「お久しぶり、元気そうだね?」
「なぁにがお久しぶりよ!、まったくメールも寄越さないなんて、あんたってほんと冷たい奴よね?」
「あら?、寂しかったの?」
「ち、違うわよ!」
 リツコの突っ込みに赤くなる、シンジはそれを苦笑して楽しんだ。
 通信は映像付きのもので、ラインはドイツと日本で結ばれていた、ちなみにシンジがいるのはリツコの研究室である。
「で、上手くいってるの?、新兵器の開発って…」
 はんっと見た目にも分かるように鼻を鳴らした。
「あんたばかぁ?、このあたしを誰だと思ってんのよ!」
 自信たっぷりである。
「って言っても、結局はシンジ君に感謝してるのよ」
「ちょっとリツコ!」
 さらに赤くなる。
「…どういう意味です?」
「わたしも感謝してるのよ?、アスカを焚き付けてくれたおかげで随分と楽になったから」
「ああ…」
 あの時のことか。
 やはり苦笑するしかない。
「まあ僕も役には立ちたかったけど…、適任はアスカだって思いましたからね?」
「ええ、エヴァのことは実際に操った人間でないと分からない、その通りだわ?」
 例えばリツコが知っているATフィールドとは計測された数値が全てである。
 だがアスカはそれを感覚的に知っていた、その感触から「こうはつかえないのか?」と言う可能性を模索する、応用範囲を広げると言う作業に直感的なものを持ち込んでくれた。
「エヴァって身長だけでも六十メートルはあるでしょう?」
 なら自重を支えるためには下に行くほど太く、円錐系にならなくてはならない。
「でもエヴァは起動していなくても自重を支えているわ?」
「そうなのよね?、エヴァの骨格じゃあり得ない事なんだけど…」
 これはアスカも、リツコにデータを見せてもらう事で初めて知った事だった。
「ATフィールド、じゃないんですか?」
「あんたバカァ?、起動してない時もって言ってるでしょ!」
「これはどちらかと言えば粒子と波、両方の性質を持った光のようなもので構成されていると言う部分に秘密があるわね?」
 着いていけないなぁ…
 シンジは表情に困ったものを混ぜた。
「あ、で、僕に用事ってなに?」
「あ、そうそう、あんたにいくつか実験しておいて貰いたいことがあるのよ」
「実験?」
「ATフィールドの計測実験をやってておかしな事に気がついたのよ」
 ピッとアスカの映っている画面隅に、エヴァと、それを覆うATフィールドが表示された。
「これが通常で、で、ソニックグレイブを持たせたのがこれ」
「…大きくなってる?」
 槍を持った分だけ、その半径が広がっている。
「ね?、これってあれに似てるのよ」
「あれ?」
「気とかオーラとか…」
「ええ、よく達人が刀や剣に気を通すというでしょう?、それに似た現象なのよ」
「気ですか…」
 リツコさんまでそんなことを言い出すなんて…
 微妙なものを隠せずに出してしまう。
「あら?、おかしいかしら?」
「いえ…、でも正直、曖昧だなぁって…」
「あんたバカぁ?、99.89%エヴァに酷似してるのよ?、なら人間だってATフィールド…、あるいはそれに似た力が使えたっておかしくないじゃん」
 …それは、そうだけど。
 どうしても納得できないいい加減さがある。
「逆説的には穴だらけだけど、アスカのそう言う発想は面白いわ?」
 カカカッとキーをタイプする。
「人が一時的になんらかの力場を増大させる事によって、触れもせずに対象物に干渉できるのは科学的に検知可能な事なのよ」
 例えばそれは、人間が訓練によって体内の電気的エネルギーをある程度コントロールできる部分などに上げられる。
「なら後はその応用ってわけ」
 嫌な予感がする…
 シンジは脂汗が吹き出したのを感じた。
「問題はそれに必要なエネルギーの確保なのよねぇ…」
「そうね?、エヴァですら外部電源と言う膨大なエネルギー源を必要としているもの」
「そうそう、どっかの大学の研究レポートを見付けたんだけど、生体エネルギーを物理的な干渉領域にまで引き上げた時に、体の中の電気的な流れが精神の集中に対応して変動、一時的にしろ莫大な数値を記録したとかなんとかあったわ?」
「エヴァに似た人がATフィールドを使うためには、もっと大きなエネルギー源が必要と言うわけね?」
「…S機関」
 シンジはぼそっと呟いたつもりだったが…
「それよそれ!、あんたよく知ってるじゃない?」
「あ、うん…、一応は」
 そんなシンジにリツコは訝しみの目を向けた、とりあえず追及はしなかったが。
「葛城博士の提唱してた奴が出て来ちゃうわけよ」
「葛城?」
「どっかで聞いた名前だと思わない?」
「それ、ミサトのお父さんよ?」
「「え?」」
 二人はモニターのあっちとこっちで、信じられないと言う表情を作る。
「そうなんですか?」
「…鷹もトンビを生まされて泣いたでしょうね?」
 どういう意味なんだろ?
 そっちの方が気になるシンジ。
「で、さあ、シンジぃ…」
「な、なにかな?」
 アスカのおねだりの目に嫌な予感は完全なものになった。
「あんた、超能力の開発、やってみない?」
「はあ!?」
 上向きの目線とのギャップに呆気に取られる。
「…こう言ってはなんだけど、シンジ君を基本に実験のメニューを組み立ててるのは、何も贔屓していたからじゃないわ?」
「うん、あたしもリツコに説明されてようやく納得したんだけどね?」
 それもまた、以前の自分なら絶対に納得していないと感じるアスカ。
「あんたの異様なシンクロ率の高さが大事なのよ」
「それってどういう…」
「エヴァはシンジ君?、シンクロと言う方法を取って、あなた自身の体になるでしょう?」
「そうよ、心臓動かすのに一々頭で考える?」
「シンジ君の無意識領域での生命活動に同調して、エヴァもまたそれを真似るのよ」
「そう!、だからあんた自身がなにかの超能力に目覚めれば…」
「人間に近いエヴァもその力は使えるかもしれないのか…、ってちょっと待ってよ!」
「あら?、なにかしら?」
「超能力だなんて、リツコさんホントに信じてるんですか?」
 疑わしそうな目を向ける、だがリツコはさらっと受け流した。
「…シンジ君」
「はい?」
「わたし達にとっては、ATフィールドだって十分な超能力なのよ?」
「そうそう、超常能力のことを言ってるのよ!、別に瞬間移動しろとか言ってるわけじゃないんだから」
「それは、そうなんだろうけど…」
 やはり少し納得しかねる。
「エヴァに似てる人間がエヴァに似た力を使えるのなら、その逆だってあるはずなのよ」
「アスカには悪いけど、それはシンジ君ほどのシンクロ率が無いと確認できるとは思えないわ?」
「そうなのよねぇ…」
 あれ?っとシンジは首を傾げた。
 アスカ、怒らないんだ…
 変化を感じる。
 アスカもそんな思考を、シンジの表情から読み取った。
「なによ?」
「あ、うん…、別に」
「はん!、どうせシンクロ率じゃ負けてるわよ」
「そうね?、でもアスカにはそれを上回る部分があるわ」
「そりゃアスカの方が頭がいいんだし」
「ばぁか、そういうこと言ってんじゃないわよ?」
「じゃあなんだよ?」
「いいこと?」
 すうっと息を吸う。
「例えばあたしはエヴァとのシンクロ…、手足として動かすって事に関してはあんたよりは鈍いわ?」
「うん…」
「でも全体的な運用、効率良く展開させるための知識や技術に関しては経験であんたを上回ってる」
「そうだね?」
「そうだね?、じゃ無いわよ…」
 あんたが言ったことでしょうが、と少し呆れる。
「まあいいけど…、だからそれを極めれば、あんたよりもエヴァを上手く『扱える』ことになるわ?」
「そっか」
「ただそのためにもエヴァの限界が知りたいのよ、何が出来るのか?、空だって飛べるかもしれないのよ?」
「…それなら、多分飛べると思うよ?」
「「え?」」
 二人の驚く声が重なった。


「ま、超能力の開発をやらされるよりはマシなんだけどね…」
 シンジはプラグの中で一人ごちた。
『常識に囚われるのを限界というなら、確かに非常識を片付けるには超能力って言葉自体便利なのよね…』
 リツコのぼやきが耳に入る。
「超常現象…、理解できないって事ですよね?」
『ええ、現在の科学の範疇には無い…、でもそれは見付けていない公式があるというだけよ?、けっして『あり得ない事』ではないわ』
「どうしてそう言い切れるんですか?」
『だって現実の事象としてそこにあるんですもの、探求こそすれ、否定するのは科学者のやるべき事ではないわ?』
 これも現実主義って言うのかなぁ?
 シンジは妙な感想を持ったが、実験開始の時間が来たので思考を素早く切り換えた。
「エヴァ、起動します」
『どうぞ?』
 インダクションレバーを握ると同時に、サスペンドモードに入っていたエヴァが再起動した。
 エントリープラグの内壁が外の世界を映し出す。
 場所はジオフロント内の、本部塔に程近い所だった。
『どういう結果に落ちつくか分からないから、電源ケーブルは最大まで引き出してあるわ?』
「わかりました」
 シンジ通信を切ってから目を閉じた。
 やれるかな?
 自信はない、ただ出来るはずだと言うのを知識で知っていたから、疑っていないだけである。
 あの時は…、そっか、S機関があったんだ。
 ミサトさんの血に泣いて、アスカの…、弐号機の姿に苦しくなって…
 ギリッと歯が鳴った。
 あんなことはもう嫌なんだよ!
 既に体験したはずの史実からは相当ずれ込んでしまっている。
 それでもあり得るかもしれない未来が恐かった。
 僕にもあの時のことってよくわかって無いんだけど、でも。
 それが出来る、エヴァが飛び立てる事には疑問を抱かなかった。
 アスカの言うことももっともだ。
 エヴァの限界を知ることは悪くはない。
 シンジは一つ呼吸した後、瞼を開いた。
「いくよ?、母さん…」
 それは誰にも聞こえない程度の呟きだった。


 ダン!
「なんてこと…」
 リツコは呆然としてしまった。
 エヴァは確かに空を飛んだ、しかし…
「まるで落下したみたいですね…」
 マヤの呟きは正鵠を射ていた。
 ジオフロントの天井に向けて落下した初号機は、逆さまになって天井に着地したのだ。
「データの解析、急いで」
「はい…、重力遮断…、違いますね?、反転を確認」
「反転ですって?」
 オペレータのシゲルの手元を覗き込む。
「凄いっすよ、こんなデータ見た事ないっす」
「変ね?、これがATフィールドの応用なら自分に向けて落下するはずだわ?」
「ブラックホール、ですか?」
 マコトは慌ただしくキーを叩いていた。
 天井に落下したエヴァが、少なからず要塞都市への変形機構に傷を与えてしまったからだ。
「そうなるのが当然のはずなのに…、どうして上に落ちるのかしら?、ATフィールドは?」
「初号機を中心に発生していますが…」
 ならATフィールドの外の物理現象に干渉しているのは何かがおかしい。
「どういう状態なのかしら?、いいわ、シンジ君、どう?」
『…変な感じですね?』
「なにかあるの?」
『逆さになってるの、僕ですよね?』
「え?、ええ…」
『でもそうじゃないんですよ、いままで屈んだら屈んだって感じがあったのに、今は地面が下になってて当然って感じがして…』
「重力の方向は?」
『上…、って言うか、天井が地面だって感じます』
 リツコは面白そうに表情を和らげた。
「…そう、そう言う事なのね?」
「なんです?」
「シンジ君、あなた飛んだ直後に何を考えた?」
『え?』
 シンジは「えっと…」っと振り返った。
『ぶつかる、と思って…』
「そういうことよ?」
『え?、だから…』
「ぶつかりそうだと思ったから降り立とうとした…、物理法則が変わったわけじゃないわ?、エヴァがわたし達も知らない公式を用いた可能性があるのよ」
『そうなんですか?』
「素晴らしいわ!、人の持つ知恵の実はわたし達自身ですら活用し切れていないのよ?、それをエヴァが用いてくれたとそういうことなのね!?」
『あのぉ…』
「これもアスカの言ってたことに符合するわ!、人とエヴァは非常に良く似た構造をしている、なら人も、エヴァも、共に似たような力を持っている、そうなのね?、人が二つのものを見た時、1+1ではなく瞬間的に2と判断するように、エヴァは「天井に立つ」ための公式を瞬間的に思い浮かべて実行したんだわ!」
 …なんだかインチキ臭い。
 リツコの姿にそう感じる。
「これこそ科学の境地だわ!」
 科学、なのかなぁ?
 首を捻るシンジ、そしてこういう時にこそ必ず一人は余計な事を言う人間が居るものである。
「あ、じゃあシンジ君に宇宙遊泳の訓練なんてしてもらったら良いんじゃありませんか?」
 なんてこと言い出すんですかぁ!
「いい考えね?、マヤ」
 シンジは思わず悲鳴を上げそうになった。
『やめてください!、お願いします!』
「だめよ?」
 にっこりと悪魔の様な笑みを見せつける。
「天地を入れ替える空間把握能力の欠如が今の状態を生んでいるのよ?、ならそのための訓練をすれば…」
「自在に空中浮遊が出来るってわけですね!」
『そんなに上手くいくわけないじゃないですか!』
「現に上手くいっているでしょ?、ものは試しよ、マヤ、さっそくプールの改造計画を申請して」
「はい!」
『プール!?』
 シンジは焦った、泳げないからだ。
「無重力状態での訓練よ、あ、それにSR−71があったはずだわ?」
「71改のことですか?」
「そうよ?、あれなら耐G訓練もできるから丁度いいわ?」
『…うう、なんだか遊ばれてるみたいな』
「何を言うの!、シンジ君、あなたエヴァが自力で宇宙へ飛び立っていく所を想像して心が躍らないの?」
『踊りませんよ…』
 はぁ、この人はっと呆れ返る。
 でも、これはこれで都合いいか…
 アスカを襲った成層圏外の使徒のこともある。
 不必要じゃない、なら手に入れておいても損は無いんだよな…
 例え得にならないとしても。
「あ、そうそう、アスカの計画、あれも同時に進めていくから、暫く遊ぶのは我慢してね?」
「あっちもですかぁ?」
 それこそやめて欲しい事だった。
 はぁっとシンジは溜め息を吐き、その姿に発令所は軽い失笑に包まれた。



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