キャインキャインキャイン!
犬が泣いてる。
……犬なんて嫌いだ。
13歳のシンジが犬をいじめている。
無表情に、ゴムボールを投げ付けている。
みんな嫌いだ。
表面に見えるいじめはない。
でも嫌いだ。
クラスのグループ決め。
誰にも話しかけてもらえず、一人きりになるシンジ。
仕方ないなぁ、そこ、入れてあげなさい。
あの……ごめん。
まあいいけどね。
でもさり気ない無視。
話しかけても貰えない……。
シンジに一言の確認もなく進んでいくお話し。
学級遠足の取り決め。
そして犬にボールを投げ付けている。
アスカは行っちゃった……。
最初に居なくなった友達。
マナも行っちゃった……。
ご飯を持って出て、残されていたのは首輪だけだった。
お椀を手にたたずんでいるシンジが居た。
犬なんて嫌いだ。
「こら!」
家の主人が出て来た。
「なにしてるんだ!」
吠えるから、ボールをぶつけてたんだ……。
シンジは黙り込んでいた。
そして、警察に突き出された。
「嫌っていたのね……」
「嫌いだった。媚びている犬も、甘い飼い主も嫌いだった」
寒い目で見ているシンジが居る。
飼い主にじゃれついている犬が居る。
どこかの庭。
「やめろよ。マユミ!」
でも嫌そうじゃない。
頬を舐められ、くすぐったそうにしている男の子。
黒い小型犬は、本当に幸せそうだ……。
でも、僕は幸せじゃない……。
あなたのために小屋を作ったのよ?
今日からはここが君の部屋になるんだ。
僕は犬と同じか……。
ありがとう、おじさんおばさん……。
でも、嫌だった。
とても嫌だったんだ。そんなの……。
月明かりの中、三角座りをしているシンジが居る。
その背中にもたれ掛かるように、レイも背中を合わせていた。
「僕に犬を飼う資格なんて無いんだ……」
「だから捨てるの?」
「僕に飼われるよりは野良の方が幸せかもしれない……」
「それを決めるのはわたし、あなたじゃないわ」
「でももうダメなんだ……」
シンジは足を抱きこんでいる手に、ギュッと強く力を込めた。
「僕はここを追い出されちゃうんだ……」
レイの温もりがふっと消えた。
また捨てられるんだ……。
顔を伏せる。だがレイの気配は逆に近付いて……。
「綾波?」
ふっと近寄って来た。シンジの頬に触れ合う直前の、独特の感触が伝えられる。
「あ……」
レイの唇、次にペロッと軽く舐められた。
「綾波……」
シンジはじっと、隣に座り込んだ少女を見た。
シンジに向かって真直ぐな眼差しを向けている。
「……あなたも同じね?」
「え?」
「……なら、野良になればいいわ」
「……うん」
シンジはその目から逃れようとした。
「そうできたら、うれしい」
ぽてん……。
レイが急に横たわった。
「綾波、なにしてるの?」
うつぶせになっている。
「来て、碇君……」
「ええ!?」
シンジは思わず引いてしまった。
「き、来てって、なんだよ!? なに言ってんだよ。綾波!」
「どうしたの?」
「どどど、どうって……」
「なに恥ずかしがってるの?」
「は、恥ずかしがってなんて、ないよ……」
しかし真っ赤になり、指先をモジモジと遊んでいたのでは説得力が無い。
「僕はただ……どうして急にそんな事を言うのかと思って……その」
嫌とは言わない辺りが正直である。
「……背中を貸してあげるわ」
「え?」
「だから今日は寝ましょう……」
「背中……」
シンジの脳裏に、大型犬の背を借りて寝ているテレビCMが浮かんで消えた。
「なんだ……」
ほっとするシンジ。
「なにがっかりしてるの?」
「がっかりなんてしてないよ!」
「怒鳴らないで……」
レイは視線でドアを指した。
「あ……」
その向こうに誰が居るのかを計り知る。
「慣れましょう……」
「え?」
「これからは、こうして眠るようになるから……」
「うん……」
シンジは思い描いた。
そこらの河原や、野原でレイに温もりを分けてもらっている自分を……。
「いいかもしれない」
「んなわけないでしょう!」
アスカが踏み込んだのは言うまでも無かった。
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