──ゴクリ。
シンジは派手に喉を鳴らした、緊張感からか、口の中は酷く乾いてしまっていた。
「な、なんだよ……、みんな殺気立っちゃってさ」
へらっと笑って見る。
──屋上。
シンジは追い詰められていた。
「碇……」
ぐぐっと、十数人の男子の内、もっとも先頭に立っていた少年が身を乗り出した。
彼は以前、シンジからレイの映画の好みを聞き出し、誘いをかけた少年である。
「今日は、どぉおおおおおおしてもお前に確認したいことがあって集まったんだ」
「う、うん……」
「お前って」
緊迫感が張り詰める。
「ほんっとぉおおおおおに惣流さんと……、『シタ』のか?」
「へ?」
「ああ!、べ、別にそのことは良いんだ!、怒ってるんじゃないんだ!」
ちょっと待ったぁっと声が掛かる。
「こっちはどうでもよくないぞ!」
「そこんとこはどうなんだ!」
どうもレイ派、アスカ派などが混在しているらしく、一枚岩ではないらしい。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「いいや待てないね!」
「そうだ!、状況証拠は上がってるんだ!」
「状況証拠ってなんだよ!?」
「これを見ろ!」
それはケンスケから没収して来たデジタルムービーカメラである。
「この惣流さんの歩き方こそが良い証拠だ!」
「燃えたのか?、燃えたんだな?、このやろう!」
「わぁああああっ、ちょっと誤解……」
バンッと閂をかけていたはずの昇降口の扉が蹴り破られた。
「あ、アスカぁ!?」
「あたしはもう!、身も心もシンジのものなんだからぁ!」
「心……、はともかくとして、体!?」
「体……」
「体」
少年たちは羨望の眼差しをアスカの胸に向けてから、殺気立って振り返った。
「わぁああああ……」
もみくちゃにされるシンジはさておき……
「ふん!、胸がありゃなんでも良いなんてお子様が、あたしをオカズにしようだなんて十万年早いのよ!」
「僕がなにをしたって言うんだよぉ!」
『そんなこと言えるかぁ!』
悲鳴のような男たちの絶叫が、校舎全体を揺るがした。
「まったくぅ」
とレイが言う。
「アスカももう少し、時と場合ってもんを考えても良いんじゃない?」
「なによぉ」
とアスカはふくれる。
「そんなのあたしの勝手じゃない」
「アスカ、甘い」
とこれは小レイ。
「アスカは公的資産なの、だから管理運営するのはみんななの」
「だぁ!、じゃああんたはなんなのよ!」
「お兄ちゃんの私物……」
「ずっこい!、それあたしがも〜らい!」
「だめ……、アスカこそずるいの」
ぎゃあぎゃあと言い合っている、それにこそまったくぅと呆れたレイであったが、シンジの身じろぎに気がついた。
「起きた?」
「うん……、ここは?」
「保健室」
「何時?」
「四時、よかったぁ……、五時になっても起きなかったら、三人で運ばなきゃならないところだったし」
シンジは体の痛みに顔をしかめた。
「いてて……、結構、やられちゃったな」
「でも頑丈だよねぇ、ああ、渚君が診てくれたんだよ?、傷は大したことないってさ」
「カヲル君が?」
「うん」
ちらりとアスカに横目をくれる。
「アスカがねぇ、泣いて頼んだの、渚君、アスカを避けようとしたんだけど、シンちゃんがって引き止めてね?」
「へぇ……」
「あたし渚君が来てくれるとは思わなかった」
「そう?」
やっぱりなぁと、レイは唇を尖らせた。
「シンちゃんは驚かないんだ……、渚君が来てくれたことに」
「そりゃあね……、友達だもん」
「なんだか妬けるなぁ」
レイはかなりの勢いで拗ねた。
「だって朝は両方とも顔も見たくないって雰囲気だったのに、二人とも当然って感じなんだもん」
「……友達じゃなかったら、なんで喧嘩するのさ?」
「え?」
レイはシンジの言葉を意外そうに受け止めた。
「え?、だって……」
「違う?、友達でも何でもないなら、殴りつけてそれで終わりにしちゃうよ……、僕はずっとそうして来たから」
レイはゾクッとした。
小学校時代のシンジは、妹を守るために必死だった、その頃の武勇伝は誰もが知っているものだ。
──中学に入ってからも、カヲルを筆頭として、話は絶えない。
レイも、はたで見ているほど温和な性格ではないことは承知していた、それでも今まで、レイはこんなシンジを見たことはなかった。
──いつも、柔和に笑っていたから。
(違う!)
レイは反発した。
(あたしたちの前じゃ、見せなかったんだ!)
特に、『妹』の前では、気を使っていたのだと察する。
自分の言葉一つが、どれだけの影響を与えるか知っている。
安心させるためには、『この自分』を見せるわけにはいかない。
(シンちゃん……、まだ)
意識がはっきりしていないのだろうとレイは察した。
だからこそ、垣間見せてくれたのだろうと。
「でも……」
ビクンと反応してしまう。
「殴ったら……、そこで終わっちゃうんだ、それじゃあ、それ以上には進めないから」
「シンジ君……」
「カヲル君なら、気付いてくれる、そう思ってるから……、面倒なんだよね、友達付き合いってさ、『切る』ことができないから……」
徐々に、普段のシンジに戻って行く、と、レイはほっとして……
意識の端に、引っ掛かるものを感じてしまった。
(え?)
それは、小レイが一瞬だけ兄に向けた、とても冷めた瞳であった。
続く
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