「サイアク、最悪じゃない……」
ぶつぶつと呟きながら、なにやらノートに殴り書きしているアスカの様子は、かなり気味が悪かった。
「なにやってるんだろう?」
「さあ?」
シンジとレイは、そっとアスカの部屋から離れた。
(ま、想像つくんだけど)
レイはちゃっかり、アスカとゲンドウの話を盗み聞きしていた。
(アスカって変に生真面目って言うかさぁ)
少し微笑ましくて笑ってしまう。
恋愛よりも幼稚な友情ごっこに青春しているからと言ってなんなのだろうか?
(要するに自己中っていうか、前だけしか見えてない馬って感じ?)
到達すべき目標があって、如何に目当ての少年をそこに誘導するか?、それだけしか念頭に無い。
向いてくれないのなら、頭を引っ掴んで、『グキ!』っと無理矢理にでも向けさせる。
それさえ通じないなら、どうしようどうしようとああしてはまる。
(そんな感じ)
だからおかしい。
それと同じくらい心配になる。
(目標がはっきりしてるのはいいけど、早い内に辿り着いたって好いことないのに)
レイはそれを心配していた。
気が逸るのはわかる、焦るのも。
だが望んでいたものを手に入れたとしても、落ち着けるはずがないとも知っていた。
(今度は不安になって来るから)
いつかこの幸せが逃げていくのではないかと不安で不安でたまらなくなる。
不安に追い詰められて、切羽詰まってしまって行く。
レイはちらりとシンジを見た。
シンジはその視線の意味を履き違えて、困ったように曖昧に笑った。
「にしても」
シンジである。
「みんなって、大変なんだなぁ」
音楽室。
前に居るのはマユミであった。
「なにがですか?」
「え?、ああ、ごめん」
口に出しちゃってたかと、とりあえず謝る。
「綾波とか、カヲル君とか、アスカとかさ、霧島さんとか……」
「……」
「なんでそんなに、色々あるのかなぁっと思ってさ」
はぁっと派手に溜め息を洩らしたマユミに、シンジは焦った言葉を発した。
「ま、まさか山岸さんも何かあるとか言わないよね?」
「……何もない、とは言いませんが」
冷たい目をする。
「碇君、その様々な方の色々なことに、自分がどれだけ深く関っているのか、ちゃんとわかっていますか?」
「へ?」
「だってそうじゃありませんか?、たとえば綾波さんです、綾波さんって碇君のことが大好きですよね?」
照れるなと頬を掻く。
「うん……」
「じゃあ、碇君はどうなさいますか?」
「え?」
「だって素直に好きだと受け止めれば、綾波さんの立場はどうなります?、家族からほんの少し外れることになるんですよ?」
「……」
「では断るとどうなるのでしょうか?、綾波さんに残されるのは、家族という枠組みの中での、妹という立場だけとなるんですよ?」
「立場ってなんだよ……」
「だってそうではありませんか?、綾波さん、もう帰る場所はないのでしょう?」
「だからって!」
「好きな人に拒まれたのに、それでも居続けなければならない、苦しいでしょうね」
「……」
「そのどちらを選んだとしても、レイちゃんはどうするんでしょう……」
「え?」
「お姉さんが受け入れてもらえたなら?、自分の好きな人を取られてしまって、どうすれば良いんですか?、あるいはお姉さんと認めてる人が、自分の好きな人に断られた、だからって慰めることができますか?、変わらず家族で居ましょうと慕うことなんてできますか?」
シンジはやっとのことで声を搾り出した。
「うん……」
「そこに今は惣流さんが居て、渚君と、マナさんまで絡んでしまっているんですよ?」
「……」
「今度の悶着の中心は、実は自分であるということを、ちゃんとご理解なされていますか?」
「そっか……」
「だめですねぇ……」
「うん……、だめだめだね」
ごめん、と謝る。
「そっかぁ……、そういうと、そうなるのか」
「はい、でも」
「え?」
マユミは言い辛そうに口にする。
それもまたわざとらしく溜め息交じりに。
「碇君がなにをどう選ばれたとしても、しょせん子供の間の取り決めですから、それで全てが納まるという保証はないんですよね」
確かになぁとシンジは思った。
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