ぷんぷんと非常に古典的なお怒りの仕方をしているアスカが居る。
それはもうあまりにも古典的すぎて話しかけるのもためらわれるほどだった。
「え……えっと」
周囲の視線にとまどっているのはヒカリだった。
こういう時、どうしたの? と話しかけるのはお前の役割だろうというのである。
というわけで、ヒカリはクラスメートたちのどうにかしろという無言の圧力に耐えかね、責務を果たすべく話しかけることにした。
「ど、どうしたの? アスカ」
「聞いてよヒカリぃ!」
うむ、それでいい。一斉に頷いて自分達の雑談に移行する生徒たち。後のことは知ったことではないらしい。
(酷い、みんな)
ちょっとだけシンジの生き霊に乗り移られる。
「……って聞いてんの?」
「はいはい。で、今度は何だって?」
「シンジがあたしとコドモ作って幸せになるのは嫌だっていうのよー!? 信じられるぅ!?」
信じられないのはあんたの頭だ! ──そう叫ぶことができればどれだけ幸せになれるのだろうか?
いいや幸せにはなれずとも、もう少しばかりこの不遇な立場から遠ざかり、みんなに混じって誰かになんとかしろと押し付ける人間になれたかもしれない。
だが仮定は仮定であり、現実の自分はこんなものだ。
「ねっ、ねっ!? ヒカリもそう思うでしょ!?」
「ええ……そうね」
「ヒカリってばやっさしぃ!」
手を持ってぶんぶんと振り、抱きついてくるアスカにもうどうにでもして〜♪ とどこかで聞いた歌を思い出す。
「そういうわけで協力してね!」
「そう……協力って、ええ!?」
「要するにシンジに足りないのは自信なのよね、自信!」
「ちょ、ちょっと待ってよアスカ。なにするつもり……」
「決まってんじゃない! シンジに自信を付けさせてやんのよ」
「だからどうやって……」
「もっちろん」
──あたしのこの体でね。
ヒカリはくらっと、倒れかけた。
──ゾクゥ!
妙な悪寒を感じてしまったシンジである。
「なんだろ?」
「どないしたんやぁ?」
「嫌な予感がする」
「そっか……」
「まあガンバレや」
「……冷たいね、二人とも」
場所は校舎の裏側である。
ケンスケの露店が開かれており、売り上げはそこそこ好調だ。
「まいどあり」
今もまた一人写真を買っていった。
「しっかしまぁ……健全路線もいけるもんやのぉ」
トウジはそのラインナップを一通り眺めた。
ありふれた日常の風景ばかりである。じゃっかん人物が中心になっている物もあるが、それらは明らかにカメラを意識した物であったので、ケンスケの声にポーズを取っていたりと問題はなかった。
「まるで修学旅行の写真だね」
「そやな」
「そういうのがウケる時代なんだよ、今はな」
くくくと笑う。
「確かに惣流や綾波なんかの写真も売れたさ! でもそれはあくまで一過性の物に過ぎない。なぜなら同じ人物である以上、かならずデフレを起こすからだ!」
「ほぉ?」
「かといって売るために際どさを追求すればどうなることか……そう! インフレを起こしていつしかそのレベルは犯罪の領域へ!」
「なるほどねぇ」
「しかしいかな俺とは言え、そこまで走るのもどうかと思う……。被写体を限っていては、どうしても需要のある層を開拓していかなければならないのだ! ならばここは発想を転換し、被写体のシチュエーションを追及するのではなく! 対象そのものを交換してみてはどうかと!」
「それで売れてることは売れてるわけね」
「ああ! 惣流たちじゃどうしたって購買層が広がらないからな。高くは売れるけど……でもこれなら利率を低く見積もっていてもみんなが」
はっとする。
彼は視界に居るトウジとシンジに目をやった。
「俺、いま、誰と話してた?」
そらとぼける二人。
「で、講釈はそれだけ?」
ぱきぽきと指を鳴らす音がする。
もちろん、新たな客層の開発のために、販売物の方針は変えた。変えたがしかし、だからといって、前の商品を無くしたわけではないのである。
「さぁ〜〜〜てと、殲滅ね」
もちろんケンスケにとってはこの程度、といった写真であるが、撮られた側としてはとても許容できない作品である。
「そ、惣流!」
「うるっさぁい!」
見事な足刀蹴りがケンスケを吹き飛ばす。
(ああ……相田君)
その流れの中に入り損ねた洞木ヒカリは、ちょっとだけ彼に負い目を感じてしまっていた。
なぜなら、フケツよ、とここで叫ぶべきなのか、それともアスカを止めようとするべきなのか?
自分に課せられているお約束の方向性に迷ってしまって、このようなお約束を許してしまったがためであった。
──自分のせいで、彼が蹴られたと思ったのである。
どこまでも損な役回りのヒカリであった。
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