「落ちついた?」
「あ、ああ、すまんな……」
一体なにがあったんだろう?
ゲンドウの狼狽ぶりは、そう思わずにはいられないほどのものであった。
縁側。
「……それで、レ、レイがどうしたのだ?」
あまり聞きたくは無いらしい。
「……父さん」
「なんだ?」
「どうしてレイを捨てたりしたのさ?」
シンジは疑問を直球でぶつけた。
「捨てた?」
「だってそうだろう!?」
がたんっと立ち上がる。
「父さんは捨てたんだ。僕と同じように捨てたんだ。小犬を捨てるみたいに!」
「何を言っている?」
興奮したシンジの代わりに、アスカがゲンドウに正しく尋ねた。
「おじさまは、知ってらっしゃるんですか?」
「なにをだ?」
「シンジが今、一人で暮らしていると言う事をです」
「そうなのか?」
ゲンドウは心底驚いていた。
「母さんが死んでから、わたしはお前を育てるほどの余裕をなくしていた……」
真っ直ぐにシンジを見上げる。
「だからって……」
「聞け、……仕事も忙しかったのでな? それで預けたのだ」
「でも……どうして迎えに来てくれなかったのさ?」
遠い目をする。
「……寂しかったのだ」
「は?」
あまりにも似合わない言葉に、二人は目を点にする。
「寂し……なんですって?」
「友人に相談したところ……」
犬でも買うのだな。
「と言われたのでな? 研究所で処分されそうになっていた実験用の犬をそのまま引き取った」
「実験!?」
「そうだ。それがまさかあのような事になろうとは!」
ゲンドウが思い出したのは、人型になって冷蔵庫を漁るレイの姿だ。
「そんな、綾波が……」
そんなに意地汚いなんて。
「そうじゃなくて!」
アスカが突っ込む。
「一体どんな実験だったんですか!?」
「うむ、アダム因子……我々がそう呼んでいる遺伝子が生物に与える影響を確かめるための実験だった」
シンジの脳裏に、ショッ○ーさながらに、手術台に括り付けた犬をいじっているゲンドウの姿が思い浮かんだ。
「生物……犬?」
「だけではない」
くいっと眼鏡を持ち上げるゲンドウ。
「卵子に精子の代わりに打ち込んだのだ。アダム因子はあらゆる染色体を模して、新たな命を生み出した。だが生まれて来たのは……」
「ただの犬だったんだね?」
シンジの言葉にゲンドウは頷く。
「だがただの犬でないとわかった時には、あまりにも遅かった」
夜な夜なレイは人型になり、碇家の冷蔵庫を空にしていたのだ。
「じゃあ、うちのマナは……」
「マナ?」
「アスカの所の犬も、綾波と同じなんだ……」
思い考える。
「そうか……実験はわたしの所だけで行われていたわけではないからな、それについてはわからんが……」
ゲンドウはあまり気乗りしない感じでシンジに尋ねた。
「それで、いまレイは何をしている?」
「あ、うん……」
シンジはここへ来たいきさつを、かいつまんで説明した。
「それでさ、発情期みたいで困ってるんだ」
「発情期だと!? それでレイは!」
ゲンドウに詰め寄られて焦る。
「う、うん……あんまり酷いんで、家に繋いで来たよ」
「繋いで!?」
犬用の首輪で、小屋に繋いで置いて来たのだ。
「そうそう、よくわかんないんですけど、うちのマナも鎖に繋ぐと勝手に動き回らなくなるんですよね、自分で外せるはずなのに……」
ゲンドウは慌てて立ち上がった。
「いかん。それはまずいぞ!」
「え? なにがさ……」
「レイは元々犬のなのだ。自分で首輪を外すと言う概念は存在せん!」
「だからそれが?」
「わからんのか!? いいやわかるわけがないな……とにかく急ぐぞ、リツコ君!」
「はいはい……あらシンジ君」
「あ、リツコさん。お久しぶりです」
エプロンで手を拭きながら出て来た女性にちょっと戸惑う。
「問題が起きた。出かけて来るので後は頼む」
「はい、車はいつものAナンバーを」
「いつもすまないな?」
「かまいませんわ、あなたのためでしたら」
えっと……。
ついていけなくなるシンジ。
大人の世界みたいね?
アスカの説明に、シンジはようやく飲み込んだ。
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