困ったなぁ、綾波、起きないよ……。
「しょうがない!」
 一代決心……と言うほどのものでも無かったが、シンジはやむをえず綾波を背負うことに決めた。
「ん。綾波、軽いや……あ」
 背中に当たる柔らかい感触……。
「女の子の胸って柔らかいって言うけど……ちょっと固いような気もする……」
 う、膨張してしまった。
 人を背負っているからなのか? テントが突っ張って苦しいのか?
 とにかくシンジは腰を引き、自分のアパートに引き上げていった。


 チュンチュンチュン……。
 スズメの鳴く声がする。
 カーテンごしの柔かい陽射しが、綾波に軽く汗をかかせている。
「ここ、どこ?」
 見知らぬ天井、横を向けば……。
「碇君?」
 机に突っ伏し、眠っている。
 レイが寝ているのは、シンジのベッドだ。
「碇君の匂いがする……」
 綾波はシーツを抱き込み、うきゃんうきゃんと跳ね回った。
 こ、恐い……。
 実は起きていたシンジだが、恐くて寝たふりをやめられなかった。


「……もうこんな時間」
 ふいにはしゃぐのをやめるレイ。
 ズズッと、シーツのずれる音がした。
「……碇君、起きて」
 肩に手を当て、揺すられる。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう!?
 今起きるとワザとらしいよな? ちょっと寝ぼけた振りでもして……。
「ん〜、あ、綾波、目が覚めたの?」
 ちょっとワザとらしかったかな?
 目が覚めた? 碇君、わたしのこと心配してくれたの? うれしい……。
 レイは跳ね回る鼓動を聞かれぬように身を離した。
「ここ、どこ?」
 ごまかすように尋ねる。
「僕の部屋だよ。ああ、僕以外誰も居ないから心配しないで……」
 瞬間、ちょっと強ばりを見せてしまうレイ。
 僕はバカか! こんなこと言ったら警戒されちゃうに決まってるじゃないか!
「どうして、ここへ連れて来たの?」
「だだだ。だって、綾波の家って知らなかったし、いくら呼んでも起きてくれなかったから……」
 あああああ、そんな冷たい目で見ないでよ!
 なんだ。それだけの理由なのね……。
 ちょっぴりがっかりしてしまうレイ。
 襲ってくれても、良かったのに……。
 僕はケダモノじゃないんだぁ!
 意図せず、苦悩が交錯する。
「……」
「あの、お弁当……夕べのうちに作っておいたんだ。綾波も確か一人暮らしだろ?」
「どうして、知ってるの?」
「あ、それは、その……ごめん」
 うわああああ、またやっちゃったよ。勝手に人のこと調べてる嫌な奴って思われちゃったかな!?
 碇君、わたしに興味を持ってくれてたの? うれしい……。
 照れ隠しなのか? その表情はますます仮面を被っていく。
「学校……」
「え?」
「……わたし、先に行くから」
「あ、綾波!」
 まずった! 嫌われた!?
 シンジは焦った。
 逆にレイは慌てている。
 これ以上ここに居ると、我慢できなくなる……。
 今にも顔は爆発しそうだ。
 リミットまでは、もう間もない。
「お弁当……貰っていくから」
「あ、うん……」
「ありがとう」
「え!? い、いや、どうせ僕の分のついでだから……」
 ぼん!
 レイの頭が爆発して、その顔が急に真っ赤になった。
 ええ!? どうして……。
 わけがわからず焦るシンジ。
 その間に、レイはお弁当箱をかっさらうように持っていく。
 碇君と同じ物、碇君が食べる物、それをわたしにも食べろと言うの!?
 シンジの部屋を飛び出して行くレイ。
「綾波、もしかして照れてただけなのかな?」
 ようやくシンジは、ちょっとだけレイのことが分かったような気がしていた。



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