「はぁ……」
山岸マユミは唐突に重苦しい吐息を吐いた。
(どうしてわたしがこんな目に?)
目下、彼女を悩ませているのは、新しく転校して来た少年の奇行についてであった。
肌が浅黒く、日系人とは違った肉質の体を持っていた、脂肪が少なく筋張って見えるのだ。
だがそれはひ弱とか痩せているというのではなくて、瞬発性に優れた野生児のような印象を抱かせた。
ムサシ・リー・ストラスバーグ。
何故校内の案内をマユミが引き受けなければならなくなったかと言えば、級長であるはずのマナがさっさと逃げてしまったからである。
(だいたい、どうしてわたしが副委員長なんて)
その選出からして虐めであった。
元気なマナが名乗りを上げた、残るは誰もやりたがらない面倒な役割、そこでマナと比較的仲が良く、推薦したところで反発しそうに無いということで、マユミが押し付けられてしまったのである。
「どういうことだ?」
そのムサシはと言えば、シンジとカヲルの噂話が聞こえて来ると、そちらへそちらへとふらついて行く。
何度引き戻したかわからないのだが、もうマユミは諦めてしまっていた。
「ではストラスバーグさん」
「え?」
「ここが職員室、これで一応の案内は終わりましたので」
「あ?、え、あ……」
明らかにここがどこだかわからなくて迷っている、恐らく初めから自分の言葉など耳に入っていなかったに違いない。
そう考えて、マユミは自業自得であると見限った。
「それでは」
くるりと背を向ける。
「悪い!、怒らせたかな?」
「いえ、別に……」
「あー、ちょっと考えごとがあってさ」
追いすがった上に、隣に並んで歩き、ちらちらと横目を向けて来る、マユミはその意味を意図的に無視した。
(わたしから話を聞き出したいのでしょうけど)
生憎と彼よりはシンジたち寄りなので、ぺらぺらと喋るような真似はしたくないと硬質さを纏う。
もちろんマユミは、せっかくの好意を無視されてしまったがために怒っているのだと装うことも、忘れなかった。
「あー、失敗した」
ジュルッとパックからジュースをストローですすり上げる。
マナを捜して非常階段の踊り場で黄昏ているケイタを見付け、ムサシもそこでくつろぐことにしたのだ。
両膝を半ば立て、半ば投げ出すような格好で座っている。
「ま、他の子にウケたってしょうがないんだけどな」
好かれたっての間違いだろうとは思ったが、ケイタは曖昧に笑ってやり過ごすことにした。
実は逃げ切れないと慌てたマナが、頭上の踊り場に這いつくばって潜んでいるのだ。
(大体自意識過剰なんだよね)
確かに今までは浅黒の肌と精悍さによる印象によって人気はあったが、『ここ』ではそんなものは渚カヲルを引き立てるだけのスパイスとしてしか通じない。
そのことがわかっているのだろうかと疑ってしまう。
「しっかし……、マナ、マジなのかなぁ?」
「さあ?」
「お前なぁ、お前だってマナのこと好きだったんじゃないのかよ?」
「いつの話を……」
また諦めるしかなかった理由が腹が立つのだ。
(マナに近づくと裏で怒って殴ったくせに)
自然とマナを敬遠してしまって、そのままとなり、現在に至っている。
今となってはあまり関り合いになりたくない相手なのだ、マナは、どう接すれば好いのかわからなくて、非常に意識してしまうから。
「けどなぁ、色々話を聞いたんだけど」
「盗み聞きだよね?」
「茶化すなよ、どうもさ、話、違うぜ?」
ムサシは総合したものをケイタに語った。
「お前の話じゃ、渚って奴の彼女を碇ってのが奪ったってことになってたけど、渚って本当はホモらしいじゃないか」
苦笑いで返答を護魔化してしまうケイタである。
「それも、その相手ってのが碇だと、んならさぁ、渚も被害者なんじゃないのか?、碇の、碇は渚を利用して、まんまと惣流ってのを手に入れたわけだ」
「それじゃあ、二人がやったっていう喧嘩は、痴話喧嘩だったって言うの?」
「そうとしか考えられん」
──ばか。
「ん?、何か言ったか?」
「ううん、別に」
慌ててかぶりを振って、そうかとムサシの目が逸れるのを待ち、ケイタは恨めしげに頭上を睨んだ。
「そうなるとさぁ……、渚とマナの噂って何々だろうなぁって思ってなぁ」
「何が?」
「何がじゃないだろ!?、マナもきっと惣流って子みたいに、渚のカモフラージュに利用されたんだよ、されてるんだ!、他に考えようなんてあるかよ!」
「えっと……、色々あると思うけど」
もしもーしと問いかけてみたところで、もう言葉は届かなかった。
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