好き、好き、好き好き♪
 好き、好き、好き好き♪
 シンジくぅん、シンジくぅん、好き好きぃ☆
「って、何であんたが歌ってるのよ!
 ガスガスッとカヲルを蹴っ飛ばすアスカであった。



「10年以上も前にここで最初のロボットが生まれたわ、それがアンドロイド・ユイ」
「10年!?」
「そう、10年…、みなは零号機と呼んでいたけどね…」
 どらエヴァンとユイは、そのアスカの説明を止めようとはしなかった。



てけてけん♪
六分儀ゲンドウと碇ユイと...の巻

ふぁ〜んふぁ〜んふぁ〜〜ん…




 ゲヒルン開発工場。
「アダム、全てのアンドロイドの元になるべき存在かね…」
 白髪、初老の男が腕を後ろに組んで見上げている。
「ああ、これでわたしの夢が叶う、もうすぐだよ、冬月…」
 それはアスカの父だった、隣に並んでいるのは…ゲンドウだ。
「この間シンジ君に会ったぞ?」
 何気なく切り出す冬月。
「なあ碇?、たまにはシンジ君に優しくしてやったらどうかね?」
「その心配は無い、すでに縁は切ってある」
 はぁ…と、冬月は嘆息した。
「われわれは、許しては貰えんかもしれんな…」
「しょせんは死ぬ運命にあるものだ、気に病む事は無い」
「なに!?」
 何と言った?、と冬月は詰め寄った。
「…言ってなかったか?、シンジは10歳の時に胃潰瘍になり、誰も助けが来ないまま悪化させ、やがて死に至る」
「それを知っていて、お前は!」
「わたしはユイを復活させる…、そのためにここに居るのだからな」
 ゲンドウは冷ややかな視線を投げかけた。


「碇ユイは死んだの、でもその歴史を変えたくてS機関と呼ばれる超エネルギー発生装置を組み込んだロボットが開発されたわ」
「それが零号機?」
「そう、そして彼女は過去へと飛び、歴史は変わるはずだった…」


 六分儀ゲンドウ、この時彼は大学生だった。
「う、うん…」
 うなされた後に起き上がる、アンドロイド「ユイ」
「目が覚めたか?」
 彼女はそこに居る人を見て驚いた。
 碇ゲンドウ?
 ゲンドウは仏頂面のままで、ベッドの隣に腰掛けた、ここはゲンドウの住んでいるアパートだった。
「裸で行き倒れていたのでな、乱暴でもされたのかと思って傷を見させてもらったが…」
 ゲンドウの目に、好奇の色は無い。
「脈が無いのでおかしいと思い、色々と調べさせてもらったよ」
 恐れも悪びれたものも無い、ゲンドウはただ事務的に彼女に伝えているだけだ。
「そう…」
「怒らないのか?」
 からかうように言うゲンドウ。
「わたしは、あなたと出会うために生み出されたものですから」
 今度はゲンドウが面食らう番だった。


「それはまさに、運命の出会いって感じよね?」
「それでは…」
「あなたの知っている世界、そこに居るシンジの両親は、ゲンドウおじ様と零号機なの」
「なら本物の碇ユイはどうなったんだい?」
 アスカはふっと、自重気味に暗い笑みを浮かべた。


「ほらバカシンジ、あんたは黙ってあたしの言うこと聞いてりゃ良いのよ」
「あ、うん…、ごめん」
 惣流・アスカ・ラングレーと碇シンジは、いじめっ子といじめられっ子だった。
「教科書忘れちゃったんでしょ?、どじねぇ、あたしが貸してあげるわよ」
「い、いいよ、悪いから…」
 だがそう悪い関係でも無かった、この時、アスカには「妹など居ない」
「ほぉら!、あたしはいつものことだもの、怒られるのなんて慣れてるわよ」
「…ありがとう」
 そう言ってはにかんだ笑いを浮かべる、シンジのアスカにしか見せない笑みだ。
 授業が始まる、この日が運命の始まりだった。
「惣流さん、また教科書忘れたの?」
「すみませーん」
「仕方がないわねぇ、隣の人にでも見せてもらって…」
「先生!」
 がたんと立ち上がる少女、ヒカリだ。
「なに?、洞木さん」
「惣流さんは悪くありません!、ほんとは碇君が忘れて、惣流さんは貸してあげてるんです」
 良いじゃないのよ別に!
 アスカは横目でジロリとヒカリを睨み付けたが、ヒカリはそれに気がつかない。
「自分が忘れたのに人に怒られるのを押し付けるなんて、碇君ズルいと思います!」
 ずーるい!、ずーるい!、ずーるい!
 巻き起こる合唱、シンジはうつむいて体を震わせている。
「そうなの?、しょうがないわねぇ、惣流さん、碇君?、後で職員室にいらっしゃい」
 だがシンジは行かなかった。
 怒られたのはアスカだけ。
「まったくもう!」
 アスカはシンジの家の前まで来た。
「明日とっちめてやる!」
 だけど家に乗り込むまでもないと思い、そのまま家路についてしまった。
 この時にはもう、シンジは胃潰瘍にやられていた。


「シンジがね?、死んだって知ったのは次の日の夕方だったの」


「シンジ、シンジ、シンジィ!」
 玄関は開いていた、学校に来なかったシンジを心配し、アスカは直接家に来たのだ。
 抱き起こす、畳に広がった血は乾いてしまっている。
 そしてシンジの体は軽く、冷たい。
「シンジィ…」
 シンジは死んでいた。
 アスカは発狂してしまいそうだった。


「もしシンジのお父さんが側に居てくれたら…、お母さんがただいまを言ってくれてれば、そう思ったのよね」
 アスカはユイに目を向けた。
「だから作ったのかい?」
「そう、零号機のノウハウがあったから…、でたらめな程に色んな技術が詰め込まれていたから苦労したけどね?、あたしはそれでも惣流家の全てをつぎ込んで作ったの、初号機、『どらエヴァン』を…」
 再び、過去と未来が交錯する。


「む…」
 呻き、目を覚ますどらエヴァン。
「ここは?」
「あたしのアパートよ?」
 覗き込む顔に驚く。
「ユイか?」
「あら、あたしを知ってるのね?」
 ユイは余裕を持って微笑みを返す。
「やっぱりただのロボットじゃないみたいね」
 体を起こすどらエヴァン。
「調べたのか?」
「あら、だって心臓が動いてないのに、うなされているんですもの」
 ユイはクスクスと笑って、マグカップを差し出した。
「コーヒー、飲める?」
「ああ、すまないな」
 その笑顔に彼はぎくしゃくとしてしまう。
 面白い人…
 ユイはますます持って、どらエヴァンに惹かれていく。
 わたしは、彼女と出会うためにここに来たのだからな…
 だがそれは本来行くべきはずだった「碇シンジ10歳」の世界では無く、シンジが生まれるもっとずっと前の過去であった。


「本物のユイさんは、どらエヴァンと結ばれてしまったのかい?」
「そして生まれたのがレイ、あの子だったの」
 はっとするカヲル。
「気がついた?、あなたに出されていた命令は「どらエヴァンの捕獲」、それは初号機のことを指していたのよ…」
「ならシンジ君と一緒にいるどらエヴァンは!?」
 カヲルは、目の前に居るどらエヴァンを見た。
「皮肉な物ね…」
 アスカは言う。
「歴史を守るはずのあなたも、本来あるべき未来を改竄した一人になってしまったのだから…」
 カヲルは衝撃を受けていた。


「冬月…、碇ゲンドウはどうだ?」
「問題無い、君を調べて手に入れた基礎データを元に「アダム」を開発中だ」
「そうか…」
 あの日、二人は空港で言葉をかわしていた。
「どうした、綾波?、浮かない顔をしているな」
「いや…、なんでもない」
 どらエヴァン初号機…、「綾波ゲンドウ」はそう答え、ユイと愛娘を見やる。
 最初に造られた時はただの機械だった、だが一度未来へ向かい、有機体への改造を受けてから、どらエヴァンは過去へと跳び直して来たのだ。
 そしてこれから造られるユイも、恐らく同じ道筋を辿るだろう。
 あるいはどらエヴァンがユイと同じ道を歩んで来たのかもしれない。
「未来は常に一定ではない、そう感じるのは世界の強制力によって修正されてしまうからだ」
 少なくともわたしはそう信じている。
 その証拠が、本来産まれるはずの無かった少女、レイの存在であった。
「冬月、レイを頼むぞ」
「大袈裟だな、ただの旅行だろ、二人でのんびりしてこい…」
「そうだな…」
 急に冬月が旅行を薦めたのにはわけがあった、もちろんそれはどらエヴァンも承知している。
 耐用年数。
 碇ゲンドウの妻、零号機「ユイ」が死んだのは病気のせいなどではない。
 有機組織の劣化、それこそが本当の理由であった。
 本来組織の取り替えやメンテナンスにより、少なくとも200年は使用を保証されている代物である。
 だがタイムワープでぼろぼろになった遺伝組織を再構成し、ゲンドウとの間に子を宿したユイは、まさに己の命を削って「シンジ」を生産してのけたのだ。
 わずかに残されていた、正常な有機組織をかき集め、シンジに与えて…
「男性型である分、わたしの方が長くは生きられるだろうが…」
 それにしても限界と言う物がある。
 この後に、飛行機は皆の見ている前で落ちたのだった。


「じゃあ、僕の追うはずだったどらエヴァンは…」
「その時に死んだの、あなたの追っている彼は全くの別物よ?」
 カヲルはどらエヴァンとユイを見た。
「でもそれでもシンジは死んでしまったわ…」
 悲しげにアスカ。
 アスカの後を引き継ぐユイ。
「わたしは、初号機を生み出すために造られた存在なの」
「エヴァ…」
「そうよ?、全てのアンドロイドの元となったアダム、そこから生み出された記憶素子にボディーを与えるための機械女」
「元はリリスの役割だったらしいんだけど、零号機のために破棄されちゃっててね?、造り直すのに苦労したわ」
 アスカはふふっと、軽く笑んだ。
 カヲルはゆっくりとどらエヴァンに目を向ける。
「じゃあ、君は、一体?」
 くいっと、赤い眼鏡を持ち上げるどらエヴァン。
「わたしの名はアダム、全てのアンドロイドの祖たる存在、その外部端末機にすぎんよ」
 シュン!
 瞬間、カヲルの姿がかき消えた。
「タイムテレポートか…」
「ええ」
 頷くユイ。
「だがこれでいい…、時計の針は動き始めた」
「後は初号機とリリスに…」
「ああ、わかっているよ弐号機、君は本当に…」
 ユイは優しく微笑み、そしてその言葉の続きを待つことなく活動を停止した。


「そうか、そう言うことか、どらエヴァン…」
 カヲルはいきなり気がついていた。
「急がなくては、全てが変わってしまう前に」
 カヲルは急いでいた。
 碇シンジの生き続けた世界、シンジがどらエヴァンを購入した世界こそが、すでに間違った未来の姿であったのだ。
「その犠牲者が惣流・アスカ・ラングレー」
 複数にまたがった未来、その全ての人生を背負っている彼女は、いくつもの過去を背負い、混ざり合ってしまった記憶の中で、整合性を求めてあえいでいる。
「このままでは、彼女が危ない…」
 碇シンジが死んでしまった世界、綾波レイが生まれいでなかった世界。
「どれを取っても、彼女一人が不幸になってしまう…」
 そして狂った未来を生み出してしまうのだ。
「それだけは避けなければ、彼女があまりにも哀れだよ」
 カヲルは考えていた。
 だけど、なら碇シンジと綾波レイが幸せになる世界は一体?
「どらエヴァンが…、ユイ母さんと出会うために産まれて来たのなら、僕は…」
 アスカちゃんと出会うために産まれて来たのかもしれない。
 カヲルは急いでいた。
 シンジが死ぬはずの、あの運命の日に向かって。


 その頃シンジは、夢うつつの世界でユイとレイの会話を聞いていた。
「お母さん…」
「違うの、ごめんなさい…、わたしはリリス、あなたのお父さんとシンジのお母さんを生み出した女なの」
「おばあちゃん?」
「そうとも言えるわね?」
 ユイは優しくレイの髪を撫でた。
 あの日…、零号機をゲンドウが逃がした日、リリスは封印停止を余儀なくされていた。
 その時リリスは外部作業用の外部ユニットに、どらエヴァンと同じ装置を組み込み、そして知っているだけの情報を積み込んで、時空間を超えて未来へと飛ばしたのだった。
 それが、今ここに居る「ユイ」、そして「リリス」
「未来は常に変動する物なの、でも明るい未来なら、世界はそれを許容して許してくれるわ…」
 ユイは残った手をレイの体に回し、抱き上げた。
「お母さん?」
 同じ温かさを感じて、しがみつくレイ。
「終わりは始まりの新生、ここで終わるはずだったみんなの心が、今日、今から新しく始まるの…」
 レイの、少しばかり広いおでこにキスをする。
「レイ?、あなたはひとりぼっちじゃないわ、だってシンちゃんがいるんですもの、シンちゃんはあなたと繋がりのある人なの、だから…」
 心を解放してあげて…
 二人が寄り添えば、きっと幸せに生きていけるから…
 その言葉は、実はシンジに向けた物かもしれない。
 シンジは寝たふりをしたままで、少しばかりの涙を流してしまっていた。


続く



 碇家より実況生中継。
ちょおっと待ったぁ!
 吠えるアスカ。
「なんであたしが(ピーーー!)な上に、どうしてカヲルが転んで来るのよ!」
 それに対して、ふっと髪を掻き上げるカヲル。
「全く同感だね、君の様なつつましさに欠けた、がさつなだけの女の子になんて興味は無いよ」
「なんですってぇ!」
「僕が好きなのはシンジ君だけさ、ね?、シンジ君」
「あはははは…」
「笑ってる場合じゃないですぅ!、わたしの出番はどうなってしまうのでしょうかぁ!?」
「んなものは無いって感じ?」
「酷いですレイさん!、自分だけお母さまに取り入って、えいもう、悔しいから首絞めちゃいますぅ!」
「きゅーって、く、苦しいってば、でも今日だけは寛大な気持ちで許してあげちゃう、だってやっぱりシンちゃんは、あたしだけのシンちゃんだもんね?」
「あはははは…」
 やっぱりシンジは笑っているだけであった。
 父さん、なんとかしてよ、父さん…
 しかし頼りの父は残業中だった。
 もちろん、ノリノリでアフレコに挑んでいたことは言うまでもない。
 中継、終わる。

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