 アスカは室内を見渡した。
「思ってたほど、おかしな部屋じゃないのね」
「そうかい?、どんな部屋を想像していたんだい?」
「あんたのことだから、殺風景で、キザっぽいやつ」
 カヲルは想像しようとして……、やめた。
 暗殺者のように陰気で、薄暗く、そしてスタイルを気にしているプレイボーイのようにかためている、そんな想像になりかけたからだ。
「でも……」
 カヲルは淹れたての紅茶をふるまった。
「シンジ君のことを思っているなら、僕の部屋に遊びに行って来るだなんて、伝えてから出て来るのはよした方が好かったんじゃなかったのかい?」
 なんで?、とアスカ。
 ほんとうにわかっていないらしい。
「君が僕を意識していないのは勝手だけれど」
 苦笑する。
「アスカが僕を警戒しないのは……、僕が決して手を出さないと知っているから、そうだろう?」
「……出せないだけでしょ?」
 君は猛獣のようだからね、との言葉をひた隠しに隠す。
「でもシンジ君は違うよ」
「……」
「レイちゃんたちもね」
「なにが言いたいのよ?」
「もし僕たちが二人きりのところを誰かに見られたら?、見間違えるはずなんてない組み合わせだよ、どんな憶測が飛び交うことになるのか、見物だろうね」
「……そういうこと」
「そういうことだよ」
 と紅茶を口にして間を取った。
「特に、シンジ君は恋愛ごとには疎いからね、実にすんなりと信じ込むだろうね、そして誤解したまま、『おめでとう』と言いかねない」
「まさか……」
「事実、綾波さんの時はそう口にして、大変なことになってしまったよ」
 ふむふむと理解を示すアスカである、アスカ的には拗ねた『あの女』がシンジを締め上げて告らせたのではないかという想像に発展していたのだが……
(シンジ君が、告白まがいのことを口にしてしまっただなんて、言わない方が面白い)
 しれっとアスカの誤解に、知らん振りを決め込むカヲルであった。


「ちょっとセンパイ、聞いてますぅ?」
 バックはがやがやがと騒がしい。
 居酒屋である。
「なぁんであたしが怒られなくちゃならないんですかぁ」
「さあね……」
「大体あの惣流って子!、さっき渚君と歩いてたんですよぉ?、ふたりっきりでぇ」
「へぇ?」
「ふけつですぅ!、ふたりっきりだなんてぇ」
 かなり酔いが回っているようで、マヤはリツコの表情の変化には気付かないままくだをまいた。
「渚君ってぇ、ひとりぐらしのはずですよねぇ、きっと惣流さんを連れ込んで……」
 勝手に想像して、その妄想に不機嫌になった。
「ふけつですぅ!」
「そう」
「ふけつふけつふけつふけつふけつ」
 ぶつぶつと崩れていく。
「あら」
 リツコは新しい客へと目を向けた。
「加持君」
「よぉ」
 片手を上げて寄って来る。
「珍しいな、こんなところに」
「この子がね……」
 突っ伏して、うにうにとテーブルにこぼれたお酒を指でこね回している。
「マンションのね、扉の前で泣いてたのよ」
「へぇ……」
「もううっとうしくて」
 頭痛がするのか、リツコは眉間に寄った皺の上に指先を当てた。
「近所の人からも変な目で見られるし」
「変な目?」
「人の腰にすがって泣くのよ?、あたしを見捨てるんですかぁ、なんて」
「それはそれは……」
 難儀な、と面白がる。
「じゃあ今日は一晩中面倒を?」
「冗談じゃないわ、このまま酔い潰して送り返すに決まってるじゃない」
「冷たいんだな?」
「……優しい顔なんてできるはずないじゃない、甘やかして泊めてあげたらどうなると思う?、明日の朝起きた時、あたしどうしてセンパイのベッドに、なんてね?」
「責任取らされそうだなぁ」
「それがわかってて、どうして……」
 にやりと加持。
「じゃあ、俺が引き取ってやろうか?」
 焼酎の入ったコップを唇に当てて、一瞥する。
「やめておいた方が良いんじゃない?」
「どうして?」
「こわ〜いお姉さんが、後ろで指を鳴らしているからよ」
 ザッと加持は、顔から血の気を引かせて青ざめた。



続く



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