Asuka's - janktion:063
 ──ブゥオオオオ!
 非常に焦った様子で車が走り抜けて行った。
「今のってミサト先生の車に似てなかった?」
「って言うかミサト先生の車そのものだと思う……」
 マナは途中で降りて良かったと、自分の判断の正しさにガッツポーズを決めた。
「やっぱり後追って来てたんだ」
「まさかぁ、先生まで?」
「ミサト先生だモン」
「……うん」
 そうかもしれないと青ざめる。
「まさかミサト先生まで巻き込んでるなんて」
「巻き込んだって言うか、喜んで混ざってるって言うか」
「どっちもヤだな」
「え!?」
「霧島さんは嫌じゃないの?」
「ううん!、そうじゃなくて」
 あたふたとどもり気味に説明する。
「だってそれって、デートに邪魔が入るなんてってことになるんじゃないの?」
「まあそうだね」
「そうだねって……」
 あうーっとさらにさらにのぼせあがった。
(なんでそうさらっと言えるかなぁ?)
 さっきは照れていたのにとシンジの考え方がわからない。
「でも良かった、思い切って、やっぱり遊覧船に行こうって途中で降りて、ミサト先生に割り込まれたら台無しだモン」
「そうだね」
「ねぇ……、シンジ君」
「なに?」
「これって……、デートなんだよね?」
 二人で道を渡って反対側のバス停に急ぐ、ちょうどバスがやって来た。
「そうなんでしょ?」
「じゃあ聞いても良い?」
 二人は並んで真ん中辺りに席を取った。
「シンジ君って、デートってのに抵抗ないの?」
「あるよ、そりゃあ……」
「でも慣れてるっぽいよね?、恥ずかしがってたのも、あたしのこの恰好のせいみたいだし……」
 とか言いつつ、ちょっと擦り寄る。
 やはりシンジは赤くなった。
「からかわないでよ……」
「でも気になるぅ」
「そりゃ……、慣れてるから」
 シンジは面白くなさそうに話し出した。
「最初はレイだったよ、母さん……、って言っても良いけどさ、レイを喜ばせてあげたいんでしょうって言われて、それでね」
「それがデート?」
「って言うんでしょ?、それからは綾波だよね、綾波はあっちこっちって、自分の行きたいところに行こうとするから、引っ張ってくれて楽だったな」
「それで慣れてるんだ……」
「でも遊びに連れてって上げてるだけだから」
 そう言ってフォローする。
「後はノゾミちゃんと出かけたことがあるくらいだよ」
「ヒカリに頼まれた時の話?」
「うん」
「そっかぁ……」
 じゃあと明るく笑う。
「シンジ君もこれがデートデビューってわけね」
「デビューって、そんな大袈裟な」
「ううん、大事なんじゃない?、あたしだってそうだし」
「霧島さん?」
 今度はマナに鬱が入った。
「ほら……、あたしもムサシと出かけてたの、見方変えればデートだし」
「ああ……」
「でもねぇ、どうしてもそんな風には思い出せないの」
「でもムサシ君はデートだって思ってたんでしょ?」
「そんな感じじゃ付き合ってなかったはずなんだけどなぁ」
 でもとシンジは口にした。
「僕だって女の子と出かけるってだけで緊張するよ……、誰だってそうなんじゃないかな?」
「うん……」
「その時の相手が好きな人だったら、意識し過ぎて当然なんじゃない?」
「それって、あたしが女の子だからってことだよね?、やっぱ」
「だと思う……」
 うう〜んと唸る。
「でも渚君もそうだけど、シンジ君もそういうの勘違いしたりしないじゃない?、くっついても照れるだけで終わっちゃって、特別意識したりしないって言うか、じゃあなんでムサシはそうなんだろ?」
 それはとシンジは思った、待ち合わせ場所でのことが脳裏を過って。
「それって霧島さん的にはどうなのかな?」
「え?」
「それって僕もカヲル君も、霧島さんを女の子だって意識してないって言い方ができるじゃないか」
「ああ……、うん、それはまぁねぇ」
 残念だけどと、膝の上に置いていたバスケットに帽子を被せて、傾ける。
「でもあたしもシンジ君とか渚君に、男の子的なものはなんにも期待してなかったし」
「そっか……」
 でもと苦笑する。
「カヲル君と付き合うことにしたじゃないか」
「もう!」
 お尻をもぞっと動かして、マナはシンジの腰をどんと押した。
「あのことはもう無し!」
「はいはい」
「でもひとつだけ言い訳」
「え?」
「渚君なら大丈夫かもって思ったのは本当、ムサシが何か言って来ても、ちゃんと守ってくれるかなって」
「そっか……」
「うん、正直ね、シンジ君じゃ無理だろうなって思った、渚君ほど口が回んないから」
 あ、でもと付け加える。
「シンジ君はそれで良いと思うしね」
「……僕はカヲル君みたいにはなれないよ」
 できないしねと、シンジは苦笑交じりにマナに告げた。
「カヲル君がこんなこと言ってたよ……、誰かを一番幸せにして上げたいと思ったら、他の誰かには我慢させるしかないってこともあるんだって」
「それってレイちゃんとレイとアスカのこと?」
「わからない……、けどこれだけは言えるよ、僕にはアスカを切り捨てて霧島さんを助けようとしたカヲル君みたいな真似はできないよ、やっぱり気になってしかたないもん、優柔不断って言うのかな?、こういうのも」
 ふうんとマナは、胸に疼くものを感じて、拗ねた口調で呟いた。
「つまりあたしも同じなんだ」
「なにが?」
「あたしとデートがしたいとかじゃなくて、心配だから、デート、引き受けてくれたんでしょ?」
 それもあるよと、シンジは笑った。
「だからって、それだけでもないよ」
「え?」
「みんな勘違いしてるよ、僕だって女の子に興味くらいあるさ」
「そ、そうなの?」
 でもと言い募る。
「それじゃあアスカとかは?」
 シンジは苦笑してかぶりを振った。
「だめなんだ」
「どうして?」
「どうしてかな?」
 う〜んと唸りつつ考える。
「もう好きだって言ってくれてるからかもしれない」
「なにそれ?」
 シンジはここでもカヲルの台詞を引き合いに出そうとしたが、途中で止めた。
『君こそ僕のように、誰からも慕われ、そして誰からも本気では好いてもらえない人間になるべき人だったのかもしれないね……』
 それは他人に洩らして良い言葉ではないと思ったからだ。
「つまりさ、アスカって普通の女の子だから、僕がレイとか綾波にかまってたら嫉妬するんじゃないかな?」
「あ、なるほど……」
「独り占めって言い方は変だけどさ、それと似たようなことになるだろう?、それがわかってて付き合えるわけないじゃないか」
 泣き言に近かったが、マナには非常に納得できる愚痴だった。
(レイやアスカのこと意識してないわけじゃないもんねぇ……)
 だが手を出さない。
 その理由は簡単だった。
(秤にかけて、妹と彼女のどっちを取るかなら、そりゃ妹の方になっちゃうよねぇ……、だって人数多いんだもん、その分、気になっちゃってしかたないだろうし)
 そっかそっかと一人頷く。
(あたしの場合、独占しようって深刻さはないもんね)
「霧島さん?」
「あ、なんでもない」
「うん……」
 何を納得していたのだろうかと不審がってしまうシンジである。
「でもこれでわかった」
「え?」
「シンジ君って、トラウマの人なんだ」
「トラウマって……」
「忘れてないんじゃない?、レイちゃんが虐められてた時のこと、だから好きだ好きだっていう気持ちをぶつけられても尻込みしちゃうんでしょ?、『そんなこと』より大切なことがあるんだって、レイちゃんたちの面倒を見なくちゃいけないんだって」
 それはと言葉を失ってしまうシンジである。
 そしてマナはやはり正解かと確信を深めた。
「そりゃレイちゃんたちを嫌われる原因にはできないもんね?、レイちゃんたちに悪いなって気持ちを持たせることになっちゃうかもわかんないから……、ううん、下手するとカノジョにレイちゃんたちが虐められちゃうかもしんないから、そんな考えばっかりが先走っちゃって、好きって言ってくれる人を一々疑わなくちゃなんなくて、好きとかって気持ちを面倒くさがって遠ざけちゃう、違う?」
「かもしれない」
「それであたし?」
「それはどうかなぁ……」
 マナはぶぅっとむくれた。
「どうしてそこで肯定してくんないかなぁ?、あたしなら……」
「あ、いやだって、霧島さんだって言ってたじゃないか、そういう目で見られるかどうか確認したいだけだって、でも僕はそういう目で霧島さんを見られるよ」
「見られるんだ……」
「恥ずかしいからやめてよ」
「自分で言ったくせに」
 とにかくとシンジは護魔化した。
「好きって気持ちって、どうやって膨らませて行くんだろうって、それには興味があるんだよ、けど霧島さんには迷惑でしょう?、そんなの」
「試したいんじゃなくて、本気ならちょっとは考えるけど……」
「好きって言うなら、好きだけどさ、霧島さんのことは」
 まずいなぁとシンジ。
「なんだか危ない方向に進んでない?」
「そう思う」
「ええと、だからさ、霧島さんに付き合ってもらいたいとかじゃないんだよ、そりゃただ好きだって言ってくれるだけの人とは、霧島さんは違うけど」
「違うよね?」
「だって好きだって言葉の意味って、僕だけが欲しいって意味なんでしょ?、でも僕はレイたちのことも大事だから」
「うんうん」
「だから僕のこともだけど、レイたちのことも好きだって言ってくれる人でないとさ、駄目な気がして……」
「あたしみたいな?」
「そう……、なんだけど」
 マナはうう〜んと唸って考えた。
「結局好きだって告白されてるような気がする」
「内容が紛らわしいんだよね」
「とりあえずねぇ……」
 マナはお願いした。
「あたしがシンジ君って呼んでるのに、シンジ君が霧島さんじゃ釣り合い取れないし、マナって呼んでくれない?」
「え?、良いの?」
「別に悪くないし……、って言うか、これだけ仲が好いのに霧島さんじゃそれこそ変だし」
「じゃあ……、ってさん付け?」
「呼び捨てで良い」
「うん、わかったよ」
 シンジはすぅっと息を吸い込んでから、試しとばかりに口にした。
「マナ」
 普段レイに向けているような、思わぬ優しい微笑みを目の当たりにしてしまい、マナがドキンと胸を弾ませたのは、それは仕方のない話であった。



続く



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