(違う、違う、違う、違う、違ぁう!)
力の限り駆けながら、アスカは否定し続けた。
教室で見た夢、心地好い雰囲気、でもあれは違うと必死の思いで拒絶する。
(あたしが考えてたのは!)
『はい、シンジ、あ〜ん……、あ、うん、だめぇんゥ』
(っていう展開でェ!)
アスカは確認もしないで駆け込み掛けて、その玄関先でたたらを踏んだ。
「あ……」
間違えて飛び込み掛けたのは、隣の家。
昔の、自分の家だった。
「……」
ぐっと唇を噛み締める。
「あたし……」
あははと笑ってじゃれあっている光景。
気付かされる。
(あたし……)
加持、そしてカヲルに欲した雰囲気。
お兄ちゃんに求めたもの。
それが何か。
ぐっと堪えて顔を上げる。
「あ……」
そこで慌てたのは、声をかけようとしていたレイだった。
「えっと……」
碇家にも庭がある、とても小さな庭で、すぐ荷物で埋まってしまいそうな庭である。
縁側に座り、いじけてしまっているアスカの背中に、レイは困った様子でフォローをくれようとした。
「あたしも……、わかるよ、たぶん」
ぼりぼりと後頭部を掻く。
「たぶん、あたしも惣流さんと、同じだったから……」
「……」
「最初は、期待しちゃってさぁ……、ほら、だって同い年の男の子だって話だったし、ちょっとカッコイイとか聞いてたし、それで、ほら」
ばたばたと慌てる。
「でも……、なんだか段々、居心地が好くなっちゃってさぁ……、気がついたら、妹でもいっかなって、なんてさ」
はは……、と笑って、虚しくなった。
「でもねぇ、やっぱり、シンちゃんのこと好きだし」
ビクッとアスカの肩が震える。
「微妙だよねぇ……」
レイはちらりとアスカを見やった。
微動だにしない、息をしているのかと疑ってしまうほどに動かない。
「ええと、アスカさん?」
答えはない。
はぁっと溜め息を洩らしてしまう。
「ま、アスカさんがどう考えるのかは勝手だけど」
これだけは言っとくと、レイは事実を突き立てた。
「シンちゃんは鈍いんじゃないからね、ただ他に譲っちゃうだけ、じゃ」
静かに気配が遠ざかって行く。
完全にそれが感じられなくなってから、アスカは体を震わせた。
「……によ」
ぎりっと口の端を噛み締める、切れるほど。
「わかったようなこと、言ってんじゃ、ないわよっ」
ブチッと千切れる……、寸前で、アスカはふぅっと力を抜いた。
はぁっと溜め息を洩らして気を落ち着ける。
「あたし……、なにやってんだろ」
そしてもう一つ。
「なんであたし、ここに居るんだろ?」
うむ、と声。
「それは実に大きな問題だな」
「おっ、おじさっ、きゃん!」
いつの間にっと驚いて振り返ろうとし、失敗して、庭に落ちてお尻を強く打ってしまった。
「大丈夫かね」
「ははは、はい!」
うむっとゲンドウは大股開きとなってしまったアスカの股間に対して頷いた。
(白か)
無表情に。
(案外普通なのだな)
「君には失望した」
「は?」
「いや、なんでもない」
こほんと咳ばらいをする。
「それより、悩んでいるようだな」
「あ……、はい」
アスカは縁側に上がると、なんとなく正座をしてしまった。
ゲンドウに対しては、何故だか見下ろされることこそが当然だと感じてしまう。
実に不思議な威厳である。
「それでは、わたしが教えてやろう」
「は?」
「それはだな」
平日の昼間に何故だか居る家長は、ちょっとだけ遠い目をして語り出した。
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