「家は庭付き一戸建てが好いわ」
 ベランダに面した窓から空を見ていたレイのつぶやきに、またかと言った顔をしたのはアスカだった。
「ちょっとシンジぃ」
「なにさ?」
「突っ込んであげたら?」
「いや綾波のいうことだし」
「なによ?」
「その場の思いつきだろうしって」
「へぇ? だいぶわかってきたってわけね?」
「な、なんだよ? いいだろ? なに怒ってるんだよ」
「べっつにぃ?」
 ふんだとそっぽを向くアスカである。
「なんだよもぉ……」
 それでとシンジはレイに訊ねた。
「この間はマンションがいいとか言ってなかったっけ?」
「ええ……でも、犬はやっぱり庭を駆け回るものだから」
「……だいたい何を考えてて思いついたかはわかったけど」
「雪……それは寒い季節にやって来るもの」
「夏終わったしねぇ……」
「去年はとても寒かった」
「綾波?」
 心なしか、レイの横顔に憂いが見える。
「去年のわたしは、橋の下で、段ボール箱の家に暮らしていたの」
「そうなんだ……」
「すきま風が酷くて、おなかが空いて、小さく、小さくなっていたわ」
「…………」
「だから、わたしは家が欲しいの。帰るべき家。ホームがあるということは幸せなことだから」
「うう……綾波。大変だったんだね」
「いい話でしょう?」
「……嫌な予感が」
「あの人が言ったの。碇君は涙もろいから、きっと泣き落としに弱いって」
「アスカぁ?」
「あああ、あたしそんなこと言ってないって!」
「あの人はこうも言ったわ。きっと将来はロクでもない女に騙されて、いらない苦労を背負い込むって」
「あたしはあんたみたいなのに引っかかってる気の弱さが心配だっていったのよ!」
「碇君は……わたしが重いの?」
「……体重は増えたんじゃないかな?」
「それはきっと、おなかがとても幸せだから」
 ああ……とシンジは理解した。
「そういえばそろそろおやつの時間か」
「お昼寝もね」
 ぐったりとしたのはアスカであった。

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