「あったまぴっか、ぴぃかですぅ、おっでこてぇか、てぇか、ですぅ!、そぉれがどぉしぃた?、僕どらエヴァン、ですぅ!」
「って、曲からずれてるじゃないのよ、あんたわ!」
 ガス!
 間延びした口調が、実は歌うのに向いてないミズホであった。



 学校の裏山、今日レイはそこから見える景色を描きとめていた。
 足元は急な斜面で、雑草がうっとうしく山肌を覆っている。
 背後は林だ、そこは少しだけ開けた場所になっていた。
たーすけてー!
 突然聞こえて来た声に顔を上げるレイ。
「誰?」
 訝しげに学校を見る。
「誰か居るの、この先に…」
 目を細めて運動場隅の体育倉庫をレイは見た。
「誰か助けて、たすけてよー!」
 碇君?
 その声の主を知り、レイは安心したようにスケッチブックへ戻っていった。
「フンフンフンフン…♪」
 だがまた邪魔するように、今度はすぐ近くで鼻歌が聞こえて来た。
 無表情、だがペン先をとめるレイ。
 メラッと、オーラがうざったいと立ち上っていた。
「誰?、そこにいるのは…」
 第九の鼻歌の出所を探る。
 レイは背後の木陰を見た。
「歌はいいねぇ…」
 少年が一人木にもたれていた。
「歌は心を潤してくれる…、君の絵と同じだと、ぞうは思わないかい?」
 全身青タイツを着込んだ少年に同意を求められて、レイは嫌そうに眉を歪めた。
「つれないね、君は」
 肩をすくめて微笑むカヲル。
 だがそんな二人を、遠ながらに見張っている人物がいた。
「カヲルがレイに接触したか」
 彼は人の姿をしてはいるが、実は人間ではなかった。
 とてもそうは見えないのだが、21世紀から来た汎用紳士型ロボット…なのである。
 だが現在、その行動は一般常識からも逸脱してしまっていた。
 もちろんどらエヴァンである、どらエヴァンは双眼鏡を下ろすと、ずらしていた眼鏡を元の位置に持ち上げた。
「ねえ!、そこにいるんでしょ!?、開けて、開けてよ、どらエヴァン!」
 見張り番をしているどらエヴァン。
 切羽詰まったシンジの声は、その背後の扉の中から聞こえていた。



てけてけん♪
渚カヲル...の巻

ふぁ〜んふぁ〜んふぁ〜〜ん…




「はい、シンジ様、あ〜んですぅ」
 ニコニコとスプーンを差し出すミズホ。
「い、いいよ、自分で食べるよ、自分で…」
 給食時間、シンジはちらちらと横目でアスカを見ながら焦っていた。
「シンジ様?、どちらを見ていらっしゃるんですかぁ?」
「え?、ど、どこって…」
「えい!」
 むぐ!
 その隙を突いて、ミズホはシンジの口に肉だんごを突っ込んだ。
「美味しいですかぁ、シンジ様ぁ?」
 ミズホは不安げにシンジの瞳を覗きこんだ。
 ごっくんと肉だんごを飲み込むシンジ。
「う、うん、おいしいけど…」
「わあ、よかったですぅ!」
 大はしゃぎするミズホ。
 ガタン!
 背後で椅子を蹴る音がした。
 やばい!
 身を固くするシンジ。
 シンジの周りから、潮が引くようにみんなが机を離しだした。
「あんたバカァ?、あんたが作ったわけじゃないでしょうが」
 冷たいね、みんな…
 さめざめと涙するシンジ。
「あ、アスカ?、穏便に…」
 シンジは極力笑顔を崩さないように頑張った。
「ほほぉ?、こりゃまたどうもすみませんわねぇ?、お昼の愛のひとときを邪魔いたしまして?」
「そんなぁ、のひとときだなんて…」
 いやんいやんするミズホに、アスカは拳を握り込んだ。
「こんの色ぼけ娘が…、だいたいあんた!、給食なんてみんな一緒じゃない、「おいしい?」なんて頭腐ってんじゃないの!?」
 ビシッと指差すアスカ、だがミズホは頬に手を当ててにっこりと微笑み返した。
「そうですねぇ、元はただの給食ですがぁ、これはただの給食ではないんですぅ」
「なによ?、毒でももったってぇの?」
 ミズホはふるふると首を振った。
「ミズホの愛がこもっているんですぅ」
 もう何も聞こえないと耳を塞いでいるシンジ。
「愛という調味料が、隠し味となって効いているんですぅ、シンジ様も美味しいって言ってくださいましたし、ねぇ?、シンジ様ぁ?」
 シンジはそのえくぼにつられて微笑み返しそうになったが、すぐに身を引き締めた。
「あ、アスカ落ち着いて…」
 殺気と殺意が空間を支配していく。
 それに気がついていないのはミズホくらいのものだろう。
 アスカは拳を握り締め、うつむいたままでプルプルと震えていた。
 もーだめだぁ!
 苦悩するシンジ。
 ばっとアスカは顔を上げた。
「この尻の青いのーてんき娘が、どの口でそんなボケたことほざいてんのよ!」
 烈火のごとき炎のオーラが、髪と共に揺れていた。
「あんたお尻の青痣が消えてから出直して来なさいよ!」
 アスカはシンジの襟首をつかんで、自分の後ろへと隠してしまった。
「青痣って…、わたしそんなのありません〜」
 なんとかシンジを取り返そうと、周り込みを試みるミズホ。
「嘘おっしゃい!、あんたみたいなお子様にはあるもんなのよ!」
 アスカはふふんと見下した。
「ねぁ?、あんたもそう思うでしょ?」
 アスカは黙々と食を進めているレイに同意を求めた。
「?」
 レイはスプーンを咥えたままで、キョトンとアスカに首を傾げた。
「ね?、あんたも見て見たいと思わない?」
 その言葉に、ミズホはビクッと後ずさる。
 アスカは追撃するようにミズホを見た。
「わたし、いい」
 だがレイはアスカに乗らなかった。
「なんでよ?」
 つまらなさそうにするアスカ。
「だって、見た事あるもの」
「そうなの?」
 意外そうにレイを見る。
「うん」
 なぜだかレイはシンジを見た。
「おしり、そろそろ消えてるといいわね」
 瞬間、空気が凍てついていた。


「なんであの子がそんなこと知ってんのよ!」
 アスカは完全に切れていた。
「そ、そんなの知らないよ、知るわけないだろ!」
 体操用のマットの上を逃げ回るシンジ。
「白状しなさいよ、何であの子が知ってんのよ!」
「だから知らないってば!」
「とにかく!、あたしに確認させなさいよ!」
 シンジは思わずズボンを引っ張りあげた。
「あの子が知ってて、あたしが知らない秘密があるなんて、そんなの堪えられないのよ!」
 ダメだ、目が完全にイってる…
 シンジはアスカに恐怖した。
「さあシンジ?、あんたのお尻、見せてもらうわよ?」
 シンジの命運は、今まさに尽き果てようとしていた。


「君は可愛いね」
 無視されているのに、くじける様子のないカヲル。
「好きな人に嫌われないために、好きと言う感情を押し隠している」
 ぴたっと、レイの手が止まった。
「恐がりなんだね?、君は…」
「わたしが、碇君のことを好いていると言うの?」
「誰も彼のこととは言っていないさ?」
 カヲルはニヤリと笑みを浮かべた。
 無視し切れていないと気がついていたのだ。
 レイはスケッチに顔を向けたままで、目だけ上げて体育倉庫を思わず見た。
「誰でも一人は寂しいと感じる、けれど人との触れ合いを失わないためには、壊れてしまうほど確たる形にしない方がいいんだよ、君の心のようにね?」
 カヲルの言葉に、レイの手が小刻みに震え出していく。
「だけどそれでは今の関係を失わない代わりに、君の望んでいる安らぎも得られない、人は誰しも誰かの支えを必要としている…、人は寂しがり屋だからね?」
 レイはスケッチを閉じると、すっくと立ち上がってカヲルを見た。
「寂しいだろう?、それは心の壁を乗り越えられない、君自身が作り出している関係のせいさ」
「あなたは、何が言いたいの?」
 赤い瞳が、鋭さを増す。
「君には、未来が必要だ」
 二人の間に、風が流れた。
「さあ行こう、シンジ君が待っているよ?」
 カヲルは背を向けると、確認もしないで歩き出した。
 レイが着いてこないはずはないと、それはまるで確信しているかの様であった。


「ついにここまで来たか」
 乾いた風が砂埃を舞い上げる。
 体育倉庫をバックにどらエヴァンが立ち、カヲルの背後にはレイが無表情にスケッチブックを抱えていた。
「未来は常に一つしかあり得ないんだよ、正しき流れ、それを辿らなければ世界は歪んで崩壊の危機を迎えてしまうんだ…」
 カヲルは憂いを素直に見せた。
「だから無難に成功を収めている未来へと繋ごうというのか?」
「君の私的な欲望を排除した未来へとね?」
 カヲルは半身をどらエヴァンへと向け、どらエヴァンはくいっと眼鏡を持ち上げた。
「さあ行くよ?、今日こそ未来へ帰るんだ、僕と一緒にね?」
「懲りない奴だな」
 ダッ!
 どらエヴァンは問答無用で踏み込んだ、ただの一蹴りで距離をゼロにしてしまう。
「またスクラップにしてやろう」
 どらエヴァンは腰に引いた手を突き出した。
「必殺、手先が球
 最強奥義を繰り出すどらエヴァン。
 ガキン!
 だがどらエヴァンの拳(?)はカヲルの顔面を捉えることができなかった。
「なんだと?、これは!」
 黄色い八角形の壁に驚くどらエヴァン。
 それを越えたどらエヴァンの手が、ごく普通の拳に戻っていた。
「そう、ATフィールド、君達の時代ではそう呼んでいたね?」
 その手を受け止め、不敵に笑みを浮かべている渚カヲル。
「アダルトタッチフィールド!、完成していたのか!」
 く!っと、どらエヴァンは後ずさった。
「アダルトタッチフィールド、これを越えた物は全て科学的に根拠のある存在に変えてしまう…」
「まさに現実主義の科学者が考え出しそうな代物だな?」
 どらエヴァンの口調は負け惜しみに近かった。
「これで君のいかさまな攻撃は通用しなくなったよ?、あらゆる「まじめさをばかにすること」、それが君の力だからね?」
 どらエヴァンは何かに気がついたようにレイを見た。
 レイがぼーっと近づいて来る少女を見ている。
「今度は君がスクラップになる番さ」
 その少女はレイをぐいっと押しのけると、そのままカヲルを無視して直進した。
「どらエヴァンさん!、シンジ様はどこですかぁ!?」
 なんだか怒っているようにも思える。
「ミズホ君か…」
「ミズホ君か…、じゃないですぅ!、シンジ様ったら一緒に帰る約束してましたのに、いつまでたってもいらっしゃらないんですからぁ!」
 ゲンドウはニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「それならば彼に聞くといい」
 そう言ってカヲルを指差す。
「彼が全てを知っている」
 ミズホはギロッとカヲルを睨んだ。
「それに…、とてもわたしの口からは言えんのでな…」
 心苦しそうにうつむくどらエヴァン。
「あ、そんなに落ち込まないでくださいぃ、わかりました、悪いのは全てあの方なんですねぇ?」
 カヲルは心外だとばかりに髪を掻き上げた。
「そうやってまだ人を騙し続けていくのか…、結果自分の首を締めてまで」
 目をつむり蔑む。
「えい、ですぅ!」
 ミズホはその隙に背後に周り込み、いきなりカヲルのお尻に浣腸をかました。
 はぐぅ!っと顔を青くするカヲル。
「ふ、またつまらない物を挿してしまいましたぁ」
「き、君にはつつしみが必要だ…」
 お尻を押さえているカヲル。
 そこでは見事にタイツに穴が空いていた。
「さあわけのわからないことを言ってないで、さっさとシンジ様を出してください!」
 胸倉をつかみにかかるミズホ。
 その隙を逃さず、どらエヴァンの左目がきらりと光った。
「隙ありだな、食らえ必殺!」
「ふ、君の攻撃は効かないさ」
 余裕をもって、だがお尻は押さえて振り返る。
手先がグゥ!
 ズガガン!
 再びどらエヴァンの、しかし今度は「ただの」拳が突き出されていた。
 宙を舞い、どらエヴァンの後方へと落ちていくカヲル。
 真下からのコークスクリューアッパーだった。
「わたしが機械であると言うことを失念していたな…」
「そうか、いかさまが通じないのなら、ただ殴ればいい…」
「わたしの出力を持ってすればいい、考えてみれば簡単なことだったよ」
 ドガァン!
 カヲルは体育倉庫の天井をぶち抜いて、その中へと落ちていった。


「アスカ?、ちょっとアスカ、大丈夫なの!?」
「きゅう☆」
 シンジは脱がされたズボンを股間にかき集めていた、股を開いた状態で。
 その向こうでアスカが頭に直撃を食らってのびている、ぶつかったのはカヲルの胴体部分だった。
 ぎぎぎっと開く扉、どうやら今ので倉庫自体が歪んでしまったらしい。
「どらエヴァン!」
「すまん、遅くなったな?」
 一目で情況を看破し、適当に味方ぶるどらエヴァン。
「…首ちょんぱか、また逃げられたな」
 どらエヴァンは嘆息すると、後ろに控えて居た少女達に場所を譲った。
「シンジ様ぁ!」
「碇…君?」
 飛び付くようにミズホ、レイはおずおずと覗き込んで来た。
 同じだったのは、二人ともシンジの姿に固まってしまったことだった。
「そ、そんな…、シンジ様っ、ふけつですぅ!」
「…見られたのね?、もう」
「ち、違うよ、誤解だよ!、見られそうになったけど…、なんとか逃げ切れたんだよ!」
 ミズホは弁解を聞きいれなかった。
「嘘ですぅ!、シンジ様!、こうなったらわたしにも見せてくださいぃ!」
「いいぃ!?、なんだよそれは!?」
「アスカさんばっかりずるいですぅ!」
 シンジは今度はミズホから後ずさり逃げようとした。
「だから見られてないって言ってるだろ!?、綾波!、黙ってないで助けてよ!」
「だめ…、碇君のお尻…、そんなの、だめ」
 ぼうっとしているようで、実はのぼせていたらしい。
「そんな、誰か助けて、助けてよぉ!」
 結局、どこまで行っても情況はさほど変わらないシンジであった。

終わり



 あんなこっといいな、できたらいいな?
 そんな彼らを、近くの木の陰からじっと見ている先生が居た。
「逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ、逃げちゃダメよ…」
 担任の伊吹マヤだ。
「ダメよ、そんなのまだ早過ぎるわ?、だって小学生だもの、きちんと叱ってあげないと…、ああ、でもやっぱり恐いのよ」
 隠れるように倉庫を見る、そこには相変わらず見張り番をしているどらエヴァンの姿があった。
「ふ、シンジよ、男なら自分で乗り切ってみせるのだな?」
 どうやらシンジのピンチを邪魔されたくないらしい。
「ごめんね、シンジ君?、無力な先生を許してね?」
 誰か助けて、助けてよぉ〜〜〜!
 先生、卑怯で、臆病で…
 そのまま自己啓発に入ってしまうマヤであった。
 シンジがその後逃げ切れたのかどうかはさだかではないが、マヤが彼らを咎めるようなことは無かったと言う…

[BACK][TOP][NEXT]