「あれ?、シンジじゃないか」
仲良く腕を組んで遊覧船から降りたシンジとマナであったのだが、かけられた声にぎょっとして振り返った。
「トウジっ、ケンスケ!?」
強く焦る二人である。
「まさか二人も!?」
他にも居るのかと慌てて周囲に視線を送るが、居るのは遊覧船から降りて来た客ばかりであった。
そして二人はと言えば、何を言っているのかわからないのか、素朴に首を傾げているだけだった。
「なに焦ってんだよ?」
「なんかあったんか?」
そんな二人に困惑するシンジと、疑念を浮かべるマナである。
「白々しい……」
「へ?」
「二人もぐるなんでしょ?」
「ぐる?」
「ミサト先生だって……」
「センセ?、あ、そやったな」
二人はぽんと手を打った。
「今日はデートなんだったな」
「だから白々しいって」
多少ヘコみ気味にケンスケは訴えた。
「信じてくれよぉ、別にお前らの邪魔しにこんなところまで来たんじゃないって」
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあなにしに来たの?」
「これや、これ」
トウジはそう告げて、くいっと竿を上げる仕草をした。
「桟橋の傍って良く釣れるんだよな」
「そうなんだ」
感心するシンジに気を良くしたのか、ケンスケはそうだと首にかけていたカメラを持ち上げた。
「撮ってやるから並べよ」
「でも……」
「わかった」
マナははぁっと溜め息を吐いた。
「良いじゃない、シンジ君、撮ってもらお?」
「好いの?、マナ」
「記念になるしね」
何気に親しい二人である。
「よし」
パシャッと一枚。
「じゃあ焼き上がりを楽しみにしててくれよな、霧島」
「僕は?」
「……お前に渡すと後で大変なことになりそうだからな」
それもそうだねと暗くなる。
「じゃね!、ほら、行こ、シンジ君!」
「あ、うん、じゃあ……」
去って行く二人に手を振って見せる。
そんなケンスケの後ろ手には携帯電話が……
「甘いな」
「相変わらずやな」
二人はニヤリと笑みを浮かべた。
「はい、シンジ君、あ〜ん」
「ちょ、ちょっとやめてよ」
辺りを気にする。
「恥ずかしいよ」
「誰も見てないって」
船着き場から少し離れた茂み奥に、二人はひとまずの隠れ場所を求めることにした。
小道を抜けて、ちょうど良い感じの浜辺を見つける、そこはそれほど広い場所ではなくて、さらには隔離されていた。
──ここなら良いよね?
何がと答える暇も与えずに、お弁当を広げたマナである。
「もう」
焦れてしまって、マナは食べさせるのを諦め、自分で食べた。
「こういうのも醍醐味だと思うんだけど……」
「恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」
「じゃあシンジ君には食べさせない」
バスケットを確保する。
「……」
「食べる?」
「わかったよ」
「じゃ、あ〜ん」
マナは半分ぱくついたサンドイッチを差し向けた。
「……」
諦め、口に入れるシンジである。
「ふーん」
マナはその様子を観察した。
「間接キス」
「え?」
「とかって考えないのって、やっぱりそういう対象じゃないからだよね?」
「人のジュースとかお菓子とか、いっつも盗むくせに」
「意識してなかったからね」
「じゃあ今は?」
「意識してやってみた」
「何か違った?」
それが全然とかぶりを振った。
「どーもわかんないなぁ……、こんなことして嬉しいのかなぁ?」
「恥ずかしいだけだよ……」
「そうなんだけど……」
シンジは悩むマナに対して、あえて口にした。
「ムサシ君なら、きっと激しく喜ぶんだろうね」
「……たぶん、でもシンジ君にそういう気持ちがわかんないんじゃ、女のあたしにわかるわけないじゃない」
「じゃあ」
今度はシンジの番だった。
「はい、あ〜ん」
「ええ!?」
「あ〜ん」
「シンジ君!」
「ほら」
くいっと押し出されて、仕方なく食す。
問題はそれがサンドイッチではなくて、さくらんぼだったことだった。
──シンジの指までついばんでしまった。
唇がつるんと滑ったのは爪のせい、慌てて動かした舌先に苦みを感じる。
──シンジの指は苦かった。
だけどマナが照れたのは、そんなことにではなくて。
「どう?」
あろうことか自分が舐めた指をシンジが舌で拭ったのだ、その自然な動きにマナはカーッと熱くなった。
「だっ、だめ!」
「へ?」
「見ちゃ駄目!、ちょっと待って!、お願い!」
マナは真っ赤になった顔を必死になって隠そうとした、両膝を立ててその間に挟み込み、手で被った。
(ちょっ、ちょっとちょっとちょっと!)
手のひらが熱いのか頬が火照っているのかわからない。
(なにこれ?、信じらんない!、でもでもでも!)
確実に恥ずかしい。
なのに嫌じゃない。
この場に居るのが堪えられないのに。
もっとしたい。
マナはじたばたと足を動かして地面を蹴った。
(免疫がないんだな)
シンジは悶えるマナに自宅の二人のことを重ね合わせて苦笑した。
さすがにアスカは含まない、アスカに対しては、そこまでしたことがないからだ。
(レイと喧嘩してた頃の綾波がこんな感じだったっけ)
意地を張り過ぎて無理をして、自爆になってしまって転がって。
(恥ずかしいならやんなきゃ良いのにとか思ったもんな)
ふと気がつけば、マナの動きが止まっていた、手のひらの間にジト目が見えて、シンジは焦った。
「な、なに?」
「なんでもない!」
ぷっと頬を膨らませてそっぽを向く。
言えるわけがない。
(絶対レイちゃんたちと比べてた!)
そんな想像に腹を立ててしまったなどと。
(なんだかんだ言ったって、シンジ君ってレイちゃんたちに洗脳されてるんだよね、女の子はこういうことが好きなんだぞォって、それを試してみるくらいの気持ちでやっちゃうから……)
しまったと思う。
(あれだけ意識されてもとか言っといて、意識させられまくってどうするの!?)
これ以上は危険だなぁと警鐘が鳴らされる、しかし……
「ん?、なに?」
シンジのなんでもないことと言った態度に腹が立ってしまう。
どうにも。
(はまってく?)
それはこういう感じなのかもしれないと思う。
振り向かせたいとかじゃなくて。
意識させたい。
もっと強く。
印象付けたい?
自分だけじゃ不公平だから。
癪に障るから……
「マナ」
「な、なに!?」
「全部食べちゃって好いの?」
「うん!」
「じゃあもらうよ」
「うん!」
「でもマナってちゃんと料理できたんだね」
「……どういう意味?」
あんまりな言葉に気持ちが冷めて、裏返っていた声が元に戻った。
しかし……
(図星だよ……)
実は夕べ強引に『ヘルパー』さんを家に呼んで作らせたのが、この弁当だったのだ。
『願いですから下拵えが終わったものを片端からつまみ食いするのは止めて下さい!』
そのため朝方までかかってしまったヘルパーさんは、今頃熟睡していることだろう。
「マナってば!」
「え!?」
「なにぼうっとしてるのさ?」
「ちょっとね……」
「ふうん?」
シンジはまあいいやと脂でべたつく指をズボンで拭った。
「それで、これからどうしようか?」
「まだミサト先生うろついてるかなぁ?」
「レイたちも捜してるはずなんだよね」
バスケットを片付けて、マナはそれじゃあと提案した。
「今度こそ展望台に行こうか?、距離あるし、バスの中が一番安全だって気がするし」
シンジはそうだねと同意した。
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