「僕は、人間なんだ……」
 シンジ、どうしたのかしら?
 授業中でもずっと思い詰めたように机の一点を睨んでいる。
「僕は人間なんだ……」
 どうも前回の鼻血を噴いてぶっ倒れたのが効いたらしい。
「僕は人間なんだ」
 ずっと悩んでいたシンジは、目の前に立たれるまで気がつかなかった。
「碇君……」
「あ、は、はい!」
「……今日、先に帰るから」
「あ……そうなの?」
 コクリと頷くレイ。
「じゃ」
「あ、うん……」
 翻されたレイのスカートに、どこか冷たさを感じるのは何故だろう?
 ま、いっか……。
 今のシンジはそれどころではないのだ。
 がたん!
 チケットを握り締めて席を立つ。
「アスカ」
「あ、ちょっと待ってよ」
 鞄に教科書を詰めている。
「あ、うん……あのさ? 今日、時間ある?」
「はぁ? ……あ、わかった。デートでしょ?」
「え?」
「もう! 照れることないじゃない、そうなんでしょ?」
 ほんの少しの期待はありつつも、そんなことはないだろうと冗談混じり。
「うん……」
 しかしシンジは肯定した。
「実は……誘おうと思って」
 チケットを見せる。
 アスカはその映画が恋愛物だと気がつき、さらに硬直してしまう。
 アスカ……嫌なのかな?
「あ、嫌ならいいんだ。うん!」
 シンジは自信なさげに引き下がろうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 はっと我に帰って、その腕をつかむ。
「え?」
「行ってあげるわよ! だからそこで待ってなさいよ!?」
「う、うん……」
 ちらっと教室の入り口を見る。
「いない……よな?」
 どうしても覗き見ているかもしれない赤い瞳を気にしてしまった。


「あ、じゃあ……」
「はいはい、また後でね?」
 シンジもアスカも頬が赤い。
 映画に当てられた揚げ句、腕を組んで帰ったからだ。
 うん! 僕はやっぱりノーマルなんだ!
 何だか補完したようである。
 アスカ泣いちゃうしぃ。
 ハンカチ貸したのがよかったのかな?
 ちゃんと学習もして来たようだ。
 シンジは浮かれたままでドアを開けた。
 ガチャッ……。
「碇君……」
「うわ!?」
 玄関にはレイがお座りして待っていた。
「あ、綾波、なにやってんだよ!?」
「遅かったのね……」
 ふんふんと匂いを嗅がれる。
 下から大事な所から胸に向かって首筋に。
 シンジはそしらぬ顔であさってを見る。
 ふとレイは、シンジの左腕に集中した。
 ふんふんふんふんふん!っと嗅ぐ。
「アスカの匂いがする」
 どき────ーっ!
「……どこへ行っていたの?」
「あ、映画、映画だよ。それだけ!」
「そう……」
 まだなんだかちょっと疑わしげだ。
 気まずい……。
 後頭部を汗が流れる。
「……碇君」
「はい!」
「これ……」
 ごそごそと胸元をあさったレイが、笛を一本取り出した。
「これって……」
 縦笛?
 しかも普通の縦笛だ。
 ぴぽーっと普通に吹いてみる。
「……あまり吹かないで」
 は?
 見ると赤くなって胸元を押さえこんでいる。
 ……ど、どこにしまってたんだろう?
 思わず凝視してしまうのだが、んなとこにしまえるような大きさではない。
「これは?」
「犬笛……」
「犬笛!?」
「そう、犬笛……」
 ぷぴー……。
 思わずもう一度吹いてしまう。
「……これが?」
「そう……これから遅くなる時はそれを吹いて」
「え!?」
「必ずわたしが飛んでいくから」
「はいい!?」
「……吹かない時は」
「ふ、吹かない時は?」
 ごきゅり……。
「やましいことしてたのね?」
 どきー!
「と思うから」
「はぁはぁはぁ、わかったよ……」
 心臓を押さえてシンジは耐える。
 ……アスカ、余計な事を話さないでよ!?
 しかしその希望はどこにも届かず、アスカの自慢にシンジはレイから睨まれたのだった。

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