「あーもぉ、情けないったらありゃしない! なに負けてんのよ。あんたわ!」
きゃうんとマナ、アスカは今にも鞭を取り出しそうだ。
「だってぇ、あの子恐いんだもん……」
すねて背中を向けている。
お座り状態で恐そうに振り返る。
「なに言ってんのよ! あんたご主人様に恥かかせる気!?」
「え〜? アスカはお友達じゃなぁい、あたしのご主人様はシンちゃんだもん」
アスカはプルプルと拳を震わせた。
「あんた誰が拾ってやったと思ってんのよ!」
「シンちゃん」
「うぐ!」
「捨て犬だぁ、可哀想だぁって連れて返ってくれたのシンちゃんだもん」
「うぐぐ!」
「で、飼っちゃダメって言われて泣きそうだったから、アスカが引き取ってくれたのよね?」
アスカはちょっとだけ想い返した。
「なにしてんのよ?」
シンジ六歳、土手の上から河原を見下ろし、じっとしている。
おもむろにシンジは駆け降りた。
「あ、ちょっと!」
アスカも慌てて追いかけた。
シンジが走り寄ったのは、汚らしい段ボール箱だった。
「ちょっとやめなさいよ。汚いって……」
だがシンジは聞かない、無言のままで箱のフタを開ける。
「あ……」
中に居たのは小犬だった。ようやく目が開いたばかりなのか? 目やにが汚らしく固まっている。
シンジが抱き上げた瞬間、アスカはちょっとだけ顔をしかめた。
べたべたに汚れた毛、臭い匂い。
そんなアスカを見て、シンジは悲しそうな色を瞳に混じえた。
「あ、ちょっと!」
アスカの声にも答えない、シンジはアスカから離れるように、小犬を大事そうに運び出した。
シンジの家に着くまで、アスカは気まずそうに盗み見ていた。
無言のままのシンジ、シンジは幼い時から叔父らしき人の家に預けられていた。
「ダメです!」
案の定だ。シンジはすごすごと出て来ると、門柱の前でしゃがみこんだ。
「どうするのよ?」
シンジはアスカを見上げた。
「なによ?」
シンジは怒りもしない、噛付きもしない。
泣くよりも辛そうに、唇を引き結んでしまっている。
「なんて顔してるのよ?」
その腕の中の小犬も、同じようにアスカを見ている。
あ……。
ふいに、その二つの瞳が重なった。
同じだわ……。
すがるような目が。
だからアスカは叫ばずにはいられなかった。
「ママに頼んであげるわよ!」
アスカは小犬を……マナを強引に取り上げた。
「今ならわかるわ……」
「だってしょうがないもん。捨てられちゃったんだから……」
もうちょっとで死ぬとこだった。
わけもわからず、教えても貰えず、理解する事もできなくて、許容、あるいは諦めるしかなかった一人と一匹……。
「シンちゃん。アスカがいなくなって落ち込んじゃったの……」
「わかってるわよ! だから時間がかかっちゃったけど、こうやって戻って来たんじゃない!」
ニコニコとマナは笑っている。
よかった。迎えに行った甲斐があって……。
「さて! それじゃあ作戦を練るわよ?」
アスカは懐から何かを取り出した。
「なに? それ……」
ミカンの皮だ。それを指で挟んで中折りにしてしまっている。
「これを鼻先でピュッとね?」
呆れ果てるマナ。
「それって、猫に効くんじゃなかったっけ?」
「大体似たようなもんじゃない!」
「あー! それってひどぉい! あたしをあんな獣なんかとおんなじ扱いするなんてぇ!」
「うっさいわねぇ……」
アスカは両手で耳を塞いだ。
「それにそれ! 一体誰に使うつもりで用意してたのぉ!?」
「うぐ!」
「いっつもあたしに負けてるからってぇ!」
「じゃあ今ここで試してあげるわよ!」
「嫌ああ!」
逃げ出すマナ。
「あ、こらちょっと冗談だってば! 待ちなさいよ!」
マナは聞かずに逃げていく。
「あんたがどっか行っちゃったら、どうやってシンジの家を探すのよ!」
その前に自分の家が分からない。
昨日こっちについたばかりのアスカには、まだ土地勘と言うものが欠けていた。
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