マイクを持って立つ綾波レイ。
「…………♪」
歌いなさいよっ!
 ガス!
 妹に対しても容赦のないアスカであった。



「ん?、何だシンジ、何をしている?」
 ナップサックになにやら色々と積めこんでいるシンジ。
「あ、どらエヴァン…」
 一瞬嫌な奴に見つかったと言う顔をしかけたが、なんとかそれを押さえこむことに成功した。
「明日は遠足なんだよ」
「そうか、で、レイは行くのか?」
「そ、そりゃあ同じクラスだから…」
 何事かと考え込むどらエヴァン。
「…それがどうかしたの?」
「いや、今はいい」
 くるっと背を向ける。
「せいぜい楽しんでこい」
 にやり。
「な、なんだよそれ…、ちょっとぉ!」
 ふふふふふっと、どらエヴァンは不吉な笑いを残して行ってしまった。
「なんだよもぉ」
 ぶすっくれる、どうも嫌な予感がしてならない。
「ま、良いや、それより早くしないと、綾波待たせちゃうよ…」
 そう言って慌てて財布を手に取るシンジであった。



てけてけん♪
碇シンジ...の巻

ふぁ〜んふぁ〜んふぁ〜〜ん…




 そわそわと、レイはスーパー前の公園にいた。
 ベンチに座って、思い出したように顔を上げ、回りを見ている。
 誰かを探すように。
「まだ、時間じゃないもの」
 落ち着けと自分に言い聞かせている。
 自然と顔がにやけてしまう。
 それはほんの一時間ほど前の出来事だった。


「綾波ぃ!」
 HRが終わると、レイはいつもさっさと帰ってしまう。
 学校に居残る理由が無いからだ。
 だからシンジは慌ててレイの後を追いかけた。
「碇君…」
 校門の所で捉まった。
 立ち止まり、振り返る。
 シンジが走って来ていた。
 目の前まで来て、切れた息を整えている。
「なに?」
 急かすように尋ねる。
「はぁはぁはぁ、ごめん、ちょっと待って…」
 そう言って膝に手を突く。
 レイはじっとシンジのつむじを見ていた。
「あ、あのさ」
 顔を上げる、この頃シンジはよく話しかけてくれる。
 今日も一番の笑顔でレイに接していた。
 そのことを嬉しく思うレイ。
 頬がほんのりと上気している。
「明日の遠足…」
「うん…」
 レイは少し暗い表情を作った、団体行動は苦手だったからだ。
「おかし、今日買いに行くの?」
「え?」
 予想外の問いかけに驚いた。
「おかし、買いに行くんでしょ?」
 微笑むシンジ。
 レイが会話に慣れてないことはわかっていた、だからペースを合わせているのだ。
「ううん…」
 そのことを逆に悲しく感じるレイ。
「おかし…、贅沢だから」
 シンジの気遣いを無にする。
 辛い…けど、しかたがないの。
 だがシンジは微笑みを崩さない。
「そう言うと思った」
 その返事に顔を上げるレイ。
「あのさ、おかしって700円まででしょ?、でも僕そんなに食べないからさ…」
 言い辛そうに、顔を背ける。
「半分、食べてもらえないかな?」
「え?」
 驚く、この人は何を言い出すのだろうと…
「あ、ほら、おかしって色んなの食べたいけどさ、でもそれだと残っちゃうし、それで…」
 ああ…とレイは思う。
 残飯整理、そんな言葉が思い浮かんだ。
「…でも、僕が選んだのばっかりじゃ嫌でしょ?」
 レイは首を振った。
 別に嫌ではないと。
 でもシンジは信じない。
「でもそれだと悪いからさ、半分は綾波が好きなのにして欲しいんだ」
 その方が選ぶ楽しみもあるし…
 最後にようやく、自分が受け入れやすいように嘘をついてくれているのだと気がついた。


「ありがとう、感謝の言葉…」
 言わなければいけない言葉。
 言えるだろうか?
 不安になる。
「綾波ぃ!」
 シンジが駆けて来た。
 元気に大きく手を振っている。
 笑みが浮かんで来るレイ。
 だが周囲の人達がクスクスと笑いを漏らした、そのせいでレイは笑みを潜めてしまう。
「ごめん、待った?」
 レイは小さく首を振る。
 嘘だった、本当は約束よりも30分も早く来ている。
「じゃ、行こうよ」
 シンジは手をさし延べる。
 それを無視してレイは立ち上がった。
 嫌な子。
 気まずげに手を戻すシンジを見てそう思う。
 言わなければいけないことを言わず、そして回りを気にして人を傷つけるから。
 嫌な子。
 どこかで誰かに言われた言葉。
 嫌な子。
 それでもシンジはこたえない。
 お菓子を買う間、レイはずった冷めた目をし、シンジは笑顔を絶やさなかった。
 それはそれで奇妙に見えたが、レイはちゃんと自分の好きなお菓子を選んでいた。


「は〜い、では今日はきのこ狩りでぇっす」
 担任である伊吹マヤの元気な声に、少年少女が子供らしく「は〜い!」っと返事を返した。
 もちろんレイを除いてだが…
 山の中、だが麓の町は見えている、迷うような所ではない。
「はいシンジ」
 いきなりキノコを入れるはずのカゴをシンジに押し付ける。
「な、なんだよアスカ、これ…」
「荷物持ち!、あんたまさかこの繊細でかよわ〜い指にこんな物が食い込んでも平気ってわけ?」
 僕より力あるくせに…
「何か言った?」
「ううん、別に?」
 適当に笑ってごまかす。
「あ!、綾波、ついでだから持ってあげるよ」
 むぅっと頬をふくらませるアスカ。
 それを見てレイは首を振った。
「いい…」
「え?、どうしてさ?」
「軽いから、いい」
 と言って、さっさと歩き始める。
「良いですかぁ?、毒キノコだってあるんだから、ちゃんと確かめてもらうまで口にするんじゃありませんよぉ!」
 は〜いっと返事は返って来たが、子供にそんな約束をさせること自体間違いであった…


「ほうらバカシンジぃ、あ〜んして、あ〜ん?」
「や、やめてよ、そんな真っ赤で毒々しくって、いかにも毒がありますって言わんばかりのキノコもって迫って来るのはやめてよ!」
 アスカにのしかかられて逃げ場を失っているシンジ。
「だぁいじょうぶよぉ、ちゃんとレイに聞いたから」
「綾波に?」
「ええ、あの子こういうことに詳しいのよねぇ…」
 二人でレイを見る。
 レイは一人でしゃがみこみ、黙々と木の根元を漁っていた。
「キノコ、沢山あるもの、安上がりなもの…」
 よくわからないことを呟いている。
 そのレイが隣の木の根元を掘っているクラスメートの一人を見た。
「それ、毒キノコ…」
 ぼそりと声を掛ける。
「あ、綾波が…」
「しゃべりかけたわね、今日はよっぽど楽しんでるみたい」
 ふ〜ん、そうかぁ…
 やっぱりよく見てるんだ…、そう思ってアスカを見る。
 のっかかられているので見上げる形になったが、アスカも嬉しそうにしていた。
 レイはまだその少年と話していた。
「じゃあこっちのは?」
 差し出されたキノコを見てから、足元に残っている同じキノコをじいっと見る。
「…食べられるキノコ」
「ほんと?」
 こくんと頷くレイ。
「少しぴりっと来るけど、大丈夫」
「よかった!」
「生でも食べられるの」
 がぶり。
「でも傘の部分には毒があるから…」
「え!?」
 ばたん!
「それをよけて、食べてね」
 ぴくぴくぴく…
 少年は既に悶絶していた。
 口から泡をふいている。
「どうかしたの?」
 心底不思議そうに尋ねるレイ。
「ど、毒、毒が…」
 レイは冷ややかに見下ろした。
「そう…、でも大丈夫、死にはしないから…」
 そのまますたすたと立ち去り、またもキノコを漁りだす。
 う〜ん…
 それを見てうなるシンジ。
「…さすがジャイアンの妹だね?」
「誰がジャイアンよぉ!」
「え?、ぼ、僕じゃないよ!?」
 焦る。
「ジャイ子って呼ばれるのも当然だよね?」
 だがそれは間違いなくシンジの声だった。
「シ〜ン〜ジぃ?」
 アスカの目が恐い。
 シンジのナップサックには、いつのまにやら超小型のスピーカーか仕込まれていたのだ。
「うわぁ!」
 引き起こしての一本背負い。
「反省してらっしゃい!」
「わあああああああ!」
 山の斜面を転がり落ちていくシンジ。
「ぷんっだ!」
 パンパンっと手をはたき、アスカはそのままシンジを見捨てて、集合場所へと行ってしまった。
「ふ、予定通りだ、これで邪魔者は消えたな」
 木の上で、ニヤリとほくそ笑むどらエヴァン。
「では先回りだ」
 どらエヴァンは、まるでサルのように木の枝を渡っていった。


「は〜い、では場所を移動しまぁっす」
 旗を持って先頭に立ち、マヤは子供達を引き連れて山を登りだした。
「あれ?、碇君は?」
「知らないわよ!」
 友達に八つ当たりするアスカ。
 マヤは点呼を取らなかったので、シンジがいないことに気がついていなかった…


「まったくもぉ、みんな先に行っちゃうんだもんなぁ…」
 シンジはナップサックを背負い直すと、律義にもアスカのカゴを持って後を追っていた。
 地元の山である、どこへ行けばいいかぐらいはわかっていた。
「あれ?」
 その目が小さな背中を見つける。
「綾波?」
 声を掛けて見た。
「碇君…」
 振り返る、心細そうな顔にドキッとするシンジ。
「ど、どうしたのさ?、一体なにがあったの!?」
 慌てる、だがそのシンジの様子にレイは逆に脅えた。
「わたし、歩くの遅いから…」
「あ、ああ、そうか、ごめん、僕はまた…」
 また、なに?
 レイの瞳がそう尋ねていた。
「あ、ごめん…」
 そう言ってシンジは顔を背けた。
 固まる、時が。
 動けなくなる二人、そこに雷が鳴った。
「きゃっ!」
 小さな悲鳴を上げてしゃがみこむ。
「綾波?」
 がくがくと震えている。
「どうしたの?、恐いの?」
 シンジが近寄ると、レイはシンジの両腕にしがみついて来た。
「ど、どうしたのさ?」
 顔面蒼白、尋常ではない恐がり方だった。
 続いて雨が降り出す。
「うわ、まずい!」
 何がまずいのか、シンジは慌てて周囲を見回した。
「あ、あそこが良い!」
 道祖神が祭ってあった、祠のようになっている。
「あそこで雨宿りしよう!」
 シンジはレイを無理矢理立たせると、その裏に人の入れる空間があるのを確認して入っていった…


「やんもぉさいてぇ、しんじらんなぁい!」
 びしょびしょに濡れているアスカ。
 皆と同じように木陰で雨宿りしていたのだが、なぜだか真上から水が一度に落ちて来たのだ。
「災難だったな」
「ほんとよ、もう!」
 なにげに隣に立っているどらエヴァン。
 実はどらエヴァンが飛び移った拍子に、枝葉にたまっていた雨水が一気に落ちただけであった。
 だが当然のごとく真相は闇の中である。
「…いないな」
 全生徒を確認するどらエヴァン。
「シンジめ、レイとふけたな?」
「え?、まさか!?」
 弾けたように顔を上げるアスカ。
「でもま、心配いらないわよ」
「なぜだ?」
 すぐいつもの調子に戻ったアスカに、どらエヴァンは聞き返した。
「だってシンジってまだお子様だもん、別に心配するようなことは無いわよ」
「それもそうだな…」
 納得するどらエヴァン。
 そう、確かにシンジはお子様だった。
 ただお子様すぎた。
 シンジはアスカたちが思っている以上にお子様だったのだ。
「はっくしゅん!、風邪引いちゃうよ、綾波も脱いだら?」
 いきなり上半身裸で、シャツを絞っているシンジ。
 ナップサックからタオルを取りだし、体を拭きだす。
「うん…」
 レイも頷くと、シャツのボタンを外し始めた。
 まだ小学四年生である。
 体育の時も同じ教室で着替えていた、だから特に意識することも無い。
「はい、タオル」
「ありがとう…」
 感謝の言葉。
 はっとするレイ。
「なに?」
 急に固まったレイを、シンジは不思議そう見つめた。
「ううん、何でも無い…」
 そう言ってタオルを受け取り、頭を拭きだす。
 こんなに簡単に言えるのに…
 昨日は言えなかった。
 また自己嫌悪に陥る。
「あ、お茶まだあったかいや」
 シンジが持って来ていたのは魔法瓶のような水筒だった。
 お茶をコップにいれると、それをレイに手渡す。
「ありがとう…」
 また言えた。
 その場に座り、それに口を付ける。
 シンジもレイの隣に座った。
 しばし雨の音だけに支配される…
「ね?」
「なに?」
「くっついてもいいかな?」
「ん…」
 先程からお互いに肌の暖かさを感じていた。
 直接触れ合っていなかったので、それはかすかなものだったのだが…
 シンジはレイの真横に移動すると、しばし躊躇した後にレイの肩に手をかけた。
「あ…」
 お茶がこぼれそうになって慌てるレイ。
 同じ…
 アスカにベッドに連れこまれて、一緒に眠るようになっていた。
 同じ、暖かい…
 アスカに対するものと同じものを感じるレイ。
「碇君…」
「なに?」
 レイ、声が震えてる…
 嫌なのかな…、少し自分のしていることに自信をなくす。
「なぜ、優しくしてくれるの?」
 レイが見上げて来る、上目使いに。
「そうだね…」
 シンジはそのあまりにも真剣過ぎる視線から逃れるように、祠の入り口を上から下へ落ちる滴に目を向けた。
「似てるから…、かな?」
 似てる?
 レイは言葉の続きを待つ。
「僕にさ…」
 僕?
 レイにはまだわからない。
「…捨てられたんだ、父さんに、母さんが死んですぐ」
 びくっ。
 レイの体が震えたのがわかった。
「父さんは…、泣きわめく僕のことが嫌いになったんだ、だから良い子で居ようと思ったんだ、そうすれば今度は捨てられないですむからって…」
 レイにも覚えがあった。
 だから体が震えて来ていた。
 耳を塞ぎたくなっていた。
「だけど怒られたんだ…、人のことなんて関係無いでしょ!って」
 シンジは再びレイに顔を向けた。
 優しく微笑む、レイは目に涙を溜めていた、恐いのだろう、続きを聞くのが。
「でもわかったんだ、先生の言ったことが、父さんは母さんに支えてもらってたんだ、だから母さんが死んで、逃げだしたんだ…」
 表情を曇らせる。
「そのことに気がついたんだ、父さんは僕を支えられるほど強くなかったんだって、捨てたんじゃない、逃げだしたんだってわかったんだ」
 肩に乗せていた手を離すと、シンジはそのまま上にあげ、頭を抱くようにレイの前髪を掻き上げた。
「逃げちゃダメなんだ、それに気がついたんだ、だから綾波にも強くなってもらいたいんだ…」
 腕を降ろす、代わりにもう一方の腕も使い、シンジはレイを抱きしめた。
「強いって、なに?」
 素朴な疑問を投げかけられた。
「支えられること」
 シンジはそう解釈していた。
「支えるって、なに?」
 レイの疑問は尽きない。
「きっと、大事なものを守ることだと思うよ?」
 父さんは、僕が大事じゃなかったのかもしれない…
 だがそのことはおくびにも出さない。
「わたしは、大事なの?」
「うん…」
 シンジは強い調子で答えた。
「大事だと思うよ?」
 レイの口元に微笑が浮かんでいた。
 それを見て、シンジも嬉しくなって来る。
 しかしすぐにレイの顔は、何事か緊張を孕んだものに変わってしまった。
 殺気!?
「ばぁかぁシぃン〜ジ〜…」
「あああああ、アスカ!?」
「あんたこんなとこで、一体何やってんのよ!」
 透ける服も何のその、祠の入り口でアスカは中を覗きこんでいた。
「あ、ち、違う、誤解だよ!、ただ雨に濡れたから、それで…」
「ほう?、それで言葉巧みにかどわかし、レイを裸にしていたずらしようとしていたわけだな?」
「どらエヴァン!?」
 アスカの背後で、どらエヴァンがくいっと眼鏡を持ち上げていた。
「あ、綾波、綾波も何とか言ってよ!」
 見るとレイは既に服を着直していた。
「雨、やんだわ、先に行くから」
「あ、ちょっと!」
 腕を伸ばして引き止めようとしたが、レイはそそくさと行ってしまった。
「ああ…、そ、そんな」
「じゃ、お仕置きタイムね?」
「あうう…」
 シンジ絶体絶命。
 その命は風前の灯と言った状態であった。
「で、レイ、なにもされなかったろうな?」
 通り過ぎざま、レイはどらエヴァンに顔を向けてくすりと笑んだ。
「!?」
 衝撃を受けるどらエヴァン。
「シンジ、お前の命ももはやここまで…」
 お仕置きに加わるどらエヴァン。
「誰か助けて、助けてよぉ!」
 穏やかな陽気の中に、碇シンジの悲鳴がこだました。


終わり



あんなこと良いな、できたらいいな♪
「今回やりまくったくせに…」
「誤解だぁあああああああああ!」
あんあんあん、だぁれも信じて、くれなぁいの〜♪ちゃらららん

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