「よし!」
ぴしゃっと頬を叩く。
「よし!、よし!、よし!」
両手で挟み込むようにぴしゃぴしゃと叩く。
「よし!」
一際強く、気合いを入れる。
アスカはそうしてから、鏡の前を離れ、玄関に走った。
「行ってきます!」
「あ、あ、アスカちゃん、もう良いの?、今日はもうお休みしたって」
「大丈夫です!、もう気合いの充填は終わりましたから!」
「でも」
「午後からだけでも、授業に出ます、行ってきます!」
「レイといちゃついてるとこ、見たかったのに……」
アスカは派手にずっこけた。
まったくもうっとアスカ。
「あた〜〜〜、腰打っちゃったじゃない」
さすりながらアスカは学校に登校した。
「ほんとにもう、さすがあいつらのおばさまだけのことはあるわね、騙されてたわ、意地の悪いところなんてほんともうそっくり……」
ガラッと教室の戸を開く。
「あれ?」
最初にきょとんとしたのは綾波レイだった。
「アスカ、休むんじゃなかったの?」
「……そういうつもりだったんだけどね」
今更隠しても無駄かと、周囲の雰囲気から悟りを開く。
「くよくよしてたって仕方ないし」
「あ、そう……」
「なによ?」
アスカはようやく気がついた。
皆のひそひそ話が、どうも自分が想像していたものとは違うなぁと……
「なんなの?」
「えっとさぁ……」
レイは同情心いっぱいでアスカに告げた。
「アスカ……、変な歩き方するの、やめた方が良いよ?」
「へ?」
「なんか意味し〜ん」
はっとする。
ようやく気付く。
「あああああ!、あんた馬鹿ぁ!?」
真っ赤になる。
「あ、あたしに言われても」
胸倉を掴まれ、がっくんがっくん揺さぶられながらレイは訴えた。
「みんながっ、みんなが言ってるだけだって」
「なんて言ってんのよ!、誰とだって思ってんのよ!」
みんなが一斉に目を逸らす、恥ずかしげに。
誰も目を合わせようとしない。
アスカは孤独感に焦りを感じた。
「教えなさいよ!」
レイは、はぁっと諦めた。
「だからぁ、カヲルに捨てられた傷心のアスカちゃんはぁ、シンちゃんに慰めてもらったんだなぁとかなんとか」
「ばっ……」
『か』と続けかけて、アスカは急に落ち着いた。
「ま、それでもいっかぁ」
「おいおい」
ぺしっと突っ込む。
「シンちゃんが殺されちゃったらどうすんのよ、アスカって性格悪くて根性凄いけど顔だけで結構人気あるんだからね?」
「……性格悪いのはあんたでしょうが」
「それにシンちゃんはシンちゃんで大変なんだから」
「はぁ?」
レイは朝から三周ほどして、育ちに育ってまだ膨らもうとしている噂話を聞かせてやった。
「ってなわけでねぇ?」
「なによそれはわぁ!」
不本意だわっとアスカは喚く。
「なんでカヲルなんかとくっつけられなきゃなんないのよ!」
「んなことあたしに言ったってぇ」
「あたしが好きなのはシンジなの!」
「でもショックで寝込んじゃったじゃあん」
「あれはぁ!」
「ほんとのことだしぃ」
ねぇ?、っと言うレイに、ぐっと堪える。
「あんたね……」
「ふい?」
「あんた……、例えば小っちゃい方のレイに、理由も無く突き放されたらどうするの?」
「へ?」
「うろたえるでしょう?、悩んじゃうでしょう?、でもそれってなんで?、なんでショックなの?、嫌われたから?、好きじゃないって言われたから?」
「ほい?」
「違うでしょう?、そうじゃないでしょう?、いきなり仲良かった友達に邪険に扱われて、あんたショック受けないの?、どうなの!?」
「……」
「あたしのはそういうことなの!」
アスカはレイを通して皆に訴えた。
「それでっ、シンジはどこなのよ!」
「シンちゃんなら……」
あそこだよんっと、指差した。
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