Asuka's - janktion:052
 ──病院。
「シンジ君、起きてるかい?」
 身じろぎをする音に、勝手に起きているのだと判断して、カヲルは暗い天井を見つめたままで、独り言のように話し始めた。
「誰かの願いを叶えるためには、他の誰かに我慢を強いなければならない時もある、犠牲となってもらい、嫉妬に身をやつしても、辛抱してもらわなければならないことだってあるんだよ、そう、君こそ僕のように、誰からも慕われ、そして誰からも本気では好いてもらえない人間になるべき人だったのかもしれないね……」
 どうして君はみんなに好かれてしまうんだろう?、君の望みは明るいみんなの笑い声だというのにね。
 そんな小さな呟きが、果たしてちゃんとシンジの耳に届いたのかどうかはわからない、けれどもカヲルに背を向けて横たわっていたシンジの瞳は、薄く開かれ、落ち込んでいた。


 碇シンジホモ疑惑!

 と銘打たれたところで誰も反応しなかった。
「なんでだろう……」
 別に騒いでもらいたいというわけではないのだが、下駄箱付近の掲示板に貼り出された学校新聞の号外に対する全校生徒の反応には、どうにも釈然としないものが窺えた。
「なんだか納得いかないなぁ」
「ま、いまさらだもんねぇ」
 一人のレイがこくこくと頷き、一人のレイがふふふと妖しい流し目をくれた。
「ネタが古いわ」
「新鮮味ないし」
「味気ない」
「捻りも無いし」
「うう、そんなに虐めないでよ……」
 というわけで次の授業のために図工室に向かう。
「ふふ、僕たちの仲もようやく認知されたと言うわけか」
 そんなつまらないことを口走るカヲルに対して、アスカは怖気を感じて、全身を震わせた。
「や、やめろってのよ!、そういう冗談!」
「おや?、友情と恋愛感情は良く似ているとは思わないかい?」
「どこがよ!」
「親愛の尺度がさ」
 うぐぅと、ぐぅの音の代わりを吐かされてしまうアスカである。
「なんだか非常に面白くないんだけど」
「ふふ、僕たちには拳と言う名の君には真似のできないコミュニケートの方法があるのさ」
 アスカは軽くスカートをまくった。
「足、欲しい?」
 ぷるぷるぷると首を振る。
 ついさっきそのスカートから伸ばされた足で酷い目に合わされたばかりである。
 運良く一階だったから良かったものの、それでも窓の下にあった薔薇園に突っ込んで偉いことになってしまった。
「ど、どうしてこんなところに薔薇園が」
「そりゃあ君にかっこつけるために必要だから植えてくれって頼まれたからじゃないか」
 手当てを施した加持もちょっとだけ呆れてしまったものである。
 と同時に、ちょっとだけ泣きもした。
「ああ……、今夜のデートはこいつで行こうと思ってたのに」
 それを耳にしたミサトにドツキ回されたのは余談である。
 アスカは奇麗な太股を隠して、口答えするんじゃないと言い放った。
「で?」
「ん?」
「あのねぇ」
 キリキリとこめかみを傷める。
「相談があるとか言ったのはあんたでしょうが!」
「ああ」
 ポンと手を打つ。
「そうそう、君に確認しておきたくてね」
「なによ」
 カヲルは大真面目に口にした。
「アスカ……、シンジ君と、本式で付き合ってみるつもりはあるのかい?」










とぅーびぃこんてぃにゅぅど

































 ……という響きに対して待ったらんかいとアスカは吼えた。
「だぁ!、こんなとこで終わるなぁ!」
「なにを慌てているんだい?」
「ヒキよ!、ヒキ!、こんなところで引かれたって困るってのよ!」
「僕には君がなにを言っているのかわからないよ」
 まるでシンジのようなことを言って、カヲルは感動の目を向けた。
「もう、僕の知っていたアスカは居なくなってしまったんだね、ああ!、寂しいけれど、我慢するよ、さよならアスカ、遠い世界へと旅立っておくれ」
「ムカツクー」
「電波!、それは二十世紀の賢者が生んだ最大のモェだねぇ」
「もう良いってのよ」
 平坦に半目で拗ねる。
「それより!、さっきのはどういう意味よ!」
「ん?、だからアスカは遥か彼方のアンドロメダに」
「コスモクリーナーなんか取りに行ってない!」
「違うよ、機械の体だよ」
「護魔化すな!」
「ふむ、じゃあ真面目に話そう、要するに君の抱えていた不安の全てを、シンジ君に暴露してしまったということさ」
 アスカはぎしりと固まった。



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