「子供だなんてぇ、おっもっおったら!」
「子供じゃない…」
 ばっさりと両断されるアスカであった。



 とぼとぼと街中を歩いているシンジ。
 結局学校は自主早退してしまっていた。
 その目にふと、店頭ディスプレイのテレビが止まる。
 その画面に写る男性。
「父さん?」
 歩き去ることもできなくなって、画面に釘付けになってしまう。
「ここ、ゲヒルン開発工場では最先端の技術によりアンドロイドの開発を…」
 久しぶりに見る父の姿は、どこから見てもどらエヴァンに酷似していた。



てけてけん♪
シンジ(後編)...の巻

ふぁ〜んふぁ〜んふぁ〜〜ん…




「碇君?、碇君はいないの?」
 きょろきょろと見回すマヤ。
 その視線が何気にアスカの上を通過してく。
 何かあったのかしら?、問題があるって聞いてたけど、今まで何とも無かったのに…
「しょうがないわね、ちょっと待ってて?、お家に連絡して来る…」
「どうせ誰も出やしないわよ」
 マヤは教室を出かけて、そのアスカの呟きに足を止めた。
「惣流さん?」
 聞き流せない言葉だった。
「先生知らなかったっけ?、あいつ一人暮らしだもん、家にかけたって無駄よ、無駄」
 え?
 マヤは困惑顔を浮かべてしまった。
 じゃあ、あのどらエヴァンって人は一体?
 マヤはすっかり、シンジの親戚か何かだと思い込んでいた。


 父さん、何やってんだよ、父さん…
 シンジは家に帰っても、そのワイドショーに見入っていた。
「じゃあこの人は、死んだ自分の奥さんに似せたロボットを作ろうとしていた…、というわけですか?」
「まあそれ自体が問題なわけでは…、デザインには必ず元になった存在があるわけですし?」
「しかしこれだけの使い込みを…、それを3年に渡って隠蔽…」
 ブチン…
 シンジはテレビを消し、その前に寝っ転がった。
 疲れたな…
 幸い縁が切れているためか、そのゴシップにシンジが巻き込まれるようなことはない。
 ただ父が行方不明になっている事が、少しばかり気がかりであった。


 父さん?
 キョトンとしているシンジ。
 違う、誰?
 シンジはどらエヴァンを見上げる。
 お前に福音をもたらすものだ。
 福音?
 シンジはますます首を傾げてしまう。
 そうだ。
 ますます夢は、トリップしていく。


「なによバカシンジ、パンツ覗いたくせにぃ!」
 それはアスカが転校して来た、そのHR後の事だった。
「ば、バカっていわなくても…」
「いいからあんたは!、黙ってあたしの鞄を持つの!」
「ど、どうしてそうなるのさ…」
「パンツ覗いたじゃない」
「あ、あれは…」
「いいから責任とって、今日はあたしの家に遊びに来なさいよね!!」
 学校なんて来るんじゃなかった…
 シンジは心底、後悔していた。

「さ、着いたわよ?」
 自慢気に胸を張る。
 その後ろに付き従って居るレイ。
 シンジはおどおどとしていた。
 目の前にある豪邸に萎縮してしまっている。
「よかった…、はい鞄、じゃあ僕帰るから…」
 シンジは素早く逃げ帰ろうとした。
 あっと!
 そんなシンジの首根っこを引っ掴むアスカ。
「どこ行くのよ、バカシンジ」
「どこって…、帰るんだけど?」
「あんたバカァ?、遊びに来いって言ったでしょうが!」
 バカバカバカって…
 口癖なんだな、とシンジは半ば諦めていた。

 アスカの部屋まで通されて、シンジが驚いたのはその時だった。
「と、父さん!?」
 驚き、キョトンとしてしまうシンジ。
 だがすぐに違うと気がついた。
「わたしの名はどらエヴァン…、お前に福音をもたらすものだ」
「福音?」
「そうだ」
「どう、凄いでしょ?、どらエヴァンは未来の世界から来たんだって」
 嘘かどうか、信じられるかどうかなんて関係無かった。
 シンジはそんなことよりも、どうして父に似ているのかと言うことの方が気になっていた。
 どうして、自分を捨てた父に似ているのかが…
「わたしの顔が気になるかね?」
 ゴクリと、生唾を飲み下すシンジ。
「わたしはお前の父が働いている会社で造られたのだよ」
「父さんの!?」
「そうだ、将来、お前の父は後悔し、懺悔する事になる」
「え?」
「その時、わたしを過去に送り込む事を考えつくのだ」
「そ、そうなの?」
「ああ…」
 にわかに信じ難い話ではある。
 あの父さんが後悔?
 もちろんそれは、どらエヴァンのついた都合の良い嘘だった。
「お前は今日から、わたしと共に暮らすのだ…」
 そう言って、どらエヴァンは半ば強引に住み着いたのだった。


 痛い…
 シンジは目を覚ました。
 いつの間にやら眠ってしまっていたらしい、部屋が暗い。
 痛いよ、父さん、母さん…
 シンジはお腹を抱えて、混濁する意識の中で苦悶した。
 ゲホ!
 咳をした、手で押さえたのだが、その指先には血が付いていた。
 血、血の赤?、血の匂い…
 ゴフ!
 続いてシンジは吐き出した。
 だぁっと赤い物が口腔から流れ出していく。
 喉の奥から熱い物が溢れ出し、畳の上に黒い染みを広げていく。
 シャツも何もかもが血まみれになる。
 だらだらと流れ出し、しかもそれは止まらない。
 それがあの日の母と重なる。
 …僕、死ぬのかな?
 シンジはぼんやりとし、そしてそのまま気を失った。


 現在から12年後、どらエヴァン誕生、そしてゲヒルンの閉鎖からは15年後。
 渚カヲルは、まだその工場をうろついていた。
 つもった埃に足跡が残っている。
 こん…と、その爪先が何かを蹴ってしまった。
「これは?」
 それを拾い上げるカヲル、写真立てだった。
 その中の写真に驚く。
「ユイ母さん!?」
 顔も、微笑みも何もかもが全く同じだ。
 その隣に立っているのは…
「碇ゲンドウ…、違う、これはどらエヴァン!?」
 カヲルの見ている前で、写真がゲンドウからどらエヴァンに変わっていった。
「ついにここまで来てしまったのね?」
「誰だい?」
 振り返る、そこには赤い髪の女性が立っていた。
「君は!?」
「惣流・アスカ・ラングレー…」
 実年齢よりも多少歳老いた感じがするのは、全身に湛えた疲れのせいかもしれない。
「どうして、ここに?」
「知られてはいけない秘密があるの、ここにはね…」
 カヲルはとっさに、右手の指を揃えてアスカに突きだした。
 空気鉄砲がはめられている、だがその圧縮された空気の塊は…
 カン!
 と弾かれた、金色の壁の前に。
「まさか、ATフィールド!?」
 驚きに目を見張るカヲル。
「アダルトタッチフィールド、あなたたちはそう呼んでいたけどね…」
 余裕を見せ、アスカはタバコを咥え火を点ける。
「本当の名前はアンチタイムズフィールド、時間の流れは常に一定なの、知っているわよね?」
「そのために、それを守るために僕たちが居る…」
「ほんとうにそうかしら?」
 アスカはくすりと小馬鹿に笑った。
「何がおかしいんだい?」
 それをおかしく思うカヲル。
「過去はね?、いくら改竄されても、世界はそれを修正する力を持っているのよ?」
 アスカは意味ありげな視線を投げかけた。
「おかしいとは思わない?、なのにあなたは過去が変えられたと認識している、変えられてしまった時点で、あなたの生まれた世界も、その歴史はそっちにすり替えられてしまっているはずなのに…」
 はっとするカヲル。
「そのための!」
「ATフィールド、時間の流れ、世界の干渉に抗うための…」
 アスカはタバコを捨て、足で揉み消した。
「でもだめね、あたしが使っているのものは不完全だったの、だからいろんな過去が混ざり合っちゃって、自分でももうわけわかんなくなっちゃってるのよ」
 アスカはゆっくりと、自分が何故ここに居るのかを話し出した。


 二人は並んで歩いていく。
「この先には、何があるんだい?」
「真実よ…」
 アスカは少しもったいぶる。
「どらエヴァンが生まれたのは何年か知ってる?」
 それは唐突な質問だった。
「今から一年前…」
「製造者の名前は?」
「オートメーションによる大量生産で…」
「それを信じているの?」
 答えられない。
 しばし無言の時が続いた。
「…ここよ」
 目の前にヘヴンズゲートと書かれた、鋼鉄性の扉がある。
 ピッ!
 アスカの手にあるリモコンによって、その扉はゴゴゴゴゴっと左右に開き出した。
 その奥の暗闇の中に、白い人型のものがある。
 自ら発光しているのか?、それは巨大な人型の機械だった、それも向かい合うように二体並んでいる。
「これは、アダムにエヴァ…、いや、リリス!?」
 カヲルは驚き、前に出る。
 シュボ…
 アスカのライターの火が灯る。
「知ってる?、胃潰瘍でもね、人って簡単に死んじゃうのよ?」
「何だい、それは?」
 アスカは意味不明な笑いを漏らす。
「僕には…、君が何を言いたいのか分からないよ、アスカちゃん…」
「あなたに、真実を教えてあげる」
 バン!
 暗い室内に電気が灯った。
 目が眩む、カヲルはゆっくりと瞼を開いた。
 あれは?
 そこに人影を見つける。
 ユイ母さん!?
 そこに見えたのは、どらエヴァンと共に寄り添い立つユイの姿であった。


 痛いよ…、痛いよ、痛いよぉ、お母さぁん…
 前にも、こんなことがあったような気がする。
 幼いシンジは泣いていた、すりむいた膝小僧を抱えて。
 そんなシンジを、父は帰って来るなり、うっとうしげに見やって通り過ぎた。
 その目はあからさまに「うるさい」と告げている。
「死んだ者に頼るな、お前には失望した」
 それが別れの言葉だった。
 もう良いんだ…
 シンジは再び泣いていた。
 アスカ、レイにも嫌われたんだ…
 もう良いんだ、死んでも。
 シンジは泣いていた。
 ……、……くん、碇くぅん。
 しかしシンジ以外の泣き声も聞こえていた。
 誰?
 うっすらと瞼を開く、そこに見えるのは…
「レイ?」
「碇君!」
 レイは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「なに…、泣いてるのさ?」
 そっと額に触れて来る優しい手。
 それはレイのものではない。
 誰?
 見上げる、そこに居る人を見て驚く。
 かあ…さん?
 優しく微笑む人。
「もう大丈夫よ、レイちゃん…」
 だがレイはちっとも安心できないらしく、まだ続いて泣いている。
「ただの胃潰瘍よ?、医療用のロボット…、目に見えない小さな機械がシンちゃんを癒してくれるわ」
 母さん…
 シンジは脱力し、再び目を閉じた。
 レイのさらなる泣き声が聞こえたような気がする。
 僕なんて、いらない子供なのに…
 だがシンジはそのレイの泣き叫びの中に、少しばかりの安堵感を覚えてしまっていた。
 僕を、必要としてくれてるの?
 その答えを聞く気力は無い。
 シンジはそのまま眠りに落ち、穏やかな呼吸を取り戻していった。


続く



 だ〜れも知らない、知られちゃいけ〜ない〜♪
知られてはまずい事が多過ぎるのでな
 プツ、ザァーーー…

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