「ごほっ、ごほっ……」
 咳をしているのはシンジである。
 ベッド脇にはアスカがいて、シンジが渡した体温計に顔をしかめていた。
「けっこうあるけど……大丈夫なの?」
 気弱く微笑むシンジである。
「うん……ただの風邪だと思うから」
 安心させようというのだろうが、それこそ不安になる表情である。
 やっぱり今日は……そう思うアスカであったが、それはだめだと反対されていた。
「大丈夫だよ……寝てれば治るよ」
「そう?」
「うん……」
 本当はそばにいてやりたいのだが……そうするとシンジが落ち込んでしまうこともわかっている。
 ごめんなさい……と。迷惑をかけて……と。
「じゃあ……あたし行くから」
「うん」
「帰ってきても熱下がってなかったら、絶対病院に連れて行くからね?」
「わかったよ……」
 ありがとう。
 アスカは、ば、ばかっと、なぜだか真っ赤になって逃げていった。
 その様子に笑ってしまってから、コンコンと咳をする。
「いいな……心配してくれる人がいるのって」
 そのまま目をつむってしまう。
(なんだかあったかいや……)
 しばらくして、鼻にかかった寝息が聞こえるようになると、ベッドの端からにゅっと妙なものが顔を出した。
 レイだった。


「うーん……」
 寝苦しい。
 また熱が上がったかな? とも思うが、頭は軽い。
 頭は軽いが、体は重い。
 重いのは体ではない。乗っているものだ。だから寝返りがうてないのだ。
「へ?」
 乗っているもの? シンジはがばっと起き上がろうとしてできなかった。
「あああ、綾波!?」
 レイが裸で乗っている。
「な、なんで!?」
「いかり……くん」
 目をこする。
「起きたのね……」
「う……うん」
「そう……よかったわね」
「よかないよ! 寝ようとしないでよ! なにしてるんだよ!?」
「マナに聞いたの……こういうときは、人肌で暖めてあげるものだって」
「なんか違うような……」
「そう? よかったわね」
「だからよくないって!」
 レイはシンジの胸の上にぴったりと体を這わせると、どうしてそう言うこというの? とじっと見つめた。
 ここでシンジはようやく気が付いた。
 自分も上半身裸なのだ。
「あああああ、綾波!?」
 レイの胸の感触が……感触が……感触が?
 肌の感触ではない。毛の感触だ。
「綾波?」
 半端に変身している。
 日の光の元で見ると、やはり異常だ。硬直するシンジ。レイはそのあごの辺りに鼻を近づけくんっと嗅ぐと、今度はぺろりと下で舐めた。
「あ……綾波、なにを……」
「汗をかいているから」
「あ、汗って!」
「わたしが綺麗にしてあげる……」
「わわわ! ちょっと、だめだって! くすぐったいって!」
 赤くなるレイ。さらに止まる。
 もぞもぞと動く腰。
「碇君……」
「は……はい」
「そう……わかったわ」
「はいい!?」
 もそもそと動いて下半身に移動しようとする。
「なにをするつもりなんだよ!?」
「わたしに綺麗にしろというのね? それはとてもとても気持ちの良いことだから」
「そういうことするのは十八歳を過ぎてからぁ!」
 バンッと開いた扉に立つ鬼。
 全身にかいている汗、ばさばさの髪がレイのことを思い出して、急いで帰ってきたと物語っている。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……、なにやってんのよぉ!」
「……看病」
「襲うなぁ!」
「問題ないわ」
「どこがよ!」
「動物は、舐めて治すものだって、マナが教えてくれたから」
 ──マナぁ!
 とばっちりだぁっとは、隠れて見ていたマナだった。

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