「参号機のテストを延期しろ?」
 シンジの言葉に、リツコは怪訝そうにした。
「どういう事?」
「使徒に汚染されてます」
「まさか!?」
「起動と同時に……、って、これは本部に侵入した使徒と同じですが、ATフィールドの発生を起爆剤にして動き出します、エヴァを乗っ取って」
「エヴァを……」
「本部の事で、先手を打てるって学んでるんですよ、それからこの間の使徒で、味方を取り込まれると、手を出しあぐねるって事もね、見透かされてます」
「では、どうしろと?」
「参号機の破棄が一番ですけどね、誰も納得しないでしょう?」
「そうね」
「かと言って、起動までは存在も確認できない」
「お手上げね」
「そうでもありませんよ」
「なに?」
「ダミープラグがあるでしょう?」
 リツコは溜め息の後に、かぶりを振った。
「シンジ君……」
「はい?」
「珍しく、計算を間違ったわね」
「え?」
「あなた、レイを取り上げたでしょう?」
「あ……」
「当然、開発は思うほど進んでないわ、実用化にも程遠い所で頓挫したままよ、司令は降板、現司令は副司令の言いなり、あのシステムは凍結よ」
 呆然とした後で、シンジは言った。
「そっか……、まいったな」
 吹き出すリツコ。
「初めて見るわね」
「え?」
「そんな子供っぽい所」
「そうですか」
「赤くなってる?」
 そっぽを向くシンジに、リツコは笑いを堪え切れなかった。


 着々と進む参号機の受け入れ準備に、上層部は慎重な対応を強いられていた。
「強引に建造権を奪ったあげく、四号機は事故で失って、揚げ句第一支部まで失いたくないからって、使徒付きで払い下げ?」
 ミサトがぼやきたくなるのも当然だろう。
「使徒が取り付いていると言う情報は伏せたいな」
「もちろんですわ」
 冬月とユイだ、司令と副司令らしくなっている。
「それで、シンジの意見は?」
「今回はお手上げだそうですわ」
「ほう?」
「最悪、思い付かない場合はテストパイロットになるから、自分ごと使徒を殲滅してくれ、だそうです」
「じゃあ、シンジを乗せないためにも、なにか知恵をしぼるしか無いわね」
 その言葉を真摯に受け止める。
 ミサトもだろう、リツコに目配せを送った。
 邪険にしていない、迷惑だと思っていない、それを伝えるためにも、シンジのサポートは充実する必要がある。
 認めるわけにはいかないからだ、犠牲にするならシンジだと、その命を、存在そのものを、軽視しているなどと言うことは。
 とっくに失ったはずの、人としての尊厳の最後の一線を、一同は知らず踏み『戻ろう』としていた。


 松代へ向かうトラックの中で、シンジは訊ねた。
「それで、結局僕ですか?」
「皮肉?」
「違います」
「そう受け取られても仕方が無いけど」
 リツコは空を覗いた、飛行機雲が伸びている。
「これは初号機とあなたになら出来る事よ」
「はぁ?」
「理論上は可能だったけど、パイロットの後遺症を考えるとね」
 前置きをしてから説明する。
「一つの頭に二つの体じゃ、感覚的に混乱するし、第一、二体同時シンクロなんてね」
「二体同時?」
「ええ、でもね、今度のはもっと簡単、エントリープラグからの遠隔シンクロは、本部の模擬体でも行えるでしょ?、初号機はあなたの『同化』で動くから、この場合は参号機に初号機のエントリープラグからシンクロしてもらう事になるわね、これはこの間のレイのテストで、あなたが外から同化していたって言う話しをヒントにしたものだけど……」
 そのデータを用意させるために?、と勘繰るものがある。
「初号機はね、あなた用の防護壁として使うわ、いくらなんでも剥き出しのエントリープラグじゃ、こちらが不安だわ」
「……余り変わらないと思うんですけどね」
「生身で使徒の力に拮抗するのはまずいでしょう?、起動直後に戦闘に入るんだから」
「そうか……、そうですね」
「本当なら、レイやアスカに頼むのが筋なんでしょうけどね」
「え?」
「でもあの子達を危険に晒すと、あなたが怒りそうだから」
 シンジは窓枠に頬杖をつき、護魔化した。


 松代の実験施設は、二体のエヴァが入るには狭かった。
 職員や関係者には、四号機を暴走させたアメリカ製だからと理由で、この異様な態勢を納得させた、もちろん、シンジの記憶から割り出した安全圏から、作業は行われた。
 そのリモートケーブルの中継点では、どこぞの工作員が諜報活動を行ったが、この情報が持ち返られることは無かった、何故なら、炎火の前に燃え尽きたからである。
 起動、暴走、そのまま内部から弾ける命の光の余剰なエネルギーを放出した、すなわち、あの十字架である。
 これは初号機の装甲と、施設を破壊し、死亡者数に数えられる事の無い死者を出した。
 リツコが手短な車を乗っ取り、急ぎ駆け付けた時、参号機は初号機によって首を落とされていた。
 首を右手にぶら下げ、胴部を足蹴に踏んでいる姿は、蛮族の首狩りを思わせた。


 タオルを肩に掛け、二機を見上げて、ポツリとこぼした。
「使徒殲滅を確認、か……」
「なに?」
 シンジは、いいえと答えてから訊ねた。
「参号機、どうなるんですか?」
「ああ……、とりあえずは凍結だけど」
 リツコも見上げる。
「洗浄を行ってから修復、再起動実験もあり得るわね」
「パイロットは……」
「探す事になるでしょうけど」
 会話はそこで閉ざされた。


「ただいまぁ」
「あん?、おかえり、早かったわね」
 と言うアスカに対して、いや、リビングの様子にシンジは呆れた。
「半日空けただけなのに……」
「ああ、これ?」
 ピザの箱とジュース缶が散乱している。
「だってあの子、肉食べられないって言うからさぁ」
「それでピザ?」
「でも結構あるのね、肉使ってない料理って」
 指で数え上げる。
「ラーメン、うどん、おそば、パスタ、グラタン、それから……」
「まあ、いいけどね」
 肩を落とし、片付ける。
「綾波は?」
「寝てる、あんた今日帰らないって言ってたから」
 アスカは、それをチャンスと思ってか、恐る恐る訊ねた。
「ねぇ、前から聞こうと思ってたんだけど」
「なに?」
「ほんとに……、今まで、ろくな事無かったの?」
 苦笑する。
「終わりが悪ければ……、一緒でしょ?」
「なんだ、なら途中まででも、良い感じだったんじゃない」
「けどね、一度に叩き落とされるのは辛いよ?」
 蘇る記憶。
『あんた、なんでレイが自爆してまで庇ったか分かってない、あんたがそうやって、自分なんてどうでも良いって言うからでしょ!?』
『アスカ!』
『あたしだって、ね……』
『駄目だ、駄目だよ、アスカぁ!』
「……ンジ、シンジ!」
 はっとする。
「あ、ごめん……」
 その表情こそ、本来のシンジのものなのだが、『この』アスカはそれを知らない。
「ぼけっとしてんじゃないわよ」
「そうだね」
 ごみ袋に詰め込んで、口を締める。
「こんなもんかな?」
「あんた、何か食べて来たの?」
「え?、まだだけど……」
「しょうがないわねぇ……」
 立ち上がり、エプロンに手を掛ける。
「え?、なにするの?」
「何って……」
 赤くなる。
「何か食べるんでしょ?」
「もしかして……、作ってくれるの?」
「なによ、いらないの?」
「ううん!、もらう、けど……」
 困惑する。
「初めてだから、そんなことしてくれるのって」
「あのねぇ」
 腰に手を当てて怒る。
「あんたの知ってるあたしがどうだか知らないけど、あたしは……」
「なに?」
「知らない!」
 そっぽを向く。
「ただ、あんたが『次』に行って、あたしのこと思い出して、嫌な想い出だ、なんて思われるのは嫌だなって、そう思っただけよ!」
 それは奇しくも、リツコと同じ考えなのだが。
「な、なによ……」
 リツコと違い……
「ありがとう……」
 アスカは、シンジから微笑みと感謝を与えられた。



[BACK] [TOP] [NEXT]