「というわけで!、コースは芦の湖に決定よ!」
マナは泣きそうになって訴えた。
「なんで勝手に決めちゃうのよぉ」
「うっさい!、これでも譲歩してやってんだから感謝しなさい!」
まぁまぁととりなしたのはカヲルであった。
「行ってしまえばこっちのものさ」
「ちょっとこらカヲル!」
「後は野となれ山となれだよ」
「こらぁ!」
ガツンと行く。
「余計な知恵を吹き込むな!」
「痛いね……、なにをするんだい?」
「あんたどっちの味方なのよ!」
「強いて言えば不利な側の味方だよ」
「なんでよ!」
「バランスシートというやつさ」
「はぁ?」
「なにしろ僕は、別に誰とシンジ君が付き合うことになろうともかまいやしないからね」
非常に意味ありげな横目をくれる。
「男同士の『友情』に、そんなものがなんの障害になるんだい?」
「……なんだか邪な気配を感じるわ」
ゴツンと小レイがハンマーで殴った。
「ぐうっ!、そ、そんなハンマーをどこから」
「あそこから」
とヒカリのバッグを指差した。
「ど、どうして洞木さんはそんなものを持参しているのかな?」
「え?、えっと……、だってほら、ねぇ?」
ザッと青ざめるトウジである。
「わ、わしか?、わし用なんか!?」
「お、俺もその中に入るのか!?」
一緒にケンスケも青ざめる。
「そうか、乙女のたしなみというわけだね」
「そうなのかなぁ……」
「シンジ君、女の子には沢山の謎があり、そして理解不能の言動と行動がつきものなのさ」
「そうなのか」
「だぁ!、だからそういう洗脳はやめい!」
怪しい話題への転換を中断させる。
──そんなこんなで。
「来ちゃったよ」
「うん……」
嫌なくらいに晴天だった。
ついでに湖からの冷たい風が心地好い。
芦の湖付近を楽しむためには、まずここで降りなければならないと言う駅に降り立ち、ふたりは途方に暮れていた。
「あの……、霧島さん」
「え!?、な、なに!?」
「その恰好……」
マナは変かなと照れて赤くなってしまった。
肩紐で吊るしているだけのワンピースは真っ白で、太陽の光に体の影が透けて見えてしまう。
そして剥き出しの肩がそれ以上に気になってしまう。
揚げ句に大きな帽子とバスケットの組み合わせ……
「こんな恰好……、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「うん……」
少女趣味入ってるよねと正直に口にする。
「ほんと、霧島さんがそんな服着て来るとは思わなかったよ……」
「あたしも、こんなの着なきゃならなくなるとは思わなかった……」
「へ?」
ちょっと鬱の入った表情で説明する。
「実はね、これみんながプレゼントしてくれたの」
「みんな?」
「そう……」
アスカとレイちゃんたちを狙ってるみんながねぇっと昏く笑う。
「あああ、あの、霧島さん?」
「ううん!、大丈夫!、気にしないで!」
シンジは絶対無理してるよなぁと心で思った。
(ようするに僕と霧島さんがくっつけば、後がフリーになるって計算なんだろ?)
でもそれってと憤慨する。
逆に言えばマナなんて取られてもかまいやしない存在なのだと、みんなで突きつけたも同然なのだ。
そんな失礼な話があるだろうか?
(でも……)
確かに無神経に過ぎたかもしれない、マナにとっては傷つく面もあっただろう。
それでも……
(ちょっと、良いかな?)
さすが多数の男連中が必勝必殺を狙って選抜しただけのことはあるとシンジもはまった。
「シンジ君?」
「え!?」
「……」
マナはジト目を作って訊ねた。
「なに焦ってるの?」
「いや、だってその!」
「見取れちゃった?」
マナはくるっと回って見せた。
「今日はシンジ君のためだけにこの恰好をして来ました!、でもちょっと無防備だから襲わないでね?」
(駄目だよ霧島さん)
シンジは右手で口元を覆ってしまった。
(結構可愛いよ)
「じゃ、行こうか?」
シンジの反応に気を良くしたのか、マナは腕に組み付いて引っ張った。
「どこから行く?、遊覧船?、展望台?、それとも温泉?」
「温泉って!」
「じゃあとりあえず展望台に行っちゃおうか?、あ、バスあれね、もう行っちゃいそう、走ろう?」
引っ張られてでれでれと着いて行ってしまうシンジであった。
そしてそんな二人の様子を、歯ぎしりをして覗き見ている者たちが居た。
「なんっっっっっか、ムッチャ腹立つんだけど?」
ふぅっと呆れるカヲルである。
「でもこれで妥協すると諦めたのは君だろう?」
「行きましょう、見失うわ」
「レイちゃん……」
妹の積極性に感動すら覚えるレイである。
「でも」
レイは簡単に追い抜いて困ってしまった。
「こりゃ間に合わないね」
「だぁあああああ!」
全力疾走のアスカですらも、やはりバスの発車には間に合わなかった。
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