「まったくもぉ……、冗談じゃないよぉ……、なんでぼくがぁ……」
一人落ち込むシンジの背中にのっかかり、アスカはまあ良いじゃないかと慰めた。
「その代わり、あ、あ、あ、あたしと付き合えるんだからさ」
ジト目で振り返るシンジである。
「なに自分で言って照れてんだよ」
「むぅ、そういうとこ、おもしろくなぁい」
カヲルの家から帰宅して、今は二人きりである、何故かと言えば、レイたちが久しぶりに姉妹水入らずで入浴へと洒落込んだからだ。
アスカは惜し気もなく、風呂上がりの無防備な肢体をさらした、ベッドに腰かけて、片足を上げる。
タンクトップシャツに、ランニングパンツという無防備さである、上の下着を着けていないためにとても際どい。
シンジはちょっとだけ恨めしげにした、その目はアスカの胸がつんと押し上げているシャツのプリントへと向けられている。
それはシンジのお気に入りのシャツだった。
──あいつらには色々上げてるくせにぃ。
そうだだをこねるアスカに奪われてしまったシャツだった。
……いや、奪われたというのは正しくはないだろう、アスカは堂々とシンジのタンスから寝間着がわりになるものを持って行き、そのまま着服しているのだから。
人はそれを私物化と言う。
「僕はアスカのおもちゃになるつもりはないよ」
アスカはそれを聞いて膝を抱えた。
「ぶぅーーー」
「まあ、だからって見捨てるのもあれだけどさ……」
へ?、っとアスカは虚を衝かれたような顔をした。
「そそそ、それって!」
慌てて、カーペットに下りて、迫り寄る。
「アタシを賭けて、戦ってくれるってこと?」
「なんでそうなるんだよ!?」
シンジは襲われる!?、っと身構えてのけぞった。
「僕はただ、本人が嫌がってるのに、立場だなんだって押し付けてるのが許せないだけで」
「うんうん」
「あ……、でもカヲル君はどうなんだろう、嫌なのかなぁ?」
「……」
「カヲル君が嫌じゃないなら、後はアスカの問題ってことで、僕は誤解さえ解ければそれでって、あれ?」
ごごごごごっと音がする。
途中から、アスカは俯き、震えていた。
カーペットに突いている手が、いつの間にやら拳となって、握り固められている。
血管がぴくぴくと蠢いていた。
「バカ」
と言ったのは大レイだった。
「ひどいよぉ、本気で殴るんだもんなぁ……」
シンジは、あざになってないかなぁと手鏡を見た、ちなみに妹の品である。
「あれはシンちゃんが酷いと思うけどな……」
「え?」
「だってシンちゃんはアスカの気持ち、もう知っちゃってるわけじゃない?、なのに冷たいし」
「そんなこと言われたってさ」
拗ね口になる。
「好きだぁ!、って気持ちなんて無いのに、深みにはまっていけって言うの?」
「まあ、シンちゃんが正義の人だって言うのはわかってるけどねぇ」
シンジはなにそれと困惑した。
「どういうことだよ?」
「ん……、シンちゃんは、さ……、嫌がってるアスカが可哀想だとか、好きだって言ってくれてるアスカのためにって気持ちはないんでしょう?、ずばり!、アスカの気持ちを踏みにじってるアスカの親とかが許せないだけ!」
「……」
「でもそれってぇ、シンちゃんも同じなんじゃない?、アスカの気持ちなんて考えてない、アスカを『景品』みたいにやり取りしようとしてるのが許せないって、邪魔しようとしてるだけ」
「……」
「それって酷くない?、アスカはシンちゃんを頼ってるのに、シンジ君は自分が巻き込まれなきゃ良いや、なんて言っちゃったんでしょう?」
「そっか……」
「そうだよ」
「うん……」
「注意した方が良いと思うよ?、アスカはあれでも真剣なんだから」
──だが、どうしても腑に落ちない点が、一つだけある。
「どうしてそんなにアスカの肩を持つの?」
ぎくぎくっとする。
「そ、それはぁ……」
「それは?」
たらたらと汗をかく、その手にはアイスキャンディが……
「買収されたのね」
ぎくっとレイ。
物欲しそうに見る小レイに、ずばりと言い当てられてしまった大レイだった。
「ま、綾波の適当さは今にはじまったことじゃないから良いんだけどさ……」
そんな具合に打ち明けられた親友ふたりは、ケッと、うんこ座りをして鼻をほじりながら吐き捨てた。
「やってられんわほんまに」
「だよなぁ〜〜〜」
やる気も聞く気もゼロである。
「なんだよぉ、人が真剣に相談してるのにぃ」
しっしと手を払って邪険に扱う。
「んなもん、ノロケやんけ」
「聞いてられっかよ」
「そやそや」
屋上の風も、非常に冷たい。
「大体シンジの言ってることって変だぞ?、お前、惣流がどうのこうのとか、渚の気持ちがどうだろうとか言ってるけどな」
「なにさ?」
「考えてみろよなぁ?、渚が惣流を好きだったらどうだってんだよ?、惣流が渚を見直せば、全部丸く収まるって言うのか?」
「それは……」
「でもそれって、そのまんまお前にだって当てはまることじゃないか、お前が諦めて惣流を好きになれば全部丸く収まるんだよ」
ううっとシンジはたじろいだ。
「そうなのか……」
半眼になる。
「だいたい、贅沢なんだよ、惣流のどこがいけないんだよ?」
「どこがって……」
「付き合ってくれって言ってるんだから、付き合えばいいだろう?、レイちゃんとか綾波と違って、なんの問題もないんだし」
そやそやとトウジ。
「んでもって、渚の道場から来る刺客を次々と倒してやなぁ」
「ついには渚との一騎討ち!」
「看板がかかるんやな?」
「そう!、面子ゆえに望まぬ戦いを強要されるやむを得ない立場のカヲルと、惣流を守るために立ち上がったシンジとの……、くぅううう、燃えるなぁ……、って、あれ?、シンジぃ?」
居なくなっていた。
ま、いいかと二人は肩をすくめ合った、真剣になるだけばからしいのも、それはそれで真実だったからである。
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