最初、シンジはレイを同行させようとしたのだが、これには冬月が難色を示した。
「君の話は、もはや疑う余地は無い、だがね、歴史通りに進まない場合もあるのではないかね?」
 これを冬月に言わせたのはゲンドウだ、口にせずとも、目で命じる辺りが狡猾である。
 だからシンジは、こう呟いていた。
「狸が」
 ゲンドウならともかく、冬月に反対されては強攻策も打てない、冬月はリツコ同様に、事後、半ば選択の余地無く巻き込まれた人間であるからだ。
 そう強く出られない。
 これに対して、他のレイを二人同伴させたのは、ただの嫌がらせだった。


「凄い……」
「これが、海?」
 それでもこんな風に目を輝かせて喜んでもらえれば、良かった、と自然と顔がほころんでしまう。
「海、見た事無いの?」
 シンジの問いかけに、二人は海を見下ろしたまま返事をした。
「いいえ……」
「ヘリで移動する時、見える、けど……」
 クスリと笑って、シンジは言った。
「まあ、こんな風に地平線が見えるのって、凄いもんね?」
 二人は頷いた。
 どちらがどちらと言う見分けは付かない、二人ともレイよりもユイに近い髪形をしている。
 これもシンジが選択した理由の一つなのだが、もちろんユイははしゃぎ、ゲンドウは嫌な顔をしていた。
「あ、船……」
「太平洋艦隊、あれが……」
 シンジは二人の邪魔をしないようにそっと身を引いて、正面を見た。
「なにやってんですか?、ミサトさん……」
「作戦準備よ」
 もちろん、ここで使徒に強襲されることは、ミサトに宣告済みだった。
 いざとなれば、船を沈めろと交渉しなくてはならない。
 緊急時ならば提案できるものも、事前に説得の言葉を用意しろと口にされては、中々考えられない話しであった。


「今更説明するまでもないんでしょうけど……、この子がセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ?」
 一陣の風がスカートをまくり上げる、もちろん、アスカは代価をちょうだいするために平手を振るった。
 シンジはこれに反撃する事も出来たのだが、あえて受けた。
 パン!
「痛い……」
「見物料よ、安いもんで……、なによ?」
 ジッと顎を引き気味に見つめる、四つの赤い瞳。
 これはかなりの威圧感があった。
「だったら、スカートなんて履かなきゃ良いのに」
「露出狂?」
「な!?」
「見せたいのね……」
「見てもらえないのね」
「こ、この……」
 憤怒で顔が膨れ上がる。
 もちろん、レイ達二人はシンジの忠告に従って、ジーンズとキュロットでしめていた。


 加持リョウジ。
「今、付き合ってる奴、いるの?」
 その軽薄さの裏側にあるものを、もちろんシンジは知っている。
「相変わらずか、どうだシンジ君、君の目から見て」
「さあ?、……僕のことを?」
「ああ、もちろん知ってるさ、本部崩壊の危機を間一髪で救った奇跡のサードチルドレン」
 シンジは素早くミサトに視線を送った。
 ミサトもだ。
「そんな、偶然ですよ」
「はんっ、あたしなら本部侵入前に片付けてたわ!」
 そんな強がりは聞いていない。
(加持さんは、知らないのか?)
 演技には見えなかった、なら、本当に知らないのだろう。
(加持さん程の人が知らない?、じゃあ、外には漏れてないのか、僕のことは……)
 発令所で騒いだわりには、運が良いらしい。
 あるいはA級勤務者に対する、教育……、口封じの賜物だろうか?
「何でも、レイと同居してるんだって?、っと……」
 加持は二人の子に視線を漂わせた。
「どっちが?」
 小声で訊ねた加持に、ミサトは、両方よ、と答えておいた。


『シンジ……』
 彼女は、思い詰めた顔をしていた。
『お願い、あたしを……、あたしに』
 それは遠くて、そしてほんの少し前に交わした、確かな約束。
「なにやってんのよ!」
 怒声に、ゆっくりと振り返る。
 タラップの上に、見慣れた少女の姿があった。
「パンツ、見えてるよ?」
 カッと赤くなって駆け降りて来る。
 シンジはまた、正面に浮かんでいる弐号機を眺め始めた。
「あんたね!」
 つかつかと寄って来る。
「勝手にヘリ動かして、こんな所に来て、人の弐号機に何するつもりよ!」
「別に?」
 アスカの顔を見もしない。
「ただ……」
「ただ、なによ?」
 シンジは苦く笑って、かぶりを振った。
「なんでもないよ」
「何よ、言いなさいよ!」
 つかみ掛ろうとしたアスカを、衝撃が揺すった。
「きゃ!」
 足を踏み外し、プールに落ちそうになる、くるんと回された気がした。
「水中衝撃波……、やっぱり来た」
 アスカはハッとして、シンジを突き飛ばした。
「なにすんのよ、エッチぃ!」
 気が付くとシンジの胸に収まっていたのだ、赤くもなろう。


 この後の行動は、シンジは何度目かに試したものと同じ選択をした。
「八回目だったかな?、あの時は、適当な人を捉まえたんだけどな……」
 ヘリから洋上を見下ろす、そこでは真紅の機体がはっそう飛びを行いながら、マントさながらに巻きつけていたシートを剥ぎ捨てた所だった。
 ヘリを危うげもなく操縦しているのはシンジである、シンジは通信機のスイッチを入れた。
「ミサトさん、聞こえますか?」
『シンジ君なの?、どこ!?』
「真上のヘリです、例の件、三分ほど待ってから、検討に入って下さい」
『……分かったわ』
 実際、シンジの提言は無駄にはならなかった。
 内蔵電源の供給を受けるまでもなく、アスカの駆るエヴァンゲリオン弐号機は、見事空母を跳ね跨ごうとした使徒を、真っ二つに裂いたのだった。


 意気揚々と、降りて来たヘリに歩み寄り、アスカは自慢しようとした。
「どう?、サードチルドレ……」
「何やってんの?」
 シンジは無人の後部座席に自慢しているアスカに、冷然と突っ込んだ。
「なっ!」
 事も無げに運転席から降りるシンジに目を丸くする。
「あんた!、なんでそんな所に!?」
「え?、ああ、適当な人が見つかんなかったから、自分で動かしたんだ」
「自分で、って……、あんたヘリの操縦なんて出来るの!?」
「出来るよ?」
 平然と言う。
「他に飛行機とか、船とか、車とバイクは当たり前だし、戦車だって動かせるよ、二十五回目……、あ〜、昔、ちょっとね」
「昔って……」
 呆然としているアスカから顔を動かし、弐号機を見上げる。
「エヴァンゲリオン、弐号機か」
 はっとする。
「そ、そうよ!、どう?、これが弐号機の力よ!」
「つまり、アス……、惣流さんの実力は関係無くて、弐号機が凄いって事?」
「言葉尻捉まえてんじゃないわよ!」
「ま、どっちでもいいさ」
 シンジは酷く大人びた顔でアスカを見た。
「な、なによ……」
 子供子供した髪形には不釣り合いな、目。
「お母さんの遺作だろ?、もっと大事に扱った方が良いと思うよ?」
 アスカはその言葉の意味が分からずに困惑した。
「な、ちょ、ちょっと!」
 怒鳴らせる前に、歩み去る。
「これ以上は、ここじゃあ、ね……」
 誰とも無しに呟いて、シンジはもう一度だけ、弐号機の姿を振り仰いだ。
 空の青さに生える赤。
 キラリと顎先で光が輝き、その姿の雄々しさを見せつけていた。



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