今宵は満月。シンジは家路を急いで走っていた。
 真っ暗だ、真っ暗なんだ……早く帰らないと。
 どうなるというのだろう?
 わからないままにシンジは走る。
 途中、公園を抜けて近道しようとしたのがいけなかったのかもしれない。
 あ、綾波だ!
 同級生の女の子が居た。どうやらあまり素行の良くない連中にからまれているらしい。
 助けなくちゃ……。
 とは思っても体がすくんでしまっている。
「やめろよ!」
 それでもシンジは叫んでいた。
 碇君?
 冷たい目を向けるレイ。
 だが心は裏腹に弾んでいる。
 助けてくれるの? あ……。
 だが無情にも、シンジは殴り倒されてしまった。
 そう、あなた達は痛みを知らないのね……。
 ちょうど今宵は満月だ。
 いいわ、あなた達に、本当の恐怖を教えてあげる……。
 シンジは後悔している最中だった。
 やめておけば良かったんだ……。どうせ僕が助けられるわけなかったんだから。
 グルルルル……。
 その時、どこからか低いうなり声が聞こえて来た。
 な、なに!?
 見れば、綾波が背を丸めている。
 ど、どうしたの……あ!
 ザワリ!
 レイの髪が膨らんだ。
 その赤い目が釣り上がり、口が少し出っ張っている。
 頬にも青い産毛が生え揃っていた。
 うーん。ぱた。
 その恐ろしさに気を失うシンジ。
 碇君!
 レイは周りを睨み付けた。
 あなた達、許さない!
 どうやら彼らに原因があると思い込んだようである。
 ガァ!
 綾波レイは襲いかかった。
 そして彼らが逃げ出すまでに、ものの数分とかからなかったのは言うまでもない……。


「んん……」
 シンジは呻き、目を覚ました。
「碇君?」
「綾波! うわ!」
 シンジは慌てて起き上がった。
 公園のベンチで、膝枕をされていたらしい。
「碇君?」
 キョトンとするレイ。
「どうしたの? 碇君……」
 シンジはまじまじとレイを見詰めた。
 や……あ、そんなに真っ直ぐ見ないで……。
 照れてるのね、わたし。
 赤くなるレイ。
 シンジはドキンと心臓が跳ねた気がした。
 そ、そうだよな、綾波があんな恐ろしい怪物になるだなんて、夢に決まってるじゃないか……。
 シンジは勝手にそう決め付けた。
「どうしたの?」
「あはは……あいつらは?」
「警察の人が……」
「そう……ごめん」
 謝るシンジに、レイは小さく首を傾げた。
「どうして、謝るの?」
「だって……僕、綾波を助けられなかったから……」
 うなだれる。
「そんなことないわ、あなたは助けてくれようとしたもの」
「でも、情けないよね? 気を失ってさ……」
 しかしレイは首を振る。
「本当に情けないのは、見て見ぬふりをする人達よ。碇君は恐くても立ち向かってくれたもの、ありがとう……」
 それでもシンジは、明るくなれない。
「せめて、あいつみたいに強かったらな……」
「あいつ?」
「夢を見たんだ」
「夢?」
「そう、夢……夢の中で獣が助けてくれたんだ」
「そう……」
 レイは考え込むような仕草をした。
「綾波が……獣になったんだ」
 無言。
「凄かったんだ。僕なんかよりずっと強くて……」
「嬉しかった?」
「恐かった……」
 とたんにレイの表情が曇ってしまう。
「でも今は恐くないよ?」
「どうして?」
「だって助けてくれたんだもん。きっと見かけよりずっと優しいんだよ」
 碇君……。
 今度は赤くなってしまう。
「ねえ?」
「なに?」
「あれ……本当に夢だったのかな?」
「さあ、どうかしら?」
 約一分の空白の間。
「は、はは……冗談きついんだから、綾波」
「ふふふふふ……」
 お互いの頬に冷や汗が伝っている。
「あ、もうこんな時間じゃないか」
「うん……」
 シンジはちょっとだけ躊躇したが……。
「行こう、送っていくよ」
「え?」
「一人じゃ危ないよ。さっきみたいな奴等も居るしさ」
「でも……」
 レイは上目使いに見る。
「恐くないの?」
「なにが?」
「だって……わたしは本当に化け物かもしれない」
 くすりと笑うシンジ。
「だって助けてくれたんだもん。悪い奴なわけはないよ」
 シンジは手を差し出した。
「僕も綾波を助けようとしたけど……悪い奴だと思う?」
 ズルい……碇君。
 そう言われて、肯定できるはずが無い。
 差し出された手を、遠慮できるはずも無い……。
 レイはそっと、その手に捉まった。
「行こう? それにあの獣がもし綾波だったら……」
「だったら?」
 シンジはいたずらっ子のように笑った。
「襲われるのも、良いかもしれない」
 レイは瞬間、沸騰した。
 真っ赤になって崩れ落ちる。
「綾波? 綾波ぃ!」
 はうう〜、碇くぅん。
 のぼせ上がったレイは気を失ってしまっていた。
「まいったなぁ、どうしよう?」
 焦りまくるシンジ、どうやら今度はシンジが膝枕をしてあげる番のようであった。



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