Asuka's - janktion:060
 マナは唸りながらも首を捻った。
『もちろん碇君というのは例えですよ?、誰でもかまいません、気になる人が居るのなら、その方で結構です』
『気になる……』
『そうです、マナさんはただ正直にお伝えになられれば良いだけです、今とても気になっている人が居るのだと』
 でもとマナは反論した。
『それも嘘になるんじゃないの?、想ってるってほど気になってるわけじゃないなら』
『でも気になっているのなら、全てが嘘というわけでは無くなりませんか?』
 なるほどと納得してしまう部分はあった。
『自分の中に迷いがあって、それは正体の掴めないなにかであって、だからこそ態度を曖昧にしているのだと口になされれば良いわけです』
『でもムサシは怒んないかなぁ?』
 それはもちろんとマユミは断言した。
『怒るでしょうね』
『……』
『でもしょうがないことだとは思いませんか?、碇君に責任はありません、もちろん他の誰にもです、ただ自分が迷っているだけなのですから、責任はマナさんにあるわけですよね?』
『それじゃあムサシが怖くなるだけじゃない』
『思春期ですから』
『……え?』
『思春期ですから、一番仲の良い男の子に異性を感じて当然なのでは?』
 マナはマユミの言いたいことに気がついて、なるほどと深く頷いた。
『これは思春期の迷いだってことで押し通せってわけね?』
『もちろんムサシさんが碇君に突っかかって行かないという保証はありませんが』
『そこんとこは上手く言いくるめればなんとかなるか……』
『あまり良い『策』とは思えませんが』
 忠告的に付け加えられた点こそが重要だった。
『なにしろ、前提条件に問題がありますから、全部が嘘にならないように、碇君に気持ちが無ければなりません、嘘を吐くのは、まだ今は誰かと付き合う気なんて無いという、マナさん自身の言葉だけにしぼり切らねば』
 うう〜んとマナ、今度は逆側に首を捻った。
「……練習しようよぉ」
 そんなマナに声を投げかけたのはシンジであった、シンジの周りには皆がそれぞれにくつろいでいた、カヲル、マユミはシンジと同様に楽器を持って、レイたちとアスカは手ぶらである。
 シンジは半ば諦め気味にマユミにどうしたのだと訊ねてみた。
「なにか知ってる?」
 マユミはヴァイオリンを下ろして溜め息を吐いた。
「ムサシさんのことで、ちょっと」
「ムサシ?」
「マナさんを追いかけている……」
「ああ……」
 ちょっとぉっと割り込んだのはアスカだった。
「やけに親しいじゃない?、ムサシ、なんてさ」
「マナさんに合わせているだけですよ、それに」
「なによ?」
「ストラスバーグさんと呼ぶのが面倒になってしまって」
 なるほどとアスカはやけに簡単に納得した。
「ま、確かにそうね」
「アスカ?」
「アスカは外国育ちだからね、ファーストネームを呼ぶことに違和感が少ないのさ」
 カヲルは小レイに指揮棒を渡しながら続けた。
「もちろん日本ではファーストネームを呼び合うことが、どれだけの意味を持っているのかも知っているよ、ね?」
「まぁね」
 それをレイがからかった。
「なのに渚君のことはカヲルって呼ぶんだ?」
「な、なによ!、悪い!?」
「別に……」
 にやりと小レイ。
「そう……、別に悪くはないわ、別に」
「むぅ……、なんか含んでる、絶対!」
「くすくすくす」
「って口で言うなぁー!」
 イライラと震えていたマナがついに爆発した。
「だぁあああああ!、ちょっと黙ってて!、考えまとまんないから!」
 はいっとみんなで首をすくめる。
「……結構マジだね」
「本気でアレ、なに悩んでるわけ?」
「実は……」
 マユミは余計な入れ知恵をしてしまったことを、赤くなりながら打ち明けた。
「あんたなんてことを……」
 くらくらと眩暈を感じるアスカであったが、その不安を笑いながら煽ったのはカヲルであった。
「でも確かに嘘にはならないね、霧島さん自身口にしていたから、いま男の子の中で一番気になっているのはシンジ君なのだと、そう、付き合っているということにしようと決めた時の話だよ」
 おかげで僕は次点なのさと、からかうように口にする、と、何やら考えがまとまったのか、マナが椅子を蹴って立ち上がった。
「よし決めた!」
 振り返る。
「シンジ君!」
「なに?」
「デートしよう!」
「へ?」
「デートよデート!、したことくらいあるんでしょう?」
 あるわけないだろうがと、青赤茶の三つの瞳がギンッと睨んだ。
「アンタちょっとなにいきなりトリ狂ってんのよ!」
「アスカはちょっと黙ってて!」
 だいたいっと指を差す。
「こんな面倒なことになってるのはアスカちゃんが来たせいなんだからね!」
「なんでよ!」
「だってそうじゃない!、アスカちゃんが来て渚君関係がごたついて、ケイタが引っ張り出されてムサシに話が流れたんだから」
「言いがかりに近いねぇ」
「言いがかりそのものだと思うよ?」
 男二人、頷き合う。
「でもそれがどうしてデートに繋がるんだい?、シンジ君との」
「だからぁ、好意以上のキモチがあるかどうかなんて、デートしてみないとわかんないじゃない」
 おどけて口にするマナに対して、アスカはまともに青ざめた。
 以前自分で想像した懸念が、頭の中でぶり返してしまったためである。
(コイツ……)
 恋愛に目覚めたのなら、一番気安いシンジに行くはず。
 その通りになって来ている。
「だめよっ、だめだめ!」
「アスカちゃん……」
「だめってばだめ!、あんたはカヲルで妥協するの!、それしかないの!」
「アスカちゃん!」
 両肩を掴まれてアスカは止まった。
 真剣なマナの瞳に気圧される。
「お願いだから」
「……」
「別に、取るなんて言わない、レイちゃんたちからも取ったりしない、ただシンジ君がそういう目で見ることができる対象なのかどうか確かめたいだけ、それくらいは良いでしょう?、ね?」
 アスカは味方を捜して目をさ迷わせた、マナもその視線の先を見る。
「レイちゃん」
「……」
「レイちゃんと同じ目でシンジ君を見たいんじゃないの、見ようと思ってるわけでもないの、ただ『見れるかどうか』を確かめたいだけ」
 次に綾波レイを見る。
「お願い」
 レイは拗ねるように口を尖らせ、条件を付けた。
「良いケド……、その代わり、後着けるからね?」
「え゛?」
 それは良いねぇとカヲルがポンと手を打った。
「みんなで尾行するのも面白い」
「え?、え?」
「大丈夫さ霧島さん、逃げ回っている間に芽生える愛も確かにある」
「ちょ、ちょっと?」
「それではさっそく準備をしないといけないねぇ、舞台はどこにするんだい?」
「もしもーし」
 いけない!、流されてるよあたし!?、そう思ったが遅かった。
 悟り切っているような口調で、シンジに諭されてしまう。
「おもちゃ行き決定だね」
 あうあうとマナは酸素を求めて喘いでしまった。
 ──そんなのデートになんないじゃなーい!
 もちろん聞く耳を貸す者など居なかった。



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