「そういうわけで」
 肉のブロックを満足げにほおばるレイに、シンジははぁッとため息を吐いた。
 ん? っと顔を上げるレイである。頬が動くたびにもぎゅもぎゅと音がする。
「綾波……そんなに美容室とか行きたかったの?」
 レイはごっくんと飲み込んだ。
「美容室?」
「美容室」
「どうしてそういうことになるの?」
「え? だって……」
「そう……碇君はわたしが知らない人におなかをなでられたり恥ずかしいところの毛を刈られたりしても好いのね」
 シンジは想像して膨張しそうになって慌ててぶるんぶるんとかぶりを振った。
「そんなわけないよ!」
 力一杯反論する。
「でも綾波……手入れとかしたいんでしょ?」
「それは飼い主である碇君のやることよ」
「そうなの?」
「そうして飼い主とペットは信頼関係をはぐくんでいくのよ」
「そういうものなんだ……」
「愛情とも言う……」
「……………」
「嫌なの?」
「いいい、嫌じゃないよ!」
「そう……でも碇君は嘘つきだわ」
「え?」
「このごろとても冷たかったわ」
 なんだか演技入ってるなぁと警戒する。その程度にはシンジも学習が進んでいた。
「……たとえば?」
「そうね……」
 考える。
「最近、毛を梳いてもらってないわ」
「そういえば……そうかなぁ?」
「それに……あの人とばっかりくっついているわ」
「それは……そうかも」
「そしてわたしではなくあの人を散歩に連れて行くもの」
「……それはなにか違うような」
「いいえ。公園も一緒。商店街も一緒。川でも一緒」
「川はこの間行ったじゃないか」
 レイはふるふると首を振ると、シンジの肩にぽんと前足を置いた。
「それは詭弁よ」
「いやそれ使い方間違ってるって」
「犬はね碇君……毎日の散歩に連れて行ってもらえないと、ストレスから奇行に走るものなのよ」
「それはずっと前からそうだよ……」
「ああいえばこういう」
「いや事実だし」
 レイはむぅっとうなりを上げた。
「成長したわね、碇君」
「はい?」
「以前は押しに弱かったのに」
「……そりゃ苦労させられてるから」
 ははっと醒めた調子で笑ってしまう。
「いやそうじゃなくて」
「なに?」
「つまり綾波はもっとかまえって言いたいの?」
 まさにそうだとこくこくと頷く。
「わかったよ……」
 シンジははぁっとため息を吐いた。
「それで? 僕はどうすればいいの?」
 レイは真剣に訴えた。
「とりあえず、おなかいっぱい食べたいわ」
「……それじゃあ今のまんまでいいんじゃないか」
 月明かりの中でついたオチに、のぞき見ていたアスカは轟沈し、マナはそっと目尻ににじんだ涙をぬぐった。
「これが夫婦(めおと)漫才なのね」
 アスカのつっこみはさすがになかった。

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