──わかんないはず、無いじゃない。
アスカはベッドの中で、腕を頭の下に敷き、じっと天井を見つめていた。
眠れないのだ。
『あたしはお人形じゃないっ、自分で考えて、自分で生きるの!』
そんな声が聞こえて来る。
『アスカちゃんはまだ子供なんだから、甘えたって良いのよ?』
──同じ声が、残酷な言葉を吐いていた。
『わたしはいつでも、あの子の母親をやめることができるんですからね?』
義母の言葉。
実母が生きていた頃から、父を誘惑していた女の台詞。
そして父の言葉は肯定だった。
(味方なんて居ない、誰も助けてくれない、救ってなんてくれない……)
期待は痛みを酷くするだけ。
(希望なんて持たない、そうすれば喜びも悲しみも他人事だから)
でも?
「あ〜あ」
アスカは大きく伸びをした。
「あたしは、捨てられなかったしなぁ……」
加持、そしてシンジという人たちのことを捨て切れなかった。
「だから……、ここに来たんだけどさ」
そうしなければ、追い詰められて、追い込まれて。
圧力に潰されてしまいそうだったから。
(逃げなのかもしれないけどさ)
はぁっと溜め息を洩らしてしまう。
あんなところに居て、我慢を続けていれば、いずれは心が狂ってしまいそうだった。
──ほうっておいてよ!
何度そう叫び掛けたかわからない。
少なくとも、放置してくれたなら、自分は引きこもることができたのだ、なのに。
『おはよう、アスカちゃん、もう朝よ?』
一々、かまってくる、触れて来る。
(あたしなんて、いらないくせに)
知っている。
自分が居ない時、あるいは寝ている時を狙って、いやらしい真似をしていることを。
『歳かな?、回数をこなすのがきつい、こうなるとアスカが邪魔になっていて、ちょうど良いのかもしれんな』
──そんなにやりたきゃっ、出て行きなさいよ!
『仕方ありませんわ、あの子ももう、わからないほど子供じゃありませんもの』
──ここはママとあたしの家っ、そこはママとあたしのベッドだったのに!
同じものが食べられない。
あんないやらしい人が作った物など、吐き気がするから。
ノブに、コックに触れられない。
『菌』が付いているかと思うと、不潔で、手を洗わずにはいられない。
風呂に入れない、あんな親の垢が混ざっている湯になど入れない。
全身痒くなって、眠れなくなるから。
足音が耳に触る、眠ろうと思うのに、『あいつら』がドアを開け閉めする音に目が冴えて、むかついて、眠れなくなる。
息ができない。
くさい香水、コロンの匂いが鼻について、あいつらの空気を吸うみたいで、息ができない、息苦しい。
狂っていく。
追い込まれていく。
なのに。
『あの子、おかしいんじゃありませんか?』
『そうだな』
──誰のせいよ!
そう叫びたくなる自分を必死に抑えた。
どうせ言い負かされるのがわかっていたから。
向こうはあたしを嫌ってる。
だからあたしも嫌うんだ。
「でも……」
アスカはごろんと横になった。
(あの子は、あたしを嫌ってるわけじゃないのよね……)
少なくとも、同じものを食べられるし、同じお風呂にも入れるのだから。
そんなことをとりとめもなく考えて、アスカはようやく眠気を得られた。
──翌朝。
「れ、レイぃいいい、お願いだから離してよぉ」
「ダメ」
「お願いだからぁ!」
「ダメ、お兄ちゃんはここに居るの」
ソファー、レイは兄の腕を取ったままで、非常に悲しそうに顔を見上げた。
「お兄ちゃんは、わたしのことが嫌いなの?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよぉおお」
非常事態だと、股間を押さえて震えている。
「と、トイレに」
「嘘」
「嘘じゃないって!」
「嘘、その生理反応は、わたしの体に」
ぱっかーん!、っとアスカは思いっきりスリッパで叩いた。
「なにやってんのよ!、あんたわ!」
「いたいの……」
「いたのじゃない!」
レイはぷっと頬を膨らませた。
「ただのスキンシップよ」
「なってないじゃない!」
その隙を突いて、シンジが今のうちにと逃げ出した、トイレトイレと慌てて去る。
そんな背中に、小レイはちっと舌打ちをした。
「逃げられた」
がっくりとする。
「なに考えてんのよ、あんたわ」
レイは拗ねた口をしてアスカを睨んだ。
「昔」
「むかし?」
「わたしがおもらしをすると、お兄ちゃんが洗ってくれたの、だから恩返しに、わたしが洗ってあげようと思ったのに」
何かが激烈にぶっちんと切れた。
「んなちーさい頃のことを持ち出すなー!、って」
アスカははっとして、振り返った。
そしてがっくりとうなだれてしまう。
「あんたも……」
それはそこに、「レイちゃん……」と柱にしがみつくようにして、ナイスと親指を突き出している、大レイの姿があったからだった。
続く
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