──ちちちちち……。
 小鳥が飛ぶ庭の隅。
 それなりに日当たりが良くて芝も座り心地が良い場所で、レイとマナはぴっとり寄り添い合うようにしてしゃがみ込み、一点をじっと見つめていた。
 蟻の巣穴がある。
 ぞろぞろと蟻が這いだし、あるいは戻っていく様を、あきもせずに二人はぺたんと犬座りをして観察していた。
「……人生の縮図」
 ぼそりとレイ。
 それを受けるマナ。
「搾取されるのが生き様ってこと?」
「……そう、そんな感じ」
 縁側で茶を飲んでいる二人は、前門の虎、後門の狼という言葉を思い出していた。
「シンジ……」
「なにさ」
「わたしのようにはなるなよ」
「…………」
 とても良い日和であった。


 ──話はまだ続いているのだ。
「え? じゃあリツコさんって、生物工学が専門なんですか?」
「ええそうよ。母さんに誘われて就職したんだけど、あんまりね」
「なんですか?」
「面白くなくてね。男の人との縁も遠くなっていくばっかりだったし」
「そうなんですか?」
「だって……ねぇ? 日がな一日顕微鏡を覗いていて、服や肌からは奇妙な匂いをさせて、そんな女、嫌でしょう?」
「でも今の研究所って、殺菌処理が行き届いてて匂いなんてものは……。それに、昔と違って就業時間制限とかも」
 リツコはまぁっと驚き、喜ぶように目を丸くした。
「詳しいのね? でも扱っていたのがレイたちのような子なのよ」
「ああ……」
「半分は動物飼育要員と同じよ」
「そうですか」
「吼えられたり噛まれたり、餌の準備に排泄物の処理に……で、どうなの? 今は」
「はい。……だいぶ人間らしくなったんじゃないかなぁ? お風呂の入り方とかも覚えましたし」
「へぇ……覚えたの? レイが」
「はい、仕込みました」
「そう」
 凄い子だなぁと、リツコは尊敬にも似たまなざしでアスカを見やった。かなり大変な目に遭ってきているようである。
 ……もっともアスカにとってはやむにやまれずのことだったのだが。まさかシンジに世話させ続けるわけにも行かなかったのだから。いろんなところで。
「昔は本能の赴くままにって感じだったのにねぇ……」
「……それは今も変わってませんけど」
「そうなの?」
「人っぽくなってる分だけ、余計にタチが悪くなってます」
 頭の痛いところですと、眉間に皺を寄せて指を当てる。
「それっていうのも」
 決してこちらを見ようとしないシンジの背中をギロリと睨んだ。
「甘いんですよね、あいつ」
「わかるわ……」
「わかりますか?」
「ええ」
 同じようにゲンドウを見る。
「だって、あの人も、ね」
「あ、押しに弱いんですか?」
「押しっていうか……嫌と言えないんでしょうね、不器用だから」
「不器用……」
「シンジ君は違うの?」
「優柔不断っていうんですよ、あれは!」
 ずずっと茶をすするアスカである。
 そしてリツコも、そうかもね、と同意して、ずずっと同じくお茶をすすった。
「……おい」
 不満げなゲンドウである。
「言われているぞ」
「父さんもだろ?」
「いいのか?」
「父さんこそ、どうなんだよ?」
 しかしぼそぼそと、決して聞かれないようにしている辺りが情けない。
 目下、そんな二人は立ち上がれない状況にあった。
 なぜなら縁側真下に座り込まれてしまい、レイとマナにじーっと物欲しげに見上げられ、下手に動けなくなってしまっているからであった。

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