あるまじき事態が勃発した。
 碇ゲンドウへの不審から、本部内の志気が下がり、職務怠慢が横行。
 揚げ句、ボイコットする者まで出始めたのだ。
「まずいですね」
 言ったのはシンジだった。
「こんなつもりじゃなかったんだけどな」
 発令所だ、恐る恐る、ユイが訊ねた。
「どうすればいいと思う?」
「委員会が新しい人事を発表しますよ」
 それは実に、その通りとなったのだが、歴史は妙な所でつじつまを合わせる様に動いたのであった。


「米国、第二支部の消滅ですか」
 場所はリツコの研究室だ。
 加持、ミサト、マヤ、レイ、アスカとユイ。
 これだけ揃うと、さすがに狭く、息苦しい。
「これも知ってたの?、シンジ」
「S機関の暴走事故は知ってます、でも」
「でも?」
「ちょっと中身が……」
「知らない、違うの?」
 首を傾げるシンジに、リツコは問いかけた。
「シンジ君には気の毒だけど、やっぱりそうなのね」
「やっぱりってなによ?」
 ミサトの台詞は、皆の代弁だろう。
「司令の事もそうだけど、シンジ君の考えとは違った筋書きになってるみたいだから……」
「そうなんですよね、まずいな」
「何がまずいんだ?」
「僕の知らない展開になってるってことは、当てにされても、フォローし切れないって事ですよ」
「アメリカについてはどうなんだ?」
「事故になるからやめろって言って誰が止めますか?」
「それで二千からの職員を見殺しか」
「加持君」
「悪い」
「構いませんよ、本当のことなんだから」
 ほらっ!、とミサトは肘で突いた。
「それより、就任予定だった新司令はどうなったんですか?」
「消えたわ、第二支部ごとね」
「就任の手土産にするつもりで焦ったんでしょうね」
 マヤが報告する。
「工期の繰り上げから、事前テストも省略されたようです」
「夢は潰えたわね」
 リツコは含み笑いをした。
「まあ、シンジ君にとっては、困らないんでしょうけど」
「なに?」
 ミサトの視線に、リツコはシンジへと説明を促した。
「実は……、ずっとマギの記録を弄ってもらってたんですけど、初号機、電力を食ってないんです」
「はぁ!?」
「それは、S機関を積んでるってこと?」
「違うよ、母さん、魂を抜いたエヴァはただの人形だからね、糸で操ってるのに、動力は必要ないさ」
「ATフィールドで?」
「なんでもかんでもATフィールドで出来るもんじゃないよ、同化してるだけさ」
「同化!?」
「僕は使徒だからねぇ、魂さえ無ければ同化できるさ」
 言ってみたかったのかもしれない、シンジは台詞を真似て、うすら笑いを浮かべて見せた。
「この間だって、綾波に初号機に乗ってもらったけど、外から同化してたんですよ、ATフィールド、感知できなかったでしょう?」
 それがどういった意味を持つのか?
 分かった者は、いなかった。


「あ〜あ、シンジのパパも災難ね」
 本部から出てすぐの所である。
 歩いて帰ろうと言ったのはアスカであった、大人達の集まりに口を挟めなくてフラストレーションが溜まっていたのだろう。
「子供がこんなじゃ、焦りもするわよ、とうとう降板で閑職行き、シンジのママが副司令に、副司令が司令に格上げって、本当?」
「本当らしいよ?」
 アスカはふと、レイの非難めいた目に気が付いた。
「なによ?」
 もちろん、シンジには分かっている。
「そこまで気を使ってくれなくても、大丈夫だよ」
「でも」
「出来の良過ぎる子供が居れば、親としてはプレッシャーを持つものさ、焦りはミスを重ねさせる、これは自分で学んだ事だけどね」
「へぇ?、じゃあ、あんたは焦らないってわけ?」
「まさか?、だから失敗ばかり重ねてるんじゃないか」
 夕闇に閉ざされていく街並みが、少しだけ物悲しい。
「でも僕の失敗は僕だけのものだからね……、薄情だろうけど、でも僕が居なくてもみんなは生きていけるわけだろう?」
 アスカは首を傾げた。
「今度は違うわけ?」
「約束があるからね、綾波とアスカに」
 微笑する。
「他人に干渉しておいて、無責任になるのはね……、何かをしてあげるなら、最後まで責任取ってあげないと」
「責任ねぇ、そこまでして欲しいとは思わないんだけど?」
「そうだろうね、僕が居なくても、みんな何とかやっていけるさ」
『全部、あたしが決めてやるから、責任感じて、泣いてんじゃないわよ、馬鹿シンジ……』
 息を引き取り、身動きの出来ない彼女の唇を奪ったのは卑怯だっただろうか?
 唇を彩る紅は鉄の味がした。


「どうでもいいんだけどさ」
「なによ?」
「なんで居着いてるわけ?」
 シンジはアスカに対して首を傾げた。
 レイが不満そうにしているのも当然だった。
 アスカは先日来、シンジの部屋に遊びに来ては、寝て帰るような日々を送り、揚げ句とうとう着替えを常備し始めたのだ。
「なぁんかねぇ、居心地いいから」
「まさか……、ミサトさん家、人が住めなくなったとか言わないよね?」
 返事が無い。
「アスカ?」
「掃除ぐらいして欲しいんだけどねぇ」
 アスカがすればいいだろ、とは言わない。
 嫌というほど、無駄だと知っているからだ。
「はぁ……」
 シンジは溜め息を吐き、力を抜く。
 ベッドだ、三人で寝ると流石に窮屈であるが、この家には余分な布団など無い。
 最初は難色を示していたアスカだったが、雑魚寝も続けていると慣れてしまうのか、だが流石にお尻を向け、背を合わせるようにしている。
 レイの不満はそこに集中していた、アスカがいるためにパジャマを着るはめになっている。
 これは不本意と言うものだろう。
 しかし子供がそうであるように、やがては別々に寝なければならないのだ、それが自然なのだから。
 シンジに邪心が無いだけにその流れは自然でもある。
 それに、シンジは客用の布団を用意しよう、などと無粋は言わなかった。
 これは考えるまでも無く、アスカがスキンシップを求めていると分かっていたからだ。
 アスカももう、強がりを言うのはやめている、これには諦めの色合いが強かったが、性格上嫌だったのは、それで馬鹿な男に得をさせてしまうと言う事だ。
 だがシンジは得したなどとは思っていない、むしろ辛さを増すようだ。
 この辺りは微妙ではあったが、アスカはシンジの言を受け入れ、利用させてもらうことにした。
 一端には加持がミサトと寄りを戻し、辛くなったと言うの事もあるのだが。
 とにもかくにも、こうして眠り、起きた時にはレイの逆側、シンジの腕を借りて、温もりに丸くなっているのであった。


「なぁんか男って感じ、しないのよね」
 ファンの一人に、シンジとの関係を詰め寄られて、アスカはそう答えた。
 もちろんシンジが若い少年であることには違いないのだが、中年のお父さんが相手では厭らしいと感じても、孫からおじいさん、おばあさんを見ればそんなものだろう。
「なぁんか、ね」
 だがそんなあやふやな感覚を説明できるわけも無く、また、少年達も納得できない。
 碇シンジは綾波レイと仲が良いらしい、ここまではいい、元々相手にされてなかった根暗女だ、だがアスカは違う、と言うのが大方の意見だ。
「で、どうなんだ?」
「え?、何が……」
 シンジはキョトンとした。
「だぁ!、ほんまにわからんのかいな?」
 トウジの言葉に苦笑する。
「まあ、分かるけどね……、最近よく話をするようになったから、気になるって言うんでしょ?」
 ケンスケが詰め寄る。
「惣流って、誰も寄せ付けなかったのにさ、急に、何かあったのか?」
「別に何も無いよ」
「ほんとかぁ?」
「ホントだって、学校じゃ話さなかっただけでさ、他じゃ結構話してたし」
「なんだ」
 ケンスケは引っ込んだ。
「まあな、仲が良いって言うより、なぁんか召し使いに用事言いつけてるって感じだから、考え過ぎじゃないかって思ってたんだ」
「それ、当たってるよ」
 苦笑する。
「アスカ、アスカか」
「なんだよ?」
「みんな、アスカが好きなんだなぁって思ってね」
「物好きなこっちゃ」
「トウジは違うの?」
「わしは大人しい方がええわ」
「委員長みたいな?」
「はぁ!?、あんなん、どこがええねん」
 ケンスケが逃げていく、シンジも微妙に距離を取った。
 トウジは気付かずに悪口を言う。
 背後では、友人の怒る姿に、アスカが溜め息を吐いていた。



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