Asuka's - janktion:020
「やあ、アスカ」
 つーん。
「アスカ」
 つーん。
「ああ、アスカ」
 つーん。
「どうしたんだい?、アスカ」
 つーん。


「なんや、渚ぁ、えらい嫌われとるやないかぁ」
 男子の間だけで、どっと笑いが巻き起こった。
「う〜ん、そうみたいだねぇ」
 これはどうやらと、カヲルは余裕を持って振る舞った。
「大変だね」
「シンジ君の気持ちが、ちょっとだけ理解できたよ」
「そう?」
「レイちゃんにふられている時のシンジ君も、きっとこんな気持ちなんだろうねぇ」
 と、カヲルは袖を引く気配に気がついた。
「なんだい?」
「……ふってない」
「ん?」
「わたしは、お兄ちゃんをふったりしないわ」
「そうだね」
 ニコッと笑って、彼女の頭にぽんと手を置く。
 シンジとはまた違った繊細な撫でつけ方に、レイの目は細くなった。
「レイちゃん、気持ち好さそう」
 ヒカリの羨ましげな声音に、鈴原トウジが引っ掛かった。
「なんや、委員長もしてもらいたいんか?」
「な、なに言い出すのよ!」
「わしがしたろか?」
「……やめとく」
「なんでや?」
「髪、ぐしゃぐしゃにされそうだから」
「言えてる」
「なんやとケンスケぇ!」
 こちらにも別種の笑いが巻き起こる。


 その頃、アスカは校舎裏にある花壇に来ていた。
 チューリップの前にしゃがみこんで、じっと赤い色を見つめている。
「ん〜ん〜ン♪っと、アスカじゃないか」
 アスカはしゃがみ込んだままで加持を見上げた。
「加持さん……」
「どうしたんだ?、こんなところで」
「加持さんは?」
「俺か?、俺は花の水やりだよ」
 加持の手にジョウロを見つける。
「加持さんが育ててるの?」
「花壇を作ったのは何年か前の卒業生で、面倒見てたのはおふくろさん……、今は病欠中の用務員のおばさんだよ」
 ほらっと指差す。
「この辺りなんかもうよさそうだな、適当に摘んで職員室なんかに飾るのさ」
「加持さんが?」
「それも用務員の仕事だよ」
 そうなのかなぁとは思ったが、本来働いているはずの用務員さんが女の人なら、そういうこともあるのかもしれないと思い、アスカは口にしないことにした。
「授業、始まるんじゃないのか?」
 加持に言われて、もうそんな時間かと溜め息を吐く。
「行きたくないなぁ……」
「どうして?」
「会いたくない奴が居るから」
「シンジ君のことか?」
 アスカはシンジ?、と怪訝な表情を見せたのだが、加持は格好を付けて顎に手をやっていたものだから気付かなかった。
「そりゃ、まあ……、停学覚悟で俺を庇ったのが、実はアスカのためだったって言うんだから、アスカが照れ臭く感じるのも仕方ないだろうが」
「……」
「でももうすぐ三年になるってこの時期に、そんな真似をするなんて賢くはないよな、下手をすると内申書はどうなる?」
「お人好しだから、シンジは」
「そうだな」
 でもと口にする。
「そんなシンジ君だからこそ、みんな惹かれるのさ」
「そう?」
「そうだろう?、何よりも自分のことを思ってくれる、優先してくれる、考えてくれる相手ってのは、居心地の好いもんさ」
「そっか……」
「ただ、なぁ……、それが恋に繋がるかどうかはわからないが」
「え?」
 アスカはきょとんとした顔を見せた。
「そうなの?」
「そりゃそうだろう?」
 呆れて、加持。
「良くしてくれる、考えてくれる、心配してくれる奴っていうのは、好い友達ってことなんじゃないのか?、だから男も女も関係なく、集まるんだ」
「そっか……」
「そうだぞ?、だからアスカもシンジ君に好かれたいなら……、どうした?」
 アスカは涙ぐんでいた。
「でも、好きになってもらうって、どうすれば良いのかわかんない」
「アスカ……」
「みんなアタシのこといじめるんだもん、だから言い負かしてやったし、喧嘩も強くなったけど……、でも誰もあたしのこと、好きだなんて言ってくれなかった」
 加持さん以外はとアスカは付け足す。
「パパもママも嫌い、みんな嫌い、でも加持さんは好き」
 加持は抱きしめたい衝動を堪えて口にした。
「シンジ君の次くらいには、だろ?」
「……」
「俺は一度、アスカを裏切ってるからなぁ……」
「加持さん」
 加持は前屈みになると、アスカと彼女の肩にぽんと手を置き、説教をし始めた。
「良いかアスカ、好きならなりふりかまわず行くんだ、俺に言えるのはそれだけだな」
「それだけって……」
「だってそうだろう?、好きって言うのはもっと泥臭いもんさ、格好悪くて、どうしようもない、大事にしたいとか、守ってやりたいとかってポーズを取っていても、その内心じゃキスしたいとか、エッチしたとか、そういった欲求も含んでるもんさ」
 アスカは思わず赤くなってしまった。
「エッチって……」
「シンジ君だって男だぞ?」
「……」
「あんなに可愛い妹二人が慕って来るんだ、そりゃ誘惑だってされるさ」
「シンジは!」
「でも堪えてる」
 アスカは言葉を詰まらせた。
「シンジ君は我慢することに慣れてる、だから隠すのも巧いんだ、自分にさえ隠してる」
「自分に?」
「ああ、そういう興味は持っていて当然のものだろう?、なのにそれ以上に大切なことがあるから、二の次にするように努めてるんだな」
「だから隠れて見えないの?」
 ああ、と加持は肯定した。
「見えないだけで、ちゃんと興味は持ってるはずさ」
「シンジが……」
「シンジ君の好きが好意以上の感情に育たないのはそういう理由なんじゃないのかな?、一緒に暮らしてるんだ、普通の男の子なら喜んでアスカの誘いに乗るさ」
「加持さん!」
 怒ったアスカに、加持は悪かったと謝罪した。
「大事にしたいって気持ちと、自分のものにしたいって気持ちは違う物なのさ、だから男はいつもどちらを取るかで悩んでる」
「……」
「ほら、今ならまだ遅刻で済むぞ」
「うん……」
 アスカは従って駆け出したが、途中で一度だけ振り返った。
(加持さんも、あたしにそういう興味が持てなかったから、かまってはくれても、好きにはなってくれなかったのかな?)
 男の背中は、なにも語らない、ただ手に持ったジョウロで、大事な花に水をやっている姿は、何か恣意しい的な意味合いが含まれているように感じられて、アスカの心を刺激した。



続く



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