「交配? 雄……ですか?」
 スポーツカーの中、アスカはゲンドウに尋ね返した。
「そうだ。廃棄された実験体はレイを含めて数十に及ぶが、その内……死亡を確認されていないものは17体存在する」
「マナはどうなのさ?」
「きゃん! ちょっとシンジ、何か当たってるわよ!?」
「ち、違うよ。そうじゃないよ!」
「なにがそうじゃないのよ。この変態!」
 2シートなので、シンジの上にアスカが座っているのだ。
「マナ……と言う犬については別のセクションの話だからな? わたしにはわからんが……」
 話を続ける。
「どの生態系からも外れているのがレイなのだ。だが生物は雌単体では成り立たん」
「雄が必要って事?」
「そしてレイには、あらゆる遺伝子にダイブし、融合、繁殖、あるいは卵子を変質させる事のできるアダム因子が備わっている」
「それって……新しい生き物が生まれて来るって事ですか?」
「いや、あるいはすでに……」
 車内が沈黙に満たされる。
「とにかくだ。レイが発情期に入ったのなら、奴等はその匂いに引かれてやって来るはずだ」
「そんな!?」
 シンジは焦った。
 じゃあ、レイみたいのが他にも!?
「だがレイは鎖に繋がれてしまっている。レイには今、抗う術は無い」
 そんな、僕のせいで……。
 シンジ……。
 アスカは心配そうに、肩越しにシンジを振り返った。


 もう日も暮れてしまっていた。
 ヘッドライトがシンジ達のマンション前の道路を上がって来る。
「綾波!」
 シンジは車が停まるのも待ちきれずに、アスカを押しのけるように駆け出した。
「ちょっとシンジ!」
「シンジ、待て!」
 きゃううーん!
 その時、泣き叫びの声が聞こえてきた。
「綾波!?」
 シンジは急いで階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を開ける。
「綾波ぃ!」
 奥の方にレイの姿が見えた。脅えるように伏せている。
 全身を包む青い体毛、それは最近見せなくなったもう一つの姿だ。
 尻尾がピンと伸び、耳が伏せ気味になっていた。
 なんだ!?
 その手前に、気味の悪いものがいた。
 その怪物は表面は光沢があるのに、どこかヌメッとした感じも持っている。
 深緑色の体色。
 一応二本の腕に二本の足があった。だが後ろから見た限りでは、首と頭が存在していない。
「なんだよ。これ!?」
 キャン!
 レイが吠えた。
「綾波!?」
 そいつの繰り出す手を、パンパンとはたきながら後ずさっている。
「くっ!」
 シンジは玄関に立てかけていた掃除用のホウキを手に取った。
 レイが背を向けて逃げ出そうとした。
 がし!
 その腰をつかみ、のしかかろうとする怪物。
「ていやぁ!」
 レイに覆い被さろうとしていた化け物のお尻が目の前にあった。
 ブスリ!
 狙ったわけでも無いのに、実に見事に刺さってしまった。
 !?!!?!?
 ずぅんっと倒れ伏す怪物。
「綾波!」
「碇くん!」
「わわ、綾波!?」
 一瞬だけいつものレイに戻ったのだが、またしてもシンジにしな垂れかかる。
 シンジの首に手を回して、そのまま抱きついて押し倒す。
「綾波!?」
 折り重なるように倒れ込む。
「約束……」
「え?」
 耳元で熱い息を吹き掛ける。
「こういうことをするのなら、発情期の時にしてって約束したもの……」
 こういう事って!?
 発情期!
 シンジは自分の異常を自覚した。
 興奮が抑えきれない!?
 焦った隙を突いて、レイはしがみつくように抱きついた。
「うわ!?」
 体毛が無くなっていた。
 人間の姿に戻っていく。
 変身した時に破けたのか? 何も着てはいなかった。
 は、離れられない……。
 離れると、またもレイの素裸を見てしまう事になるだろう。
 う、それも良いかも……。
 鼻血がつうっと流れ出す。
 でも、いま離れたら、きっと我慢できなくなっちゃうんだ!
 そうすれば、今度こそ間違いなく「鬼畜王」の名を冠に戴いてしまうだろう。
「いかりくぅん☆」
 甘い誘惑が耳元で炸裂する。
 乗っちゃだめだ! 乗っちゃだめだ! 乗っちゃだめだ!
「あ……」
 シンジは間隣でわくわくとしているマナを見つけた。
「種付け? ねえ種付け?」
「ち、ちが!?」
 違うと言い切る前に白い物が飛んで来た。
 スタンプ・オブ・マーダー、今度は四世だ。
 殺人ハリセンを振り回したのは、当然赤い髪が怒髪天をついているアスカであった。

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