Asuka's - janktion:057
「酷い!、あたしとのことは遊びだったのね!」
「そうだよ」
 あまりにもあっさりと切り返されてしまったものだから、アスカは言葉を失ってしまった。
 クラス中の視線が痛い。
「むごいねぇシンジ君は」
 やれやれと肩をすくめる。
「予定が狂ってしまったために、流れを見失ってしまったようだよ?」
「え?、でもボケとかツッコミはこれくらいのキレがないとって、綾波が」
「またあんたかぁ!」
「うきゅー!」
 っと首を閉められるレイである。
「でも正直なところ、どうしようか?」
 シンジはそうアスカに振った。
「なによ、どうしようかって」
「だからさぁ、アスカのことだよ」
「え?」
「いつまでもごたついてたんじゃ落ち着かないじゃないか」
「諦めるのかい?」
「裁判とかになったら父さんたちに頼るしかないけど」
 しょうがないじゃないかと溜め息を洩らす。
「アスカと付き合ってるってことにしておいても」
 そこまで口にしたところで、シンジは両腕に重みを感じた。
 右に大レイ、左の袖には小レイが縋り付き、悲しげにぷるぷるとかぶりを振っている。
「……だめみたいだ」
「ちょっとぉ……」
「でもシンちゃん、マジな話、どうして?」
「え?」
「だって、そのことで喧嘩したんでしょ?、渚君と」
「……けど、他に方法が無いなら」
「なんだかいいかげぇん」
「でもないさ、僕の気持ちが伝わったと言うことだよ」
「蹴倒されてね」
 アスカの言葉にひくっと引きつる。
「い、言い訳をさせてもらえるならね、正直に言ってあの時、シンジ君に足技なんてものがあるとは思っていなかったんだよ、だってそうだろう?、動いている人間の頭を後ろ回し蹴りで狙うなんて芸当は、よほど練習を積んでいなければできないはずのことなんだからね?」
 練習したのかいとシンジに訊ねる。
「ううん、あの……」
 シンジは恥ずかしげに赤くなって答えた。
「ゲーム見ててね、なんとなくできそうだなって思ってたんだ」
「そうかい?、今のゲームはリアルだからねぇ」
「うん、サマーソルトなんてできないけど、後ろ回し蹴りくらいはって」
「僕はそれを食らったわけか」
 はいはいとレイが手を上げた。
「悔しくないの?」
「正直ね」
 悔しくはないとカヲルは答えた。
「なにしろやられたなと思ったのは、病院で何をされたのか聞かされてからだからね、だから負けたという実感がないんだよ」
「ふぅん……」
 レイはちらりと妹のことを見た。
 この間の話のことが脳裏を過ったからだ。
「それにしても一撃か……、恐ろしいね、無防備にもらうと」
「カヲル君、手を抜いてくれてたからね……、だから決まったんだよ」
 おやっという顔をしたのはアスカであった。
「あんた手加減してたの?」
「手加減はしていないよ、ただ技を駆使しなかっただけのことさ」
「なんで?」
「自分の主張を押し通すための戦いで、アスカは姑息な手段を用いるのかい?」
「……なるほど」
「もう一つは技の恐ろしさのことがあったからだよ、主張し合うためのぶつかり合いに、一撃で意識を刈り取ってしまえるような技を使えるはずがないだろう?」
「カヲル君が本気になったら、きっともっと凄いんだろうね、蹴りとかパンチとか連続で来そうな気がする、でも話をしながらやってくれたから、僕なんかでもやられずに済んでたんだよ」
 アスカは少々呆れてしまった。
「……あれだけ頭に血を上らせてて、よくもまぁそんなことわかってたわね?」
「半分はベッドの上で考えてたことだよ、きっとそうだったんだろうなぁって」
 ベッドの上と聞いて、何故だか赤くなるのがちらほらと。
「ふけつよー!」
 ヒカリをトウジとケンスケが押さえ込んでいる。
「それだけカヲル君には余裕があったってことさ」
「でも負けたのはカヲルじゃない」
「火事場の馬鹿力だよ」
「僕もまだまだということを学んだよ」
 微笑に苦笑を織り交ぜる。
「余裕を見せるのはまだ早いってね」
「まあシンジを殺してしまわないように済ませてくれたことには感謝してるけど」
 えっとレイたちは驚きを見せた。
「なにそれ?」
 アスカはカヲルの顔色を伺いながら答えた。
「これでもカヲルは渚一門の長だってこと、師範代クラスになれば学ばなくても人を殺す方法なんていくらでもわかって来るもんでしょう?、道場主になれば他には伝えられない技を一杯学んでる、カヲルはその頂点に立つことになってるのよ?、そう言った連中が暴走したりした時裁けるように、とんでもない技を学んでるのよ」
「良く知ってるね?」
「そりゃあんたの自慢なんて、あんたのところの連中がいくらでもしてくれたもの」
「なるほど……」
 それであれほど青ざめて止めようとしたのかと、レイは二人の喧嘩の時のアスカの慌てぶりを思い起こした。
 殺されてしまうと本気で案じたのだろう、カヲルの剣幕から、シンジのことを。
(あれ?)
 一方、小レイの体がほんの少しぐらついていた。
「レイちゃん、吐きそう?」
「……うん」
「ちょっと行って来る」
 トイレへと連れて行く、心配になって後を追おうとしたシンジを、カヲルは止めた。
「大丈夫だよ」
「でも……」
「大好きな人が殺されるところだったと気付けば、気分も悪くなるよ」
「そっか……」
「後でいっぱい甘えさせてあげればいいよ」
 そうすると答える。
「まあ理由はどうあれ勝ったのはシンジ君だ、例え僕が手を封じていたのだとしても、シンジ君は僕と同じ土俵に立って見せたんだからね、それは自慢できることさ」
「本気でキレちゃってたら、やっちゃってたんじゃないのぉ?」
「わからないよ、次からは蹴りについても警戒するよ」
「やんないでよ……」
 言いながら、アスカは二人の性格が見事に反映された結果だったのだなと分析していた。
(冷静なカヲルはまず相手の実力を見極めるって癖を持ってる、だから見切った相手には余裕を見せちゃう、そんなだから突然突拍子もない力を発揮するムラのあるタイプには弱いんだ)
 そしてそのタイプこそがシンジである。
(でも火事場の馬鹿力なんてもの、上手く出せるとは限らないんだから、運が良かったと言えばそれだけなのよね)
 見守る側としては、これほど心臓に悪いことはない。
 そしてこれからもこのようなことがあるのかと思うと心臓に悪い。
「でも」
 アスカは二人の気を引いた。
「偽装の婚約とかってのはパァス!、そういうのはしたくない」
「でも……」
「い・や・☆、だってそんなの喜べないもん、優しくしてくれるのも甘えさせてくれるのも全部ウソなんだって宣言されてて、なにを嬉しがれってのよ?、そんなの嫌、絶対に嫌」
 シンジはカヲルに目配せを送ってから、わかったよと諦めた。



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