俗にニューナンブと呼ばれる銃は警察官が持っているあれである、装弾数は五、ちなみにこのモデルガンはエアガンですらなかった、バネ式だ。
 一つ一つの薬莢の中にバネが仕込まれている、このバネを押し込んでBB弾を仕込む訳だが、撃つ度に詰め直しになるので手間も掛かる。
 その上バネ式なのでさほど飛ばない。
「貧乏人はどこまで行っても貧乏くじを引くってことなのかなぁ……」
 さめざめと口にするシンジに対して、アスカは「あ〜」っと懸ける言葉を見付けられなかった。
「ま、まあ……、とにかく!」
 ジャキッと元はM−16であったらしい違法改造エアガンを構える、ボンベに直結して使うようにされていた、フルオートで使用出来るようにしてあるのだろう。
「レイ、マナ!」
 アスカは居丈高いたけだかに命じた。
「アンタ達は偵察部隊として先行すんのよ!、ってなによ?」
 レイはじーっと見ながら問いかけた。
「……どうしてわたしが、あなたの元で働かなければならないの?」
「アンタばかぁ?、共同戦線よ共同戦線!、あたしとシンジが同盟を組んだ以上は、あんたもアタシの手駒なのよ!」
「……そうなの?」
「あ〜」
「それに!」
 余計な事を言わせるまいと強く割り込んだ。
「アンタ達は犬でしょう?、犬!、狩猟犬に軍用犬!、狩りに犬は付き物でしょう?」
 狩り、その一言に目の色が変わった。
「狩りなのね……」
「そうよ!、敵を殲滅するためには何よりも情報!、そのための斥候として行くのよ!、レイ、マナ!」
「イエッサー!」
 何やらぎらついた目をして、マナは腰も低く行ってしまった、構えているのはサブマシンガン、ウージーだ。
「な……、なんだか妙に堂に入ってるね?」
「ああ、あいつ軍事マニアだから」
「軍事マニアぁ!?」
「そうよ、それも軍用犬フェチ」
「……フェチって言うのかな?、それ」
「さあ?」
「わたしは……」
 レイは再度確認した。
「偵察をすればいいのね」
「そうよ!」
「わかったわ」
 さっと身を翻す、シンジはそんなレイに首を捻った、今日は妙に物分かりが良いんだなと。
「ほらシンジ!、電気消して」
「あ、うん」
 懐中電灯をオフにする。
「こっちよ、こっちに隠れるの!」
「え?、でも」
「いいから!」
 うわっと引っ張り込まれたのは保健室だった、ついたてとベッドは放置されている、ベッドのシーツは片付けられていたがマットレスはそのままだ。
「なんだか中途半端だよね、ここ」
「そう?」
「でも学校があるって事は、昔は村もあったんだろうな」
 そんなことよりぃと、アスカはシンジの背中に張り付いた。
 彼女の目的は最初からここにあったからだ。


「……」
「……」
 音楽室、その隅に無言でしゃがみ込んでいるのはトウジとヒカリのペアだった。
 寄り添っていると言うには隙間が開き、だが頼りにしていると言うには壁を作っている、そんな距離だ。
 緊張していると言うのが一番正しいだろう。
 片膝を立てているトウジと、三角座りのヒカリ、トウジは気恥ずかしいのかむっすりとして天井を見上げていた。
 顔は赤い。
 ヒカリもまたそんなトウジの気恥ずかしさに汚染されてしまっていた、伝染して来たむず痒さに少々鼓動が高鳴り気味だ。
「そ、そやけど」
「はいぃ!」
 裏返った声で返事をする。
「……」
「……」
「……そやけど」
 突っ込むのはやめたらしい。
「音楽室やいうても、ピアノも机も片付けられとるし、全然そんな雰囲気あらへんなぁ」
 確かにその通りで、他の教室に比べると奇妙なほどすっきりと掃除されていた。
 その分、余計に広さが感じられて、怖くもあり、寂しくもある、ヒカリはぞくっとして、無意識の内に擦り寄った。
 トウジはびくりと反応した、触れ合った二の腕にだ、反射的に逃げようとしてしまったが、ヒカリの縋るような目に諦めた。
「その……、な?、委員長」
「……」
「わしは阿呆で、スケベぇで、顔も良ぉないし」
「……」
「そやなのに……、すまんなぁ」
「え?」
「惣流に無茶苦茶言われたけど」
 ヒカリはドキッとした。
 前を見て話すトウジの横顔が、余りに男らしかったからだ。
「……わし、約束するわ、委員長がちゃんとした奴見付けるまで、委員長が変に言われへんよう、ちゃんとするって」
「ど、どうして?」
「そんなん……、委員長が可哀想やないか、わしのせいで変な目で見られるようになったら……、惣流の言う通りやで、そやから何でも言うてくれや、わし委員長のためやったらなんでも直すさかい……」
 トウジは言葉を詰まらせた。
 縋るようにヒカリが頭をもたげたからだ。
「バカ……」
「な、なにすんねん委員長」
「そんな優しさ、見当違ってる……」
「はん?」
「あたし……、前から鈴原のこと」
「い、委員長……」
 頭を擦り付けながら顔を上向かせる、涙目の微笑み、女の子の香り、耳に障る吐息。
 三連凶器によってテンパったトウジの意識は、ヒカリの蹂躪を許してしまった、一瞬で制圧を受けて、勢力圏に囚われる。
 ──そっと唇が触れ合い……
 ドカァン!
「警告する!、貴下の戦力は無力にして無駄!、直ちに武装解除して……、ってあれぇ?」
 床板をぶちぬいて姿を見せたマナだったのだが……
「ふふ……、ふふふふふ」
 いやぁんと壁に張り付き目を丸くしている鈴原トウジと、ゆらりと立ち上がる洞木ヒカリの差が印象的だった。
 両手でゆっくりと持ち上げられるのは……、M134バルカンだ、総重量二十キロ近い代物である、正に凶器と呼ぶに相応しい。
 その威力もまた凄まじい、元々三千発のBB弾を僅か三十秒たらずで撃ち尽くす代物である、唯一の欠点であろう装弾数は、ケンスケの改造によってハンパではなく解消されていた。
 それで撃ちまくられれば痛かろう。
「どうして、そういう邪魔するのぉおおおお!?」
 どうやら未遂に終わったらしい。
 ヒカリはバルカンをジャキッと構えた。
 きゃあああああああああああ……
 甲高い悲鳴が窓を震わす。
「ふふ、ふふふふふふふふふ」
 そしてここに、非常に危険な人物が居た。
 ──相田ケンスケである。
「ジュネーブ条約違反がなんぼのもんじゃあ!、復讐するは我にアリ!、今こそ!、今こそ俺のぉって、え?」
 両手にガス圧を通常の三倍に高めたスーパースナイパーライフル弐式を抱え、背中にはロケット花火の束を打ち出せるよう改造したカールグスタフを背負い、体には予備マガジンと弾をしこたま仕込んだベルトを巻き付け、さらにはオートマグを数丁を身に付けている。
「きゃんきゃんきゃんきゃんぎゃん!」
「きゃあああああああああああああ!」
 ──ブルォロロロロロロロロロロ!
 悲鳴を上げながらバルカンを撃ちまくるヒカリがマナを追い立てて通り過ぎていった、それも突風のようにだ。
 きゃんきゃんと泣き声が遠ざかる。
「なんだぁ?」
 そんな彼女達を、ぽかんと見送ってしまうケンスケであった、だがそうしていられたのもそこまでだった。
「ケンスケぇ!?」
「は?」
「おのれもかぁ!」
 先よりも物凄い勢いでトウジが走って来た。
「なんだぁっ!?」
「死ねやぁ!」
 ──本気マジだ。
 ケンスケは狂気とも言える殺気に曝され、殺られるもんかとグスタフを構えた。


 ──パ、パパパ、パ。
 窓の外に見えた光に、シンジはなんだろうと外を見た。
 どうも上の階で何かが光っているらしいのだが……
「なにやってんだろ……」
「いいから!」
 アスカは無理矢理顔を向けさせた、ぐきっと音が鳴ったが、そんなものは無視だ。
「あんたねぇ、この状況でいうことがそれなの?」
「それってなんだよ?」
 アスカはかくんと頭を倒すと、人差し指を額に当てて、やけに大袈裟にかぶりを振った。
「はぁあああああ……」
「なんだよもぉ」
「あんたねぇ」
 唇を尖らせる。
「アタシのこと、好きなんでしょう?」
 ドキリとする。
「う、うん……」
「だったら!」
 ぐっと両の拳を握った。
「二人っきりなのにっ、なんでいちゃつこうとか思わないわけ!?」
「い、いちゃつくって……」
 真っ赤になって動揺する、それはあからさまな言い方に照れた物だった。
 実は好きかと訊ねられて驚いたのも、単に露骨な表現に焦ってしまっただけだったのだ。
「手を握ろうとしない、抱きしめようともしない、キスだってしようとしないっ、あんた一体何なのよ!」
「そんなこと言われてもさ……」
 今度はシンジが唇を尖らせた。
「恥ずかしいんだもん」
「アンタそれでも中学生なのぉ?」
「中学生だからだろ?」
 アンタ馬鹿ぁと蔑んだ。
「鈴原とヒカリを見なさいよ!、フツウはね!、お互いの気持ちを確認したら、あとは突っ走るもんなのよ!」
「そうなの?」
 きょとんとするシンジにうなだれてしまう、駄目だこりゃ、そう思ったのだ。
 懸念してはいたがやはりそうだったかという思いでいっぱいだった、同時に不安も巻き起こる、せめてお子様の域は出ていて欲しいと。
「ねぇシンジ?」
「ん?」
「大事な事だからちゃんと答えて」
 なんだろうとシンジは息を呑んだ。
「アンタ……、女の子と手ぇ繋いで歩いたこと、ある?」
 はぁ!?、っとシンジは驚いた。
「それくらいあるよ!」
「その時……、恥ずかしかった?」
「そりゃ……」
 赤くなるシンジに対して、アスカはほっと胸を撫で下ろした。
 これなら先に進みやすいと、しかし……
「綾波ってば綱の代わりだって言うんだよね、それで繋いだんだけど、どんどんどんどん先行っちゃうし、引きずられちゃって、あれは恥ずかしかったなぁって……、アスカ?」
 ──轟沈。
 アスカはがばっと起き上がった。
「あれは女の子って言わないのよ!」
「ええ!?、一応女の子じゃないかぁ」
 なら照れ方が違うだろう。
「だったらなんで普通にお風呂に入れられるわけぇ!?」
「それは……」
「あれが女だってンなら、エッチな気分にもなるでしょうが!」
「だけど」
 シンジは拗ねた。
「綾波は気にしないから……」
「アンタが気にしろって言ってんのよ!」
 アスカははたと気がついた。
「まさか……、それで見慣れちゃってる?、とかいうことは……」
 シンジは焦って否定した。
「そ、そんなことないよ!、そんなこと……」
 だがしどろもどろだ、自信もぐらついて見える。
「まあ……、最初ほどは恥ずかしくはなくなってるけど」
「それを見慣れたって言うのよ」
 これはマジね、アスカは危機感を募らせた。
 もしシンジがレイの突拍子もない『生態』に神経を麻痺させられているのなら?、例え目の前で裸になったとしてもお風呂で脱いでよねと言いかねない、誘っているのではないだろうと、誤解しないようにするかもしれない。
 それは重大な問題だった。
(だからかなぁ?)
 恥ずかし過ぎるようなラフな格好をしていても、襲いかかろうとしてくれない、この原因がそこにあるのなら、問題を取り除かなければ、いつまでも積極的にはなってもらえないだろう。
 ここにもアスカとシンジの恋愛観に対する隔たりがあった、アスカの考える恋愛とは、男が愛を囁き女を虜にするものであり、シンジにとっては好きな人に好きになってもらうよう努めるものなのだ。
 男性上位とまでいかないが、それでもアスカのイメージでは男がリードするものとなっている、シンジのように共に手を繋いで歩くものではないのだ。
 シンジはあくまで、自分なりにアスカが好きだし、好きだと言ってくれているのだから、自分も好きになろうと思っていた、今はそれで十分だから、何を考えてるのと首を捻る。
 対してアスカは直情的とも言えるほどに情熱的なものを望んでいた、とにかく口説いてもらいたいのだ、シンジに口説いてもらわないことには、自分の気持ちを示せない、何故か?、そこにはアスカなりの恋愛観があったからだ。
 アスカの世界では、女は男にはべるものであって、男を侍らせるものではない、女は可愛がってもらうものであって、男を可愛がるものではない。
 ……だがこのままでは埒が明きそうにない。
 アスカはやっぱりこうするしかないのかと、緊張気味の声を発した。
「シンジ」
 気付かれないように生唾を飲む。
「キスしようか?」
「きっ、キス!?」
「そうよ、したことないんでしょ?」
 シンジはアスカの直接攻勢に対して、どうしてもあるとは言えなかった。
(あれは舐められただけだし……)
 レイの過剰なスキンシップであったとそう言い訳をする。
 アスカは迷っているシンジの手首を掴んだ、これはアスカにとっては最大限の譲歩であった、女性からこのような真似をするのははしたない事だ、そういう意識が根底にあったから、今までは誘いをかけるに留めていた、が、もう主義は変えるしかないだろうと、心に決めた以上は無理もする。
 そこにはアスカなりの焦りがあった。
 自分の気持ちを証明するには、男に望んでもらわなければならない、わたしは貴方のものですよと従順な態度を示す事で証明に変えてみせる、主導権は常に男が持つべき物であり、女はそれに応える事で愛を歌う、それは余りにも現代的ではない恋愛の形で、古風とも言える付き合い方だったが、アスカは他に男と女の形を知らなかった。
 そのまま体重を預けて一気に攻勢をかける、シンジはついつい抱き受けてしまって硬くなった。
 動けない、頬に触れる手に首さえも動かせなくなる、目を閉じながらアスカが顔を寄せて来る、普段は気にしないまつげが良く見えた、リップ程度しか塗られていないはずの唇が艶やかに見えた。
 い、いいよね?、キスくらい、シンジはどきどきとして唇を尖らせようとした、それがアスカの思惑通りだとは思わずに。
(これでシンジが調子に乗ってくれれば、ね……)
 そうでなければいつまでたっても、自分は何も出来ない、してやれないまま悶々として過ごすしかない。
 アスカはうっすらと瞼を開いた、シンジがどんな顔をしているのかと思って……
 ──ところが、だ。
「!?」
 アスカはそこに、シンジの向こうに……
 とんでもない物を見付けて悲鳴を上げた。
 きゃあーーーーーー!
「なんや?」
「またか?」
 いい加減悲鳴もこう聞かされてばかりだと慣れて来る、しかし。
「今の」
「惣流か!?」
 ──声の主が珍しかった。
「行くでケンスケ!」
「分かった!」
 昨日の友は今日の敵だが、好敵手ともは時として最良の同盟者に成りうるのだ。
「きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー!」
「アスカ落ち着いてぇ!」
「そこ!、シンジ、お化けぇ!」
「お化けって!?、離してよ、アスカ!」
「いやぁ!」
 しがみつかれて立ち上がれない、そこに二人が飛び込んで来た。
「惣流!」
「シンジぃ!」
「へ?」
「わしはお前を撃たなあかんっ、あかんのや!」
「天誅ーーーっ!」
「あたたたたたた!」
「何すんのよ!」
 ──ゴゴン!アスカ復帰
 つぅっと二人はたんこぶを押さえて悶え狂った。
「何するんだよぉ!、格闘戦は反則だぞぉ!」
「そやそや!、わしら助けたったんやないか!」
 が、アスカは涙目の二人を、シンジを庇いつつ見下した。
「はぁ!?、なに言ってんのよ!」
「シンジに襲われて悲鳴上げたんじゃないのかよ」
「なんでシンジに襲われたからって悲鳴上げなくちゃならないのよ!、……そりゃあ?、別な悲鳴は上げちゃうかもしれないけドサ
 やっぱりフクロにしてやろうかとシンジに銃を向けたくなる二人である。
「そ、それでアスカ、どうしたんだよ?」
 ヤバい、そう感じてシンジは話題を強引に逸らした。
「そ、そうよ!、そこ!」
「え?」
「そこに居たのよ!、こぉんな毛むくじゃらの怪物がぁ!」
「毛むくじゃらって……」
 髪を引っ張り頬に当てるアスカに首を傾げる。
「幻覚ね」
「あっ、綾波!?、居たの?」
「幻覚よ」
 キッとアスカは睨み据えた。
「アタシが嘘言ってるって言うの!?」
「そうよ」
「違う!、ホントに居たもん!、アタシ嘘言ってない!」
「なら何を見たというの?、お化けなんて居ないと言ったのはあなたよ?」
「アタシが見たのは化け物よ!、お化けじゃないわ!」
「さっきお化けって……」
「なんですって!?」
「そう、良かったわね」
「なにがよー!」
 こらぁっと暴れるアスカを無視して、レイはそっぽを向いてくすくすと笑った。
「綾波?」
(まさか……)
 シンジはそんなレイに不安を覚えた、にたりと垂れ下がっている目尻に確信を深める。
(やっぱり……)
 ごめんアスカと、シンジは胸の内で謝罪した。
 一応は自分が飼い主であるから。
「はっ!、ヒカリ!」
「え?」
「ヒカリよ!、マナも!、どこ行っちゃったのよ!」
「どこて言われても」
 なぁっと顔を見合わせる。
「まさかヒカリ……」
 アスカは酷く青ざめた。
「怪物に食べられちゃったんじゃ」
「アホ抜かせ」
「じゃあどこ行ったのよ!」
「どっかにおるわ!」
「捜さなきゃ!、ほら早くしてよ!」
 ほぉらと急かす、色々と口にしても一人で行くのは心細いようだ。
 トウジとケンスケは気が進まないまでも同意した、一応昨日のことがあったからだ、あれだけ怯えていたヒカリを放っておくのも問題がある。
「ほな行こか」
「おう」
「シンジも!」
「あ、うん……」
 シンジはふと、レイの失笑が気になった、誰かと笑っている、そんな風に感じたからだ。
「綾波、行こう?」
「そうね」
 まだ笑っている。
 シンジはそんな彼女に対して、続けて訝しげな視線を投じた。
 ──その頃、ヒカリはマナを追い込んでいた。
「うふ……、うふふふふ」
「こ、こわいよぉ」
 廊下の隅に追い詰められて、きゃーきゃーとへたり込んでいる、相当撃たれたのか、後頭部を両手で押さえていた、あるいは禿げているかもしれない。
 そんなマナの眼前には、迫力あるバルカンが突きつけられていた、発射口はBB弾に合わせたもので口径こそは小さいが、それを吐き出す銃身は本物を模していてやたらと大きい。
 元々トイガンとしても振り回すには適当でない代物だ、持ち上げてぶつけるだけでも十分な破壊力を有している。
 その上発射時のパワー過多で弾が壊れてしまう欠陥を改修するため、かなりの改造と強度補強が行われていた。
「何か言い残すことって……、ある?」
 ジャキッと持ち上げる、マナは降参と手を上げて口にした。
「お」
「お?」
「お幸せに……」
 ニコッと笑って。
「ありがとう!」
「にゃあああああああああああ!、あ?」
「あ?、あれ?」
 ──からからからからから……
 バレルが空回りする音だけが虚しく響いた。
「……」
「……」
「……」
「弾切れ?」
「……みたい」
 ひきつるヒカリに、マナはニコッと笑い掛けた。
「逆襲ぅうううう!」
「きゃあー!」
 ──バシン!
 ヒカリはマナの鼻面にいつ脱いだのか靴の裏を叩きつけると、そのまま脱兎のごとく逃げ出した。
「きゃあああぁぁぁぁぁ……」
「いたぁはい、酷いよヒカリぃ」
 真っ赤になった鼻を手で押さえて顔を上げる、マナはウージーを持つ手でヒカリの靴を拾おうとした。
「?」
 きょとんとする、もう一度ヒカリが去った方向に顔を向ける。
 廊下、真っ暗な廊下、窓から青く光が差し込んで来る。
 そんな廊下の中央付近、上部に、何かが浮いて、ゆっくりと回転していた、大きさは一メートルも無いだろう。
 それは青白い鬼火……、いや。
 鬼火のごとく光を放つキューブ状の物体だった。
 ヒカリを驚かせた、正体不明の存在、あれだ、マナは首を傾げた、あれは何だろうかと、次の瞬間、マナは反射的に飛びすさっていた。
 ──ジュバ!
 床板が焼き切られた。
 謎の物体が放った光線によって。
 マナはそれを確認すると、ゆっくりと顔を上げて睨み据えた、その顔からはふざけた物が一蹴されていた。
 表情を引き締めたまま、マナは体を倒して四つんばいになった、唸り出す。
 ──ウー……
 警戒して、戦闘体勢へと移行する。
 あれが何かは分からないまでも、確実に言える事が一つだけあった、あれは、敵だ。
 それは間違えようの無い認識であった。


「ヒカリはこっちに行ったのね?」
「そや」
 校舎の両端に階段はある、アスカはその内の職員室側のものを登ることにした、例のトイレの隣にある階段だ。
「このアタシに悲鳴を上げさせるなんて、百万年早いのよ!」
 ──その時だった。
『ギャン!、ギャフッ、ギャン!』
 校舎内に犬の声が響き渡った。
「なに!?」
 アスカは階段を二段飛ばしで駆け上がった、何事かと思って廊下に飛び出そうとし、慌てて下がる。
「きゃあ!」
「どわ!」
 アスカが出ようとした位置を、青い閃光が薙いで行った、床板がちりちりと赤くなっている、熱線のようだった。
「な、なによ!?」
「いたたたたた」
「何やねん急に……」
 アスカの挙動に驚いて階段を踏み外した二人が踊り場で起き上がる。
 かろうじて巻き添えになるのを回避したシンジは、アスカを抜いて廊下に出た。
「なに!?」
 そこにはマナが立っていた、マナはちらりと振り返ると、不敵に笑ってまた前を向いた。
 ──髪がざわりと膨らんだ。
 身じろぎもしていないのに、全身がザワリと震えた。
 その震えにしたがって茶色い毛が肌を覆った、口元が張り出す、合わせて顔の作りが細長く変わる、ゴキリと骨がズレ合わさる異音が鳴った。
 その変化はレイよりも激しい物だった、手のひらと足の甲が伸びる、踵を上げて立つ、引っ掛かりズボンがずれた、白いパンツの中でもごもごと動いていた物が勢いよく飛び出した。
 ──尻尾だった。
 レイのようにあり得ない獣人の姿では無く、大きささえ除けばただの犬に見えた、それがマナのもう一つの姿だった。
 シンジはちっとの舌打ちに思考を再開させた、それはアスカの舌打ちだった。
 彼女が何に腹を立てているのかは知らないが、シンジはどこか懐かしさの様なものを感じさせられてしまっていた。
 それは面影だった、今のマナにはシンジが拾った時の毛並みと尻尾の形が見て取れたから。
「あいつ……」
 アスカは唸って敵を見据えた、キューブ……、いや良く見ればそれは八角形の物体だった、クリスタル、そんな呼び方が良く似合っている。
 青白くほの明るく光っている、弱々しい輝きだ、それが急激に増して白色になり、目を焼いた。
 ──ぐい!
 目をつぶり、立ちすくんでしまったシンジは、誰かによって引っ張られたのを感じた。
 ゴォ!、熱波を感じた、産毛を焼かれた、ちりちりとした感覚、レイ?、涙目を開くと彼女が腕を掴んでくれていた。
 ついでにアスカも救ってくれたらしいのだが。
「きゅう」
 トウジ、ケンスケを巻き込んで、踊り場に落ちて目を回している、頭でも打ったようだ、三人とも。
「あっ!、マナは!」
「生きてるわ、まだ」
「まだって!」
 焦って体を曝す、まるで反省が無い、マナは確かに元気だった、先程と位置が違って、クリスタルの向こう側で唸っている、ただし服は焼けこげて千切れてしまっていた。
「なんだよあれ!」
「アダムの子よ」
 シンジ驚きに目を剥いた。
「アダムって、あれが!?」
「そうよ」
「だって今までのと全然違うじゃないか!」
「形は関係ないもの」
「でも……」
 シンジにはどうしても納得出来なかった、空を飛ぶ、それくらいは今更だが、それでも今までの化け物はもっと生き物に近かった。
 ところが目の前に居るものは、どう見ても生き物とは思えないのだ。
「どうなってんだよ……」
 だがシンジは一つ酷く納得していた。
 ヒカリが見たというお化け。
 それは実在したのだと。
(こいつを見たんだ)
 そしてそれがここに居る理由は一体何なのだろうか?
(僕達が来たから?、綾波を追いかけて?、……それとも最初からここに)
 だとしたらこんな場所に来てしまった自分達は大馬鹿者だ。
 シンジはレイに呼び掛けようとした。
「綾波、逃げるんだ、綾波?」
 レイはちらりと横目をくれると、静かにシャツのボタンを外しだした、前を開いて脱ぎ落とす。
 下着にも手を掛けた、肩紐を外す、シンジは赤くなり掛けたが、レイが変化しようとしているのに気がついて青ざめた。
「綾波!」
 おろおろとトウジとケンスケを見る、気を失っている、ちょっとだけほっとする。
 その間にもレイはパンツごとズボン、靴下、靴と脱ぎ捨てていった、それに合わせて青い体毛が全身に生え広がって、白い肌を覆い隠す。
 やや前傾姿勢になる、尻尾が揺れた。
(綾波、前と違ってる?)
 最近見ていなかった姿だが、ずっと体格が良く見えた、特に腕と足だ、肘から手の甲、膝から足の甲にかけて太くなっていく、細身の体に対して、不釣り合いに大きかった。
 ──猫科、あるいはライオンに近い。
 レイは吼えた、その声もやはり以前のような、犬のものとは違っていた。


「な、なに?」
 ── 一階、廊下。
 その中央付近で、ヒカリは獣の声に震えを走らせた。
「みんな上なのかな……、騒がしいし」
 だが音がするというのはほっとするものである。
 ヒカリは窓の外から見える景色にしばし魅入った。
 月明かりの中におぼろげに見せる自然の青葉、茂った木々、その梢が奏でる音。
「虫の音が聞こえて来るみたい」
 ヒカリはみんなの所に行こうと一歩踏み出した、その時だった。
「ひっ!」
 ぽんと肩を叩かれた、驚き振り向くと真っ白な顔が……
「きゃあああああああああああ!」
「うわぁああああああああああ!」
 ガンガンとバルカンを振り回し叩きつける。
 被害者は必死になって訴えた。
「待つんだ!、落ち着いてくれ!、洞木さん!」
「え?」
 ぴたりと止まる。
「あ!、渚君!?」
 ふうと一息。
「やあ」
「きゃああああ!、ごめんなさい!、あたし、どうしよう!?」
 血だらけ、いや、どっくどっくと頭頂部から血が噴き出している、ヒカリは慌ててハンカチでそこを押さえた。
「殺されるかと思ったよ」
「ごめんなさい!、でも、どうして渚君がここに?」
「ふ、それはね」
 格好付けて前髪を払いのけるが、血が付いていたために七三分けになってしまった。
「予想外の抵抗にあってね、置いてけぼりを食ったのさ、それで追いかけて来たんだよ」
「抵抗って……」
 何となく予測が付いてしまって怖かった。
「で、でもどうしてここが分かったの?」
「それはね」
 意味ありげに含みを持たせる。
「僕達は赤い糸で結ばれているからさ」
 ヒカリはきょとんとした後で、急激に赤くなって沸騰した。
「やっ、やだぁ渚君、あたし困るぅ!、だってあたしにはもう鈴原って!」
 ガン!、ゴン!、ガン!
「ほ、洞木さん落ちついて!、君はまた誤解を!」
「え!?」
 そうなの?、と振り回していたバルカンを止める。
(そ、そんなものをどうやれば片手で……、まさに人類の神秘、人体の驚異と言う奴だね)
 たらりと大粒の汗をかく。
「それよりみんなはどこに居るんだい?」
「え?、上だと思うけど」
「そう、ありがとう」
「うん、あ」
 ヒカリは首筋に手刀を受けて、かくりとその場に崩れ落ちた。
「ごめんよ、洞木さん……、でも僕達の再会は常に劇的でなければならないんだよ、それこそが僕のことを強く印象付ける、一つの大きなナイスだからね」
 少々興奮し過ぎているのかもしれない、カヲルの言動はかなり怪しい。
「ふふふふふ、ようやくシンジ君も興味を持ち始めてくれたようだからねぇ、、それは気高く、、それは永遠とわに、そして現実の快楽は僕が君に伝えて上げよう、このMySon!でね!」
 くいっ、くいっと腰を動かす。
 カヲルはヒカリの体を抱き上げると、ちょうど良いとばかりに保健室へと運び入れた、ベッドの上に横たえる。
 一応罪悪感はあったようで、扱いは丁寧だった、だが眠れる少女に興味は無い。
「さあ、行くよ、シンジ君、いま君の……」
 ──ドォン!、天井が壊れた、おおおおお、カヲルが瓦礫に押し潰される、上では床が抜けたことになっているだろう、瓦礫と一緒に二つほど何かが落ちて来た、それぞれがひと一人分ほど盛り上がった山を踏み付けて転がった、ぐえっという声は聞こえなかったようだ。
 落ちて来たのはレイとマナの二人であった、床板の破片を押しのけて立ち上がり、身を震わせて埃を払う。
 レイははっとして飛びすさった、立っていた場所に連続して青い光が突き立つ、木片が爆発した、飛び散った破片の一つを腕の一振りで払い飛ばし、レイは開いた穴から降りて来る『同族』に牙を剥いた。
 ──ウゥウウウウ。
「綾波!」
 叫んだのは階段を急ぎ下りて来たシンジだった、息を切らして戸口に立つ。
 シンジは困惑していた、その不可思議な物体がレイと同じ存在、仲間であるというのなら、何故今迄の様に交尾を目的としていないのかと。
 発情期に入ってないから、縄張り争いに終始しているのかと邪推した、ならば余計に危険な話になって来る。
「あやな……、み」
 しかして、シンジは目を丸くして驚いた。
 それはそこに、レイやマナと似たような感じを持っている、三匹目の獣が低く唸っていたからだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。