「ちょっとレイ!、どこに行くのよ!」
小レイは振り返るなり、冷めた目をして口にした。
「この人のところ」
カヲルのシャツの背をつんと引っ張る。
アスカは思わぬ答えにたじろいだ。
「な、なんでまたそんな奴のところに」
にやりとして。
「この人があなたについて、面白おかしい話をたくさん聞かせてくれると言うから」
そんなわけで。
「保護者としては放っておくわけにはいかないしね!」
カヲルの部屋である。
レイは首を傾げた。
「どうして、この部屋のことを知ってるの?」
「え?、なに言ってんのよ、前に遊びに来たことがあるだけよ」
「そう……、確かめに来たのね」
「確かめに?」
「ええ」
「なんのこと?」
「新居」
ブッと吹き出す。
「ななな、なに言ってんのよっ、あんたわ!」
「だって、あなた、この人の婚約者なんでしょう?」
「ちーがーうー!、元よっ、元!、それも偽装!」
まったくもうっとこめかみをぐりぐりしてやる。
「そういう冗談はだめなの!」
「いたいの……」
ふふっとカヲル。
「それより、シンジ君たちは遅いねぇ」
シンジと大レイは、買い出し部隊として遅れ気味である。
カヲルは二人が買って来る予定のジュースのために、コップだけは出しておいた。
『かんぱーい』
皆でコップを打ち鳴らす。
「つまみー!」
「あーこらっ!、それあたしの!」
「はやいものがちー!」
「陣地を張るなぁ!」
くすくすと小レイが嘲り笑う。
「いやしんぼ」
「あんただってそうでしょうが!」
「わたしは良いの、育ち盛りだから」
「あたしだってこの体形維持するのに栄養がいるのよ!」
「お腹に回るだけなのに?」
「胸にも回らないよりはマシでしょうが!」
小レイは兄の体にもたれかかった。
「いじわるなの、しくしくしく」
「あーーー!」
こら離れろっと引き離す、シンジはいつものことだと無視しようとして、カヲルの呟きに気がついた。
「良いねぇ、この雰囲気」
「カヲル君?」
「まるで家族ができたみたいだよ」
気になって、シンジは訊ねた。
「カヲル君のうちって、そんなに寂しいところなの?」
カヲルは苦笑して誤解を解いた。
「そうでもないさ、沢山の門下生に囲まれて、賑やかだったよ、でもね、やはり次期道場主ということで、別格扱いをされてしまってね、それが寂しかったのさ」
「ふうん……」
「だから遠慮なく接してもらえる世界には、とても憧れていたんだよ」
「カヲル君……」
カヲルは、心を見せ過ぎたかと苦笑をこぼした。
「まあ、この容姿のこともあったからね、みんな病弱なんじゃないかと気を回してくれたり……、色々とね」
「でも、カヲル君は強いよね?」
「アルビノだからと言っても色々とあるのさ」
「カヲル君は?」
「紫外線の浴び過ぎは良くないと注意を受けている程度だよ」
「ふうん……」
「なのに心配し過ぎるみんなに不自由を強いられて、ま、もっともみんな、僕のことを考えてくれてのことだからね、反発するわけにもいかなかったから……」
重症になると、どう違うのかなぁとは思ったが、シンジは聞かないことにした。
「ねぇねぇ、カヲルぅ」
そんな二人に、アスカが割り込む。
「アルビノで思い出したんだけど、上が白だと下の毛も白ってホント?」
「きゃはは、アスカげっひーん♪」
「あんたで確認しても良いんだけど?」
「……遠慮します」
すごすごと引っ込み、からあげくんを摘まんで食う。
「大体、あたしに言わせりゃ、あんたんとこって異常なのよね、変にあんたのこと大切にしてるしさ」
「そうだね」
「やり過ぎって感じもあったじゃない?、あたしとのことだって、その辺から急いでた部分、あったんじゃないの?」
正にその通りだねとカヲルは肯定した。
「唯一の跡取りだからね、血統という意味では、早死にされては困るという考えがあったんじゃないのかな?」
「それで子供だけでも早く作っとけって?」
「格式に縛られた義務や責務という奴さ」
そして自分には遠い世界の話だなぁと聞いていたシンジへと飛び火した。
「……なぁに他人事みたいな顔してんのよ?」
「え?」
「あんたねぇ!、ぜんぜん状況わかってないんじゃない?」
「へ?」
そんなシンジをくすくすと笑ったのはカヲルだった。
「状況を整理してみようか?、僕とアスカは婚約していた」
「うん」
「そしてアスカは親と縁を切り、日本へ移った」
「うん」
「ところがアスカと僕の縁談そのもについては、うやむやになっているだけで、ちゃんとした形での決着はつけられてはいないのさ」
「え?」
口元に嫌な感じの笑みを貼り付ける。
「ここから想像を膨らませてみようじゃないか、何もかもが唐突だった、アスカに対する虐待の事実の露見から、救いの手が差し伸べられるまでの時間、それらはあまりにも早かった」
「……」
「話を聞けば、実はアスカには好きな人が居ると言う、けれども格式に縛られていて、今までは口にはできなかったんだそうだよ?」
「それがシンちゃん?」
「そうだね、真実はこうさ、それまではなんとか堪えていたアスカだったけれども、僕という婚約者があてがわれることになって、さすがに焦らざるを得なくなった」
「それでカヲル君にサバ折り決めたの?」
「そうなるね」
思い出し笑いをする。
「その末に、僕たちは共闘の形を取ることにした、まずは虐待の事実が明るみに出るように仕組んだ、誰かに手助けをして貰えるようにね?、国、児童保護施設、なんでも良かったんだけれども、そこに名乗り出て来たのは意外なことに、シンジ君のご両親だったというわけさ」
「へぇ……」
「そう、全ては僕たちの策謀だった……、ところがシンジ君のご両親の登場によって、事態は意外な方向へと転がり始めたのさ、まずはシンジ君の存在の露見だった」
「へ?、僕?」
「そう『しゃしゃり出て来た』のが、アスカの想い人であり僕の友達であるシンジ君の父親と母親だと言うのなら、シンジ君が僕からアスカのことを聞き出し、奪い取ろうと画策し、アスカのお母さんの親友でもあった両親を動かしたのだと推察しても、それほど違和感のない推論だろう?」
「そんな無茶苦茶な……」
「そうかい?、でもアスカという女の子は、一応とてもしとやかに見られていたからね」
「猫を被ってたのね」
「そうよ」
「そう、アスカはとてもそんな具合に、僕たちを『だまくらかす』ような人間には見えやしなかったんだよ、となればアスカについては被害者とみなして考えた方が、妥当と言えるんじゃないのかな?」
シンジは非常に嫌な予感を覚えてしまった。
「カヲル君……」
カヲルは奇妙な笑みを形作って肯定した。
「本当はアスカは唆されたんじゃないか?、そういう考えに行き着いたとしても、それは不自然なことではないだろうね」
シンジはそんなと呻いてしまった。
「勝手な想像ではあるけども、でも本当に大の大人が息子の恋愛に荷担するためだけに養育権を奪うような、そんな非常識な真似をするだろうか?、となれば親もまた騙されているんじゃないか?、利用されているんじゃないのか?、と考えるのが妥当というものなんじゃないのかな?、可哀想な子が居る、なんとか助け出してあげたい、それは昔隣に住んでいたアスカちゃんだ、そんな告白を受ければ動かざるを得ないだろう?、そして知らせた人物、そして最も得をした人物を想定した時、それはシンジ君以外にはあり得ないのさ」
「たいへんよねぇ」
アスカは他人事のように口にした。
「わかるかい?」
カヲルからの追い打ちに、シンジは盛大に引きつり、耳を塞ごうとした。
「わからないよ、僕には君たちが何を言っているのかわからないよ、カヲル君」
「わかりたくないんだろう?、引きつっているよ?、口元が」
にやりと笑う。
「つまり、僕はこけにされたということさ」
「……」
「こんな具合に、体よくカモフラージュに利用され、宙ぶらりんとなってしまった僕の立場はどうなるんだろう?、こんな醜聞が対外的にはどのように見られることになるのか?、わからないほど君は疎くはないはずだ」
「カヲル君……」
「もちろん、僕は何とも思っていないよ?」
僕はねと晴れやかにくり返す。
「でも道場の人たちはどうなんだろうねぇ……」
(それは脅しだよ)
シンジはよほどそう言いたかったが、にやにやとしているアスカの顔つきに、がっくりとうなだれることしかできなかった。
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