「まるでごきぶりね」
 自分が妙な団体の変な偶像に祭り上げられていることを知ったアスカの感想である。
「うっすぐらぁい部屋でさ、大人数でさ、がさごそしちゃってさ、いやらしい……ああいうのをむっつりスケベっていうのね!」
 ぐっさぁっと胸になにかが突き立ったのか、クラスの男子が机に伏せる。
「でもアスカぁ」
 おろおろとヒカリ。
「ちゃんと普通に、手紙とかでおつき合いしましょうとかって言われても、アスカ、相手にしてなかったじゃない」
「そんなのあったり前よぉ、なぁんであたしが」
「でもむっつりは嫌なんでしょ?」
「そうよ! でもあたしはシンジが好きだって言ってんじゃない。なに考えたら好きだぁなんて告白できんのよ? それが理解できないってのよ!」
「でも……」
「それで相手してシンジに変な誤解されたらどうすんのよ! それこそ迷惑よ!」
「それはそうだけど……」
「そりゃあ? あたしが完全フリーだってんならそういう反応するってのもわかるわよ? でもね、あたしは好きな奴が居るって公言してんの。最初から断られるのがわかってんだから、諦めて、別の奴捜せってのよ!」
 ──きっついなぁ。
 ケンスケである。
 大声で喚いているから聞こえてしまうのだ。
「そりゃ言ってることはわかるんだけどなぁ」
「自分が見えとらんのやろ」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ! じゃあ惣流が好きだって言ってるお前はどうなんだよ? つき合おうとしないのはなんでだ? それって遠回しに断ってるんじゃないかっていう風にも見えるんだよ」
「……そうなのか」
「それならって思う奴が居たって当然じゃないか」
「そやそや、自分こそ断られてんのに気づいて、さっさと他の奴捜したらええんや」
 かかかと笑う。
「シンジには綾波もおるしなぁ……なんで遠ざかるんや?」
 白々しくそっぽを向いて口笛を吹く二人であった。

 ──ガン!

「まったくもう!」
 ブリブリと怒って歩くアスカ。
 その後をシンジは微妙に距離を取って着いていく。
 噴火を恐れて離れているのだ。
「そもそもあんたがはっきりしないから!」
「はっきりってなにが……」
「あんたが! あたしと一緒になるって……なによそのためいきは」
 ──はぁああああ……。
「あのね、アスカ?」
「なによ」
「僕が綾波に住み着かれちゃったり、アスカが引っ越してきたり、父さんと会ったりしたのって、ついこの間なんだよ?」
「わかってるわよ……」
「そりゃ……アスカのおかげでさ、生活楽になってるけど、それだって、悪いなって気がしてるし、そんなの……」
「そんなの?」
「なんかずるいよ」
「ずるい?」
「だってさ……家、追い出されたくなかったら、言うとおりにしろって、脅されてるみたいな気持ちになっちゃうんだ」
「シンジ!」
 怒った顔になる。
「違うわよ! あたしはそんなつもりで!」
「ごめん……わかってるんだ、アスカにそんなつもりがないってことは。だけど聞こえちゃうものはしょうがないじゃないか」
「シンジ……」
「好きとかそんなの……考えていられるような余裕、なかったんだよ。なのに急に、そんなこと言われたって、わかんないよ」
「ごめんなさい……あたし、ちょっと焦ってたのかも」
「ほんとに? わかってくれたら良いんだ」
「うん……で、シンジ?」
「なに?」
「誰がそうやってごまかせって言ったの?」
「綾波が……あ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「シンジぃ?」
「あああああ、えっと、ごめん!」
「逃げんなコラァ!」
 ブンと投げられた鞄が、二十メートルほど離れたシンジの後頭部に直撃した。
「漢和辞書入りよ。痛いもんでしょ?」
 ぱんぱんと手を払う。
 たしかにピクリともしなくなったシンジであった。

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