Asuka's - janktion:062
 バスが行く、湖岸の周遊道路を颯爽と行く。
 窓からは日の光を受けてきらきらと眩しく揺れる波が見える。
 芦の湖の景色はとても素晴らしいものだった、が、マナはそんな景色に目もくれず、バスの後方ばかりを気にしていた。
(むぅ……)
 実はしっかりと見てしまったのである。
 バスに乗り遅れ、ああと絶望を浮かべていたアスカの顔を。
 ──表情を。
(出そうだったから急いで乗っただけだったんだけど)
 息の切らし過ぎでちょっと鼻水がこぼれていたのも見えてしまった。
(上手くまけちゃったみたい)
 ほっと一息安堵する。
 しかしそんな不審な態度は、シンジに対して、疑問を抱かせるものだった。
「どうしたの?」
「え!?」
「後ろになにかあるの?」
「あっ、ははははは!、別に!」
 問われて思い切り焦ってしまい、マナは護魔化すために、思い切って抱きついた。
 シンジの腕に。
 体を押し当てるようにしてよいしょと座り直す、と、マナは、もぞもぞとする動きに気がつき、おかしくなった。
 シンジの顔が少し赤くなっていたからだ、必死に窓の外に意識を向けて護魔化そうとしている。
(……)
 ついほんのりと頬を染めてしまった、どうしてシンジが照れているのか、理由など考えるまでもなかったからだ。
 先程肩の出し過ぎを自分で口にしたばかりである。
「シンジ君」
「え?」
 マナはシンジの腕を抱きしめたままで訊ねた。
「何か食べて来た?」
「なんにも」
「そうなの?」
「うん……、母さんにさ、デートの日はご飯を抜いて出かけるもんだって追い出されたんだ」
「なんで?」
「霧島さんを誘って、どこに行こうかとか話しながら食べろってさ」
 おこづかい渡されちゃったよと、シンジはようやく調子を取り戻したのか、笑いかけた。
「でもあの駅って、周りに食べられるような店なんてなかったし……、どうしようかなって」
「ふうん?」
「母さん、きっと頭の中で、理想のデートコースでも想像してたんだろうな」
「碇君のお母さんかぁ……」
「うん、昔は父さんと、色々なところに行ったって言ってたけど」
「いいなぁ、そういうの」
「そうかなぁ……」
「へ?」
「あの父さんと一緒に旅行するのは、神経擦り切れるよ?」
 ──止まった先の旅館でヤクザの家族に間違われた経験を思い返す。
 ちょっと鬱が入ってしまったシンジにマナはなんなんだろうと焦った。
「シンジ君?」
「あ、うん、なんでもないんだ」
 シンジは笑って護魔化し、お腹に手を当てた。
「そんなわけだからさ、展望台なら売店くらいあるだろうし、何か食べても良いかな?」
「シンジ君……」
 はぁっとマナは溜め息を洩らした。
「あたしが持ってるもの、なにに見える?」
「なにって……」
 四角い網篭。
「バスケット?」
「じゃあ中身は?」
「もしかして……」
「そ」
 マナはにっこりと微笑んだ。
「後で食べさせてあげるからね」
 シンジはありがとうと礼を言ってしまったことを、後になって悔いることになってしまった。


「くっくっくっ」
 道路の真ん中、両手両足に力を入れて踏ん張って、アスカは行ってしまったバスに対し、強い怒りをみなぎらせていた。
「笑っているの?」
「誰がよ!」
「そ」
「あたしは怒ってんの!」
「そう」
「アイツ、あたしの顔見た、絶対見た!、見て笑った!」
「それはあなたが鼻水を垂らしているからじゃないの?」
「え!?、嘘!?」
「本当だよ」
 はいとハンカチを差し出すカヲルである。
「次のバスは十五分後だね」
「くっ、それじゃあどこに行っちゃうかわかんないじゃない!」
「諦めるかい?」
「誰が!」
「そうかい、なら仕方ないね」
 カヲルはわざとらしく携帯電話を取り出すと、やれやれとばかりに回線を開いた。
「はい、作戦は予定通りに失敗しました、後はよろしくお願いします」
 言い終わるのもまたずに目前の道を見慣れた青い車が物凄い勢いで横向きに滑りカーブを曲がって行った。
 ギシャシャシャシャと恐ろしいタイヤのスキール音が遠ざかって行く。
「あまり整備がよろしくないようだね」
「……なによ今の?」
「ん?、ああ、アスカは知らなかったね」
 にやけた笑いを貼り付ける。
「あれがでばがめ一号さ」
 素早く小レイが指差した。
「そしてでばがめ二号さん」
「だれが二号さんなのよー!」
 ごつんと遠慮無く小突く。
 ところででばがめと称された車の中には……
「おおい葛城ぃ」
「なによ!」
「さっきからオービスやられまくってるぞぉ」
「なんで早く言わないのよあんたは!」
 と言いつつさらに加速する。
「ふん!、残像現象起こして写真判定なんてできないようにしてやるわ!」
「……相手はバスなんだから普通に走ったって追い付けるんだよ」
 どの道もう免取りは間違いないけどなと思いつつ……
 加持は帰りは俺が運転するかと諦めた。



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