──交際宣言!
初めて付けようとした日記、それは最初は、今の状況を整理分析するための、ノート的扱いであったはずだったのだが……
結局それは、初日から挫折の憂き目に合ってしまった、今日受けた衝撃のことだけで、ページが全部埋まってしまったからである。
それだけのショックを、アスカは心身共に受けていた。
「まさか霧島とカヲルがねぇ……」
「う〜ん」
シンジも首を捻って見せた。
「どうしたのよ?」
アスカはベッドの端から落ちないように、足を伸ばして靴下で突いた。
後頭部を押してやる。
「つつかないでよ」
「だったら一人で唸らないでよ」
「なんで?」
「あたしがここに居るんだから!、会話しようって気になれってのよ!」
うりゃっとアスカは、シンジの首にかにばさみをかけた。
「うわ!」
シンジは太股に挟まれて慌てた。
「離してよ!」
「ほぉら、早く話さないと明日の朝が大変よぉ?」
股の間に確保して、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしってやる。
「わかったよぉ、わかったからぁ!」
うわうわとシンジは慌てた、逃げようにもアスカの生の太股に触れるのには抵抗があったからだ。
(これでどうして、好きとかってレベルの話になると、急に逃げ腰になるんだろ?)
羞恥心があるということは、女の子を意識する神経があるということだ、ならば弱気なのではなく、その手の話題を避けているだけなのだろう。
その理由がよくわからなくて、アスカは少し苛立った。
「ほぉら、早くぅ」
「わかったよぉ……」
シンジは諦め、そのままの状態でぶつくさと告げた。
「ただ……、唐突だなって思っただけだよ」
「唐突って?」
「うん……、だって、今までそんな感じなかったのに」
「隠してただけなんじゃないのぉ?」
「アスカのことはどうなるんだよ?」
「だからぁ」
疲れたのか、アスカは組んでいた足を、シンジの肩にかけるように垂らし、置き直した。
「カヲルもさ……、あたしって婚約者が居るってことにしておかないといけなかったから、今まで本当の気持ちを隠してたとか」
「カヲル君が?」
「うん」
「でも僕たちにまで隠す必要なんて無いじゃないか、そこまでして……」
アスカはハァッと溜め息を吐いた。
「あんたって意外と、カヲルのこと、わかってないのね?」
「え?」
嫌悪の感情を滲ませてアスカは話した。
「あんたたちの認識ってのは甘いのよ……、あたしもカヲルも、それだけ異常な環境で育ったの、義務とか責任とか権利とか得とか汚点だとか、ちょっとでもそういうのにかかってくるなら、調べ上げようとする人間なんていくらでも出て来る、あたしたちはそんな連中に囲まれてたのよ」
「……」
「だから例えあんたたちが相手でも、油断するなんてことはできなかった、だってどこから洩れるかわからないじゃない、あんたたちが秘密を守るって誓ってくれても、覗きとか盗聴とか、方法なんていくらでもあるんだもん」
「そんな……」
「だから演技は完璧でないといけなかったの、こっちでカヲルがどんな風にしてくれてたのか、想像するしかないんだけどさ、あたしはあたしで、あっちで完璧に振る舞ってたもん」
だからとアスカは口にした。
「あたしはね、カヲルって奴を知ってるの」
「知ってる?」
「だって、あたし、カヲルに守ってもらってたわけだからね?」
シンジはそういう風に受け取っていたのかと認識を改めた。
「そうだよね……」
「うん、だからわかるの、カヲルって隠すとか、嘘を吐くって決めた時には、どこまでも徹底的にやる奴なのよね?、本当のことは全部胸の内に収めてしまって、誰にも明かさないで一人で抱える……、そういう意味じゃ、とても優しい奴なのよ」
(ん?)
シンジは、胸にちくりとした痛みを感じてしまった。
ただ、その理由まではわからなかったが。
「でね?」
『誇らしげ』なアスカが影を潜める。
「そんな奴だから、多分、腹の中には、誰も想像がつかないようなこと、一杯抱えてると思うのよ、それこそ他人の秘密までね?」
「うん……」
「もちろん、本当のことはどうなんだかわかんないけどさ……、単にもう逃げられないって観念して、覚悟を決めて戦うつもりになったのかもしれないし、本当の気持ちをこれ以上隠すのはやめるって決めたとか、問題の先送りには限界を感じて、覚悟を決めただとか」
「うん」
「霧島がそんなカヲルに感動した……、ってのも、あり得ない話じゃないしね?」
「そうだね」
そうかと真に受けてしまうシンジであったが、それを語ったアスカ自身は、かなりの範囲で疑っていた。
(事の矛先をあたしから逸らすために、霧島を巻き込んだ、と考えられないわけじゃないのよね?)
それは確信に近いのだが、アスカは残る疑問点に、どうしても答えとして思い込めないでいた。
(だからって、霧島がその話に乗るメリットってなに?)
アスカの頭の中には、あの時、シンジとレイとじゃれていたマナの姿がまだ残っていた。
(シンジのことを諦め……、違うか)
その後、さんざんにもてあそばれて、今では完全に読み切ったつもりでいる。
マナは、今はまだ敵ではない、敵になる可能性を秘めている多数の女の子の内の一人というだけで、彼女はシンジと同じで、恋愛に対する興味をまだ持っていない存在だ。
(多分……、そう、本当に今以上に楽しいことなのか懐疑的なんだ、今十分に楽しいからそれで満足しちゃってる、考えの中に選択肢としては思い浮かべてない)
だからおもちゃのように人をからかうのだと思う。
(誰かを独占して独占されて、その間だけで完結するような毎日って、つまんないって考えるタイプ?、そこんとこはシンジと違うか)
むぅんと唸り、考える。
(そんなのが、なんでカヲルと?)
どうにも合点がいかない、納得できない。
まだ一番気安かったシンジを意識するのならばわかる、しかしシンジのことを脳裏に思い浮かべもしないで、カヲルとくっついたとは考え難いのだ。
カヲルからの告白がきっかけで恋愛に目覚めた?、ならばカヲルにはごめんなさい、シンジにお願いしますが当たり前の話だろう。
(何故カヲル?)
結局、そこへと立ち戻る、あり得ない、おかしすぎた。
あ、あ、あたしがいるから?、とか恥ずかしいことを連想し、百歩譲ってあいつらも、と付け加えてみたが、自分たちはまだ、今はあくまでシンジを取り巻いているだけの存在に過ぎないのだ、シンジ自身は、フリーである。
カヲルで妥協する理由にはならない。
性格を鑑みるに、妥協するよりもアタックをかけ始める気がする。
「というわけでぇ!」
アスカは直接攻勢に出ることにした。
「きりきり白状すんのよっ、あんたわ!」
屋上に呼び出され、びしっと指を突きつけられたカヲルは、やれやれと苦笑し、前髪を軽く払って格好を付けた。
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