使徒襲来の報に誰よりもいきり立ったのは彼女であった。
「警戒待機って、どういう事よ!」
 アスカである。
「シンジ君の指示よ」
「はん!、戦自に華を持たせようってわけ?」
「そう言うわけじゃないよ」
 遅れてやって来たシンジである。
「何処行ってたのよ?」
「ケイジ、ドラクーンの装備のね、最終調整」
 シンジの行動によって幾つかの歴史にない事態が発生していた。
 一つはロンギヌスの槍の回収である、これはドイツ支部によって行われ、本部には未輸送のままとなっていた。
「どう?、シンジ君、様子は」
「駄目ですね、衛星軌道上の敵を相手にするには、どうやっても役不足ですよ」
「じゃあ白旗でも上げる?」
「その前に……、僕が行きます」
「シンジ君が?」
「はい」
 アスカが顔をしかめた。
「何もあんたが行かなくてもいいじゃない」
「へ?、なんでさ」
「あんたのレポート、読んだわ」
「ああ……、それで」
 苦笑する。
「確かにね、使徒はこっちの心に興味を持ってる、と言ってもエヴァを人として見てるんだよね、まあ同調してるから、外れってわけでも無いんだけどさ」
 そう言って肩をすくめた。
「ATフィールド、それが攻撃の合図なんですよ、使徒はその色を覚えてる」
「だから、あなたなの?」
「僕は全てを『兼ねて』ますからね、アスカの身代わりになります」
 ふと、シンジは不満気なレイに気が付いた。
「大丈夫だよ」
 微笑みかける。
「アスカの次は、君の代わりにならくちゃね」
 それもまた嬉しくも無い話しであった。


『くっそう、効かないじゃないか』
『相手が成層圏じゃねぇ……』
『何とかしろよ!』
『ムサシ下がって』
『なんでだよ!』
『初号機が出るそうよ』
『真打登場かよ!』
『そう拗ねないで……』
『お手並み拝見と行こうよ』
 明らかにマナとケイタは、ムサシの機嫌を損ねないように誘導している。
 そんな関係に苦笑して、シンジは街の中央に立った。
「手頃な武器が無いんだよね……」
 溜め息を吐く。
「どうしよう……、あの手で行くか!」
 そう言って気合い込めたその間を狙って……
 使徒のあの、精神を探る奇怪な光が初号機を照らした。


 フラッシュバック。
 一言で言えば簡単だ、だが百年を越える積み重ねは、余りにもえぐい過去を掘り起こす。
 体育倉庫、腰を振る男と人形そのままに表情一つ変えない女、青い髪、その脇にあるのはくしゃくしゃになった数枚のお札。
 無機質な病室、荒れた赤い髪、おむつの中身は不細工に膨れ、目が正気を灯すことはもはや無い。
 足の無い少年、荒んだ顔、蹴り転がされては、笑われて……
 シンジは笑う。
「カヲル君」
 幻影が正面に立つ、頭は両側から潰されて、目玉が縦に並んでいた。
「あのみんなは……、どうしたかな」
 記憶の錯綜はそこまでだった。
 初号機の腹部が大きく開いた、内側から盛り上がったのは赤いコアだ。
 その前で両手で何かを掴む仕草をする、指令塔はパニックに陥った。
『シンクロ率上昇、百、百五十、止まりません!』
『初号機のATフィールドに変化が見られます、回転してる!?』
『凄い早さだ……、このままだと』
『計量の値が無限大に近くなってる、このままだとシュバルツシルト半径を』
 リツコの言葉が終わる前に、初号機は『それ』を突き出していた。
 黒い閃光が流星のように尾を引いた、雨も、雲も、使徒さえもATフィールドごと飲み込んで、そのまま彼方へ消え去った。
 誰もが呆然とし、ようやくリツコが呟いた。
『マイクロブラックホール……』
 重く垂れ込めていた雲は、雨の名残だけを残して、見事なほどに払われていた。


「かぁーーーっ、すっげぇよな、あれでエースじゃないって?、良く言えたもんだ」
 パイロットのためのロッカールームはあくまで共用である。
 返事が無い事にムサシは怒った。
「いい気になってんなよ!、あれはエヴァの性能だからな、使徒が地上に下りてくれば、ドラクーンだって」
「でも」
 茶々を入れたのはケイタだ。
「ドラクーンの基本装備の六十パーセントって、碇君の設計品になってるんだよね」
「お前は余計なこと言うな!、あ、こら待て!」
「きゃあああああ!」
 先に出たシンジを追いかけようと裸のまま飛び出して、ムサシはマナの一撃を浴びた。
「何やってるのよ、もう!」
「いや、俺は」
「下半身丸出しで男の子追い回して、ほんと危ないよね」
「ケイタ、この裏切り者ぉ!」
 騒がしいと失笑する。
「あ、ごめん……」
「ううん、悪いのはムサシだから」
 マナは首を傾げた。
「あの」
「ん?」
「碇君って、わたしに会ったこと、ある?」
「どうして?」
「何だか、凄く懐かしそうにするから」
 シンジは苦笑した。
「そうかもしれないね」
 意味深な言葉を吐くと、ムサシが泣いた。
「マナぁ〜、ナンパされてんじゃなぁい!」
 もちろん、今度は蹴り飛ばされた。


 全てが順調に見える中で、シンジはやはり何処かおかしくなっていた。
 言葉の端々に、そして態度に、何か匂わせる物があるのだ。
 死を覚悟した人間が、あるいは死の宣告を受けた人間が、身を清め、身辺を整理し、そして寂しげにするように。
 シンジ自身、意識してそうしているのかどうかは分からない、それでもアスカとレイには、こうする以外に方法が思い浮かばなかった。
「なぁんか視線が痛いんだけど」
「当ったり前でしょ!」
 アスカがぼやく、シンジの両腕は、今はアスカと、レイの二人に取られていた。
 絡められた腕、密着した部分に汗のぬめりを感じながらも、シンジはポケットに手を入れていた。
「何処に行くの?」
「デート!、決まってんじゃない」
「デートねぇ……」
「嫌?」
「嫌ってわけじゃないよ」
 レイへと微笑むシンジに、アスカはむくれた。
「なんか扱い違わない?」
「そっかな?」
「そうよ!」
「ごめん……」
「だったら今日は奢りなさいよね」
「分かったよ」
 とシンジは笑う。
 そんなこんなで、映画館からアイスクリームショップを経て、バスに乗り、夕焼けの映える峠の高台に辿り着いた。
「いい景色ね……」
 アスカが言うと、レイがぶち壊した。
「碇君が初号機で、雨を……」
「そう言う事言ってんじゃないわよ」
 深く溜め息を吐く、シンジは苦笑するだけだ。
「夕焼けが奇麗だっていってんの」
「……血の赤に見える」
「あんたは、もう!」
 どうして暗い方向に持っていくのかと叱る、シンジは微笑ましく見守ってから、柵にもたれて夕焼けを見た。
「血の赤、か……」
「なによ?」
「なに?」
 唐突に喧嘩は終了していたらしい、シンジは笑って尋ね返した。
「ねぇ……、どうして急に、デートなんて思い付いたのさ?」
 アスカは赤くなりながらも答えた。
「だって……、あんたが、寂しそうにするから」
 レイが続ける。
「もうすぐ、いなくなるって、言うから」
「まだ足んないのよ!、足んないって思ったのよ、だって……」
 泣きそうになる、そんなアスカの頭を、シンジは抱いた。
「ごめん……」
 アスカの口から嗚咽が漏れ出す、胸にしがみついて訴えた。
「中途半端じゃ嫌……、だって、こんなの」
「余計に苦しくなる」
 シンジはそう告げたレイも抱き寄せた、首元に甘えさせて謝る。
「ごめん……、僕も分かってたはずなんだけどね」
 シンジは経験談を語った。
「見捨てないでって……、一人にしないでって、僕も泣いた事があったから」
「だったら!」
 アスカは訴える。
「何処かに行くとか、そんなこと決めんじゃないわよ!」
「碇君はここに居たくないの?」
 レイは縋り付いた、しかし。
「ごめん」
 としか言えない。
「だって……、僕にも、どうする事も出来ないから」
 だからくり返し、こうしてやり直しているのだから。
「あんた選ばせてやるって……、あたしに選ばせるって言ったじゃ無い!」
「うん……」
「だったらここに居なさいよ!、何処にも……」
「行かないで、碇君……」
 二人の説得にも応えられない、シンジの顔には、辛さが滲んだ。
「ここに居る僕は、ほんとうに幸せだったって……」
 シンジの言葉は、既に過去の人の物言いであった。



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