Asuka's - janktion:041
 はっはっはっと、非常に男臭く笑ったのは加持リョウジだった。
「ま、喧嘩するのは好いことさ」
「そうなんですか?」
 不安げなマナに加持は教える。
「だってそうだろう?、許せない理由ってのは二通りある、赤の他人である場合と、身近な人間である場合だ」
「はぁ……」
「赤の他人に対してってのはまあ当然だな、問題はこっちだ、わかり合っていた、わかり合っているつもりだった人が、どうしてもわかってくれない、そういう憤りってのは、ありだろう?」
 いつかリツコがしゃがみ込んでいた花壇の前である、どうもここの花には人を物思いにふけさせる性質があるらしい。
 マナもまた惹きつけられて、しゃがみ込んでしまっていた。
「なぎ……」
 言い直す。
「カヲルと、シンジ君も、そうだって言うんですか?」
「そうなんじゃないのかな?」
 加持は呼び間違いに気付かないふりをしてやった。
「お互いどうしても口出しせずにはいられないんだろうな、好意を持ち合っているから……、でなきゃ他人事で片付けて終わってしまうはずさ」
「忠告……、なんですよね?」
「そうなんだろうな、今度のは」
 加持は面白がって見せた。
「事の当人になると、どうしても自分が見えなくなってしまうもんさ、おざなりになって、周りを傷つけてしまうこともある……、それを嫌われてでも、嫌味として受け取られてしまってでも、庇ってやったり、忠告してやるってのは、やっぱり『親友』の役割だからな」
「嫌われても、かぁ……」
 にやにやと笑う。
「嫉妬してるのかい?、シンジ君たちに」
「ちょっと……」
「それは男と女の永遠のテーマでもあるからな」
「え?」
「そうじゃないのかな?、男と女の間には、果たして友情と呼べるものは成立するのか、親友と彼女のどちらが大切なのか、色々と結論の出せないこと、選べないことってのはあるもんだ、それを他人の視点から見ると、羨ましいとか、妬けるって話になるんだよな」
「他人……」
「マナちゃんはどこかで他人事だって思ってるってことさ、でなきゃもっと大騒ぎするもんだ」
「そっか……」
 マナは、加持にはバレてるんだなぁと素直に感じた。
(でも……)
 本当の問題は、そんなことではないのだ。
(渚君……、傷ついてた)
 ──お願い!、シンジが大変なの!、助けて!
 涙ながらに乞う彼女の姿に、カヲルは確かに傷ついていた。
 ──シンジを想う、アスカの姿に。
(渚君って……、惣流さんのこと……)
 ──あたしが嫌いならそれでも良いから!
 ぶるぶると頭を振る。
「どうした?」
「あたしって、だめだなぁって思って」
 加持は苦笑して、ぽんとマナの頭に手を乗せた。
「そうか……」
 加持は、そのまま二三度撫でてやった。
 ──それが後で、妙な事態を引き起こすことに繋がるとは思わずに。


 ──翌日。
「シンジ君」
 教室中に緊張感が漂った。
 顔を上げるシンジに問いかける。
「ちょっと良いかい?」
 シンジはカヲルの傍らに居るマナに視線を投げかけてから、うんと頷いた。
「アスカも」
「え?、あ、うん……」
 惣流さんからアスカに戻っている。
 そのためか、アスカはカヲルの言葉にしおらしく従ってしまった。
 そんな様子に、クラス中で、さらなる邪推が固まった、で……
「綾波さん」
「あう!」
 こそこそと後に着いて行こうとしたレイの襟首をヒカリが引っ掴んだ。
「どこに行く気?」
「あーうー、ヒカリちゃあん……」
「お前もや!」
「トウジぃ、後生だからぁ!」
 そして自席で頬杖をついていた小レイがぽつりと呟いた。
「バカばっか……」
 照れたのは、いつか言ってみたかった台詞だったからだろう。
 そんなわけで……
「すみませんね、加持さん」
「いや、それは良いんだがな」
 用務員室、加持は全員に茶を振る舞ってから出て行こうとした。
「じゃあ、俺は席を外して……」
「いえ、居て下さい」
「いいのかな?」
「ええ、あなたにも関りのあることですから」
「あ?」
 加持は訝しがりながらも、わかったよと壁際に腰かけた。
「まずは謝るよ、シンジ君」
 すまなかったねと頭を下げた。
「……聞かせてよ」
「そうだね」
 頭を上げて、カヲルはこれまでの経緯を語った。
 それを聞き、シンジの顔が渋くなる。
「カヲル君……」
 呆れた口調で意見を述べる。
「カヲル君にしては、安易過ぎるよ、どうしてそんな……」
「僕としても、今考えてみると、いい加減過ぎたかなとは思うよ、でもね?、その時には、本当に良いアイディアだと思えたのさ」
 マナにちらりと目を向ける。
「僕としては、僕とアスカが保護者を必要としない年齢になるまで護魔化せれば、それで十分だと思ったんだよ、そう遠い話じゃない、十六歳、あと二年のことだからね?」
「あたしも……」
 言い辛そうに、マナが口を挟んだ。
「あたしもね……、当分誰かと付き合うつもりなんてなかったし……、ほら、どうせ卒業まではシンジ君と渚君と演奏だなんだって一緒に居るんだし、だからまあ、変わんないなら、良いかなって」
 ごめんなさいっと、アスカに謝る。
「惣流さんにまで迷惑をかけて」
 アスカはぶぅっとむくれていた。
「アスカ」
 カヲルに優しい声をかけられて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
 何かが非常に気に食わないらしい、そっぽを向いたのも、カヲルの声に、心が揺さぶられそうになってしまったからだろう。
 シンジとカヲルは目で語り合った。
 時間が解決してくれるだろうと、しかし、問題はそうではないのだ。
(シンジのバカ!)
 アスカは本当に怒っていた。
(なによ!、あたしのために怒ってたんじゃなかったの?)
 結局シンジは、カヲルのことを心配し、カヲルに怒っていたのだと知る。
(カヲルもカヲルよ!、あたし……)
 ──あたし?
 はてとアスカは首を傾げた。
 突き放されたこと、傷つけられたこと。
 悲しかったこと。
 そのようなことが脳裏を過った、自分はカヲルの一番ではなかった、カヲルはもっと他に優先しているものを隠していた。
 ──裏切り。
 そんな理不尽な感情の存在を把握する。
(でも、それじゃあまるで……)
 まるで?、まるでなんだろう……、カヲルを好き?、まさか。
 アスカは自分の心を疑った。
(まさか……)
「それで?」
 加持が先を促した。
「渚君は、どうしてこうも急いで謝ることにしたのかな?」
 実はと、カヲルは居を正した。
「少々、やっかいなことになりまして」
「俺にも関係あるのかい?」
「その通りですよ」
 ふぅっと、やたらと大袈裟に溜め息を吐く。
「実は……、これなんです」
 カヲルは封書を取り出し、その中から出した写真を皆に見せた。
「へぇ?、どれどれ?」
「って、わぁ!、ミサト先生!」
 はぁいんっとミサト。
「なんでこんなとこに居るんですか!」
「なぁに言ってんのよぉ、もうHR始まってるってのに帰って来ないから探しに来たんじゃない」
「覗きにの間違いだろ?」
「あんたはうるさいのよ!」
「へいへい」
 にやにやとしている加持に腹が立ったのか、ミサトは写真をつきつけた。
「それよりこれ!、これなんなのよ!」
「え?、いや、それは……」
 ぽりぽりと頬を掻く。
「まあ……、マナちゃんがあんまり可愛いんでな」
 ざざっとみなが身を引いた。
「か、加持さんって……」
「あ、あの、あたしおじさんはちょっと」
「冗談だって」
 予想以上の反応に、少々焦る。
「それより、それがどうしたって?」
「いえ、加持さんが本気なら、問題は無いんですが」
 カヲル一人だけが面白がっていた。
「実はですねぇ、その写真、直接僕の部屋のポストに放り込まれていたんですよ」
「ふん?」
「おそらく身内の誰かの仕業ではないかと思うのですが」
 ミサトが身を乗り出した。
「それって、どういうこと?」
「ですから、僕とマナ……、霧島さんが付き合うということになれば、色々と都合の悪くなる者が居るという話ですよ」
 カヲルはもう嘘を吐く必要はないと感じたのか、マナとは呼ばなくなった。
「元々、アスカとの婚約が認められたのは、アスカの背景にラングレーと言う名前があったからなんです、ですから霧島さんでは、本家の嫁としては不適当であると」
「しっつれいな話ねぇ……」
「まあ、適当不適当の基準は、利益利得に規準するものですからね、彼らに認められたからと言って、嬉しいことなどなにもありませんよ」
 辛辣に語る。
「その写真は、僕に対する密告のつもりなのでしょうね、目を覚ませと、騙されていると」
「ははぁん……、霧島さんは、すっかり悪女ってわけだ」
「そんなぁ……」
「じゃあもしかして俺は」
 その通りですよと加持に頷く。
「黒幕扱いですよ、すっかりね」
「おいおい……」
「まだ彼女の本命であった方がましでしたか?」
「いや……」
 苦笑する。
「それはそれで困るからな」
「そうですね」
 どういうことよと言いそうになったアスカを押し止め、シンジは耳打ちするように教えてやった。
「つまりさ、霧島さんが本命にしてるのはってことになれば、加持さんも騙されてる一人だってことになるじゃないか」
 そういうことかと納得する、やはり加持も優しいのだ。
 マナが悪者になってつるし上げられるよりも、まだ気が楽であると悪役になりきるつもりなのだと、そう感じた。
「つまり問題はそこなわけだな?」
「はい」
 神妙な面持ちになる。
「害……、とまでは進展しないとは思いますが、それでも霧島さんと加持さんにまで、分家の者の手が及ばないとも限りません」
「ま、俺の方は良いさ」
 へらへらと安請け合いをする。
「別に用務員をやめさせられたって、困ることなんてなんにもないんだからな、おふくろさんに謝って、またしがないマスター生活に戻るだけさ」
「でも噂になったらキツイんじゃない?、客足遠のくし、そうなったらどうするのよ?」
 決まってると加持は答えた。
「そん時はそん時だ、とりあえず葛城のところにでも転がり込むさ」
 ミサトはなななと、派手に赤く顔を染めた。
「子供たちの前で!、あんたなに言ってんのよ!?」
 おんやぁ?、と皆の目が変わる。
「ミサト先生と加持さんって、もしかして……」
「加持さんって……、趣味わるぅ……」
「どういう意味よ!」
「いたいじゃない!」
 アスカは頬をつねるミサトの手を払いのけた。
「ふん!、ほんとバッカじゃない!?、加持さんも最低!、なんでこんな奴……」
「ま、腐れ縁って奴さ」
「こっちはとっとと切りたいくらいよ!」
 憤懣やる方ないとそっぽを向く。
「……なんだかミサト先生、アスカみたいだ」
 ぽつりとこぼされたシンジの言葉に、皆がぷっと吹き出した。



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