「この顔だ、わたしは親戚中から疎まれていた」
いきなりな告白に、アスカは「は?」となってしまった。
「ええと……」
「そんなわたしだ、ユイと結婚するとなった時、きっと借金のかたに、など、散々なことを言われたものだ」
はぁ、っと思わず頷いてしまう。
「そうなんですか……」
「そうだ、そのお腹に無理矢理なことをして子供を仕込んだ、などとな」
あの……、と遠慮がちに訊ねる。
「その時には、シンジは、もう?」
「いいや、全くの誤解……、そうだ、わたしは新婚旅行の初夜に至るまで、ユイとは手を繋ぐ以上の関係には進んでなどいなかった」
何を思い出しているのか、憤慨している。
(そうだ!、ぶたれる、殴られる、蹴られることはあっても、そんなことは一度もなかった!)
わたしだって淡くて甘酸っぱい婚約時代を過ごしたかったと腹が立ってきているらしい。
「だがな、その時になって、わたしは思ったのだ!、女性の肌の温もりとは、これほどまでに安らげるものなのかと!」
「はぁ……」
「そうだ!、わたしは臆病に過ぎたのだと感じた!、人は人と触れ合うことによってのみ安らぎを得られる生き物なのだ!、そしてこの世には男と女が存在する以上、それは必然であるとな!」
じーくじおんとわけのわからない叫びを上げる。
「あえて言おう、女に臆病な男など、カスであると!」
「ほぉ?」
背後からの声にどきりとする。
「それはそれは」
「……」
「で、あなたはどのくらいおもてになるのですか?」
「そ、それが生憎と」
「まったくもう」
ぱんぱんと手をはたくユイに対して、アスカは見ていない見ていないと耳を塞いで背を向けて、脅え切った様子で震え上がった。
「結局、なにが言いたかったんだろう?」
アスカは余計に悶々とする羽目になっていた。
どこも落ち着けないので、結局自分の部屋に引きこもるしかなかった、馴染んだ家具、本、音楽CD。
でもその配置が、部屋の大きさが、匂いが。
どれ一つ取っても、懐かしさが込み上げて来ない。
(自分の家じゃ、ないからなのかな?)
昔の自分の家に飛び込み掛けたことを思い出す。
(やっぱり、だめなのかな……、こっちに戻って来た時には、懐かしいって気持ちでいっぱいだったのに)
シンジぃ、と悶えて、クッションを抱え、顔を埋める。
「辛いよぉ……」
ぐすんと鼻をすすってしまう、悲しみによって囚われる、と。
天啓のように、思い浮かんだ言葉があった。
『人は人と触れ合うことによってのみ安らぎを得られる生き物なのだ!』
肌寒い。
『あえて言おう、女に臆病な男など、カスであると!』
アスカは徐々に顔を上げた。
「……そっか」
人と人とは、触れ合うことで……
「甘えても、良いんだ」
親でも、兄妹でも。
男でも。
「甘え方が、問題なんだ……」
二人のレイは甘えるだけで。
甘やかされているだけで……
アスカはにやーりと笑みを浮かべた。
『シンジ君だって男だぞ?』
(そういうことなのよねっ、加持さん!)
……天啓のようにではない。
アスカにとっては、天啓だった。
それはシンジが悪寒を感じるような、とても素晴らし過ぎるひらめきであった。
続く
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