「はぁ……」
とうとう堪え切れなくなったのか、アスカは大きく溜め息を吐いた。
「今頃シンジ、なにやってんだろ……」
「あんにゅいでもなむーに窓際で頬杖をつくアスカである」
「なんだい?」
「実況中継」
「ヒマなんだね」
「うん」
バスの中である。
ちなみに小レイは酔ってしまったのか非常に大人しい。
「まぁ……、アスカの疑問に答えるのは容易なことだけどね」
「そう?」
「今頃はきっと……」
『シンジ君』
『どうしたのさ?』
『ふふ……』
「と背中に張りつき胸を押し当てた霧島さんの手がシンジ君のお腹から這うようにして胸と股間に」
あああああと自分の胸に手を這わせて悶えるカヲルに、レイは甘いんじゃないと反論した。
『シンジ君……』
『霧島さん……、いいの?』
『うん……』
「って向かい合って目を閉じ合うくらいまでは」
きゃー!、いやー!、やめてー!
バスがぐらりと悲鳴に傾いだ。
「ははははは……、ごめんなさい」
乗客と運転手にぎろりと睨まれて、レイはアスカの口を塞いだままで謝った。
「もう、冗談なのに……」
「レイちゃんですらもシンジ君の理性を信じているというのに……、違うのかい?」
小レイは緩慢な動作で首を振ると、切れ切れの声で訴えた。
「けだもの、けっこう、だもの……」
「気にしないというのかい?、霧島さんとそんな関係になってしまっていたとしても」
うんと頷く小レイである。
「それはきっと一時の欲情……、先走りだから、でも蜜の味を知ってしまったお兄ちゃんは……」
──深夜。
『ん……、お兄ちゃん、なにしてるの?』
『あっ、れ、レイ!?、いや、これはその……』
『そう……、我慢できないのね』
『あ、だめだよレイ、そんな……』
『いいの、わたしが処理してあげるから』
『あ、れ、レイ……』
パクパクとアスカは真っ赤になって口を開け閉めした。
代わりにレイが口にする。
「シンちゃんの下半身に期待するってこと?」
「ええ」
「でもレイちゃんに行くとは限んないじゃない?」
「その時はこういうの……、お兄ちゃん、わたしが処理してあげるから、人を傷つけたりしないで、お兄ちゃんはきっと、人を欲望のはけ口として見てしまう自分に気付いて、嫌気が差して」
「なるほど、見事なシミュレーションだ」
「どこがよ!」
「見事にシンジ君の甘さと弱さとその時限りの暴走と後ろ向きな精神を掴んでいると思うけどねぇ」
冗談じゃな〜いとアスカが騒いでしまったために、結局四人はバスから降ろされてしまうはめとなってしまった。
しかし現実というものは、レイとカヲルの妄想に対して、微妙に近い位置で推移していた。
「寒くない?」
「ちょっと……」
「その恰好じゃあね」
「シンジ君、ちょっとこうして」
「こう?」
「うん」
「どう?」
「……あんまり変わんない」
「くっついたくらいじゃね……」
「風避けになるかと思ったんだけどなぁ……」
ビュウッと風が吹くのは船の上である。
芦の湖を回る遊覧船、その後部の甲板に二人は居た。
柵の傍、マナはシンジに背中だけでなく体重まで預けた。
腕を取って、お腹に回させ、自分の腕も交えて組み合わせる。
「シンジ君も寒い?」
「風がきついからね」
暴れる髪が邪魔なのか、シンジはマナの耳元で囁いた。
その様はまるきりいちゃついているカップルのそれだったのだが。
「良い雰囲気出してるじゃない」
その様子を覗き見ている二人が居た。
「うらやましいのか?」
「ちょっとはね」
「やるか?、俺たちも」
「ばぁか、なんであんたなんかと」
そう口にして、船内の通路に勝手に戻る、二人組とは、もちろんミサトと加持の二人であった。
「でもあたしの勘も捨てたもんじゃないわね」
嘘を吐けと呆れてしまう加持である。
「警察に追っかけられて、仕方なく車乗り捨てて逃げ込んだだけだろうが」
「大丈夫よん、スピード違反は現行犯逮捕が基本なんだから」
「オービスはどうなるんだよ?」
「既にリツコに頼んで対策済みよ」
「……それは犯罪だろう」
「どっちみち罪を犯してるんだから」
これはだめだなと諦める。
「ま、臭い飯を食うことになっても、ちゃんと待っててやるからな」
「あのねぇ……」
狭い通路を抜けるとラウンジに出る。
二人は景色の良い場所に席を取った。
「それよりさ」
「ん?」
「一度聞いてみたかったんだけど、あんたいつまであたしの周りをうろつく気?」
「邪魔か?」
「そうよ……、と言いたいところだけどねぇ」
頬杖を突いて、ミサトは加持の視線から目を逸らした。
「正直に言うとね、さっきのシンジ君たちを見て、ぐらついちゃったわ」
冷めきった微笑を浮かべてミサトは愚痴った。
「父さんのこともあるのよ……、お腹の怪我のことで父さん、母さんにさんざん叩かれて、離婚まで突きつけられて、今でもちょっとヘコんでるのよね、世間的にも結構やられちゃったし、そのことを考えるとね」
「身を固めて安心させてやりたい……、いや、やらなきゃいけないような気がする、か?」
「でもねぇ……」
なんだよと加持は急っついた。
「そこまで話して隠すことはないだろう?」
「じゃあ言うけど」
あんたと指を差す。
「あたしと一緒になろうとしたら、きっと父さんに傷の話をされて、くれぐれもって頼まれることになるのよ?、それでも好いの?」
う〜んと加持は唸りを上げた。
「傷物をあてがわせることになって悪かったって、俺にも負い目を持つんだろうな」
「それが嫌ってのが一つあるのよ」
「他には?」
「……覚えてる?」
ミサトは気まずげに視線を逸らした。
「好きな人が出来たって、加持君に別れ話持ちかけた時のこと」
「ああ……」
「でもね、あれは嘘」
「知ってる……、いや、後で気付いたよ、あの時は信じたさ」
「ごめんね……」
「もう気にしてやしないさ、それに」
「それに?」
「あれがあったから、自分の気持ちに気付けたんだからな、葛城が俺以外の奴とって思うと堪らなくなって、荒れたよ、嫉妬した」
「馬鹿……」
「そういうもんさ」
「けど、ね……」
体を起こし、前髪を気怠く掻き上げる。
「嫌なのよね、悲壮な感じって、その分だけ幸せを噛み締めて、あたし、幸せになりますなんてさ、世の中の圧倒的大多数が、何も考えてなくても手に入れられる幸せなのに、丁寧に有り難がって、それってなにか、ちょっとね」
「そっか……」
「ごめんね……、そんなこと考え出したら、加持君が怖くなったのよ、ううん、今でも怖いわ、どう答えていいんだかわからなくて」
「いいさ、葛城が謝るようなことじゃない、いや、良くないか?、元カレとしては、信じて欲しかったな」
「ばか……」
先程よりも弱々しく口にするミサトに、照れているのかと思いながら、加持は告げた。
「生憎俺は、過去の男にされるつもりはないよ、いつまでもな」
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