それから変わったことと言えば、アスカがシンジの小屋に居つく様になった事だ。
「シンジ…」
「なに?」
 確かこんな雰囲気が前にもあったな…
 シンジは夕食の支度をしながら考える。
「しようか?」
 ほら来た。
 シンジは苦笑いをしてしまった。


 僕はその言葉を無視するように皿を並べる。
「ねえ…」
 焦れたような急かし。
「あたし、そんなに魅力ないかな?」
 苦笑するしかない。
「そんなことないよ」
「じゃあなんでしないわけ?、今ならまだ大丈夫よ…」
 と言って下腹を撫でる、わかってる、子供のことだ。
 そう言えば受胎には成功したらしい、おめでとう、と言うのも変なので何も言ってないけど。
「そういうんじゃ、ないんだけどな…」
「なぁによぉ…」
 不満そう、でも本当に僕は欲情してないわけじゃない。
 犯したくなるのもしばしばだけど、理性がちゃんと押しとどめてくれる。
 踏み出せない理由は分かってる、マナの時と同じだ。
 彼女にもどこか他人の物だって雰囲気がある。
 余所の女なのだ、新婚さんの花嫁や、電車の中で見かける女の子と同じで、頭で犯すのは勝手だけれど、本当に手を出しちゃったら犯罪だろう。
 そんなブレーキがかかったままになっている。
「それよりさ…、聞きたかったんだけど」
「なに?」
 こういうのはズルいかもしれない、でも今の雰囲気は壊したい。
「エヴァ、再建されたんでしょ?」
 引きつるほどに表情が変わる。
「それがどうしたってのよ…」
「コアはどうなったの?」
 あまり聞かれたくは無いだろうけど、それを言えば甘あまな雰囲気に浸りたくない僕の事も考えて欲しい。
 マナはそれを察してくれるから付き合っていて楽だけど…
「はっ!、参号機以降と同じよ」
「参号機?」
「ママ達はほんとに事故だったけど、参号機はそれから何年も起動実験が見送られてたでしょ?」
「うん」
「あれってダミーシステムを待ってたのよ」
「ダミーを?」
「ええ…」
 あれの正体に付いても考えたくない部分はあった。
 ちょっと失敗したかな?、話題の選択…
「エヴァからの侵食をダミーシステムに回して塞き止めるのよ」
「それで大丈夫だったの?」
「シンクロ率は限りなくゼロに近い一、起動指数をぎりぎり越えたってだけよ、…なによ、心配してるわけ?」
「どうせドイツだけじゃないんでしょ?」
 僕の心配はそこにある。
「ええ、中国やイギリス、フランスなんかも動いてるわ?」
 アメリカは支部の消滅と同時にネルフへの協力体制から離れていたため、重大な窮地に立たされてた。
 ここに来てエヴァを保有できないと言う事実が、アメリカの優位性を突き崩す事になったのだ。
「ダミーシステムか…」
 綾波、なのか?
 カヲル君って事は無いよな?
 あるいは新しい存在?
 僕の中で不安が膨れた。


 翌朝、僕は食事を取りながらネットに繋いでいた。
「あんたねぇ、食べながら読むのやめなさいよ…」
 正面の席で彼女が不平を漏らす。
「ん…、大丈夫だよ、味は分かるから」
「そ…」
 それだけで十分、彼女は満足顔でニコニコと食を進める。
 驚いた事に彼女は料理を覚えていた。
 それだけではなく、本当に美味しかった、だから彼女がエプロンをつけてなにかと忙しなくするのをそのままにしていた。
 図太くなったわね…
 呆れられたけど、単に頓着しなくなっただけだ、楽が出来るのならそれにこしたことはない。
 でも、今日の空気はドカドカと言う無遠慮な音に邪魔された。
「…なんです?」
 顔を上げると、銃を持った兵士を二人従え、黒服の男が立っていた。
 見慣れていた制服、父さんと同じだけど、顔は全く違っていた。
 銀色のオールバックの髪は、白髪になった結果だろう。
「アレフ…」
 呻きに似た声に相手を察する、そうか、この人が…
 僕は無関心を装って食事に戻った。
「アスカ、帰るぞ」
 横柄な声。
「嫌よ」
「アスカ!」
「なんで命令されなきゃいけないのよ!」
「お前はセカンドだろう!」
「もう退職したわ!」
「ならわたしの女だ、勝手は許さん!」
 彼女のぎりっと言う歯ぎしりが聞こえた。
 まずいな、このままだと大事になる…
 多分にこの島での気質が身について、僕は平和主義者になっていた.
「サードチルドレン」
 声を掛けないで欲しかったな…
 これだから「外の人間」は嫌いなんだ…、人の気分を察してくれない
「君にはセカンドの拉致監禁容疑がかけられている」
「そうですか」
 別に驚くような事じゃない。
「連れていけ」
「シンジ!」
 彼女は片方の兵に飛びかかった、僕に逃げろって言いたいんだろう、こんな小さな島で逃げ回っても意味無いのに…
「その前に、これ、読んでもらえます?」
 僕は静かに、先程から流していたメールをもう一人の人に見せた。
「なにをしている!」
 苛立ったドイツ支部長の声に彼女は力づくで突き飛ばされた、しかし。
 ジャキ!
 僕のメールを読んだ人は、勝ち誇った顔の支部長に銃口を向けた。
「…なんのつもりだ!」
「ウォレフ、本部に連絡、日向特務監に確認を取ってくれ」
「あ?」
「サードチルドレン宛に、国連事務総長名義でドイツ支部長の拘束命令発行が伝えられている」
「!?」
 彼女、ウォレフって人、それにアレフさん、全員が固まった。
「ごめん」
 僕はこの島に来て始めて謝った。
「ここ、監視されているから話して貰ったこと全部筒抜けだったんだ」
「そう…」
 少々非難めいた顔をされたけど、落胆じゃないのはただ怒っただけだからだろうな…
「記録は間を通さないで直接日向さんに行ってるからね?、多分ダミープラグの件だと思うんだけど…」
 これは憶測。
「そうね、そう…」
 なぜ悲しそうにするの?
 わからない。
「アスカ!」
「なによ!」
「お前は何が不満なんだ!」
「不満だらけよ!」
「セカンドチルドレンとしての栄光、そしてわたしの子を産む栄誉」
「おあいにくさま」
 嘲る。
「あんたの子供なんてとっくに捨てたわ」
「なに!?」
「今お腹の中に居るのはシンジの子供よ?」
「お前は!」
「変な組織よね?、ネルフって…、堕胎は自由なのに、どうしていじくるのには倫理とか持ち出すのかしら?」
「あれは、お前が言い出した事だろう!」
 話が見えないな…
 兵士さん達も戸惑っている、彼女は満足げに口を開いた。
「聞かせてあげる、あたしには双子が出来たの、正確にはこいつに犯されてね?、でも片方は引っ張り出されてダミープラグに、もう一人は人の形になる前に堕ろさせてもらったわ」
 ウォレフさん達にはショックな出来事だったようだ。
「よかったわね?、エヴァは正真正銘、あんたの子供よ?、大事にしてあげれば?」
 ウォレフさんが通信機をしまう。
 そして銃口を向け直した。
「アルフレッド・フォン・シュヴァイン、手を出して下さい」
 拘束用のごつい手錠を取り出した。
 ほっとしたのか?、彼女がゆっくりと崩れ落ちる。
「はぁ…」
 それは深い深い安堵の息だった。


 ま、結局あたしがあそこに居られたのは一ヶ月だけだったわ…
 今はこうしてドイツに戻って来てる。
「ありがと」
「いいよ、仕事だから」
 車で送り迎えをしてくれてるのは、日向さん。
「そう言う事は口にしない方がポイント高いわよ?」
 あたしの保護監督監に任命されたらしい。
「楽しみなさいよ、どうせ非番なんて無いじゃない、一日二十四時間労働でしょ?、部屋も隣なんだし」
 屈託の無い笑みを見せてやる。
「加持さんだってそうだったんだから、問題無いわよ」
「あの人の仕事場には女の子が居ただろう?」
「あら?、あたしじゃ不満ってわけ?」
「手を出せない相手じゃないか」
 シンジに通じなかった魅力も、こいつには通じてる。
 まあだからって許したりはしないけど?
 あたしの腕の中には男の子が一人。
 シンジの子、でもシンジのメールアドレスは非公開だって言うから、名前は結局日向さんに付けてもらった。
 シンイチ。
 あいつがシンジだから、上を行けって意味だって。
 あたしは一番って部分に良いイメージを持てなかったけど、まあ良しとしたわ?
 だって…、ねえ?
 陣痛が始まった時、こいつってばあたしの手、握っててくれたんだもん。
 お産の最中ずっとよ?、その代わり「ほら、旦那さんも抱いてあげて下さい」って言われて真っ赤になってたけど。
「旦那さんだって…」
「そりゃその顔見ればそう思うわよ」
「そう?」
 思いっきりにやけてたな…、こいつ。
「ん、なに?」
「べっつにぃ」
 今の生活は結構楽しい。
 辛いのは…、寝かせてもらえないことぐらいかな?


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ!
 また…
 あたしは寝ぼけ眼でシンイチを抱きかかえる。
 今度は何よ?、ミルク?、おしめ?
 もう何が何だか分からない。
 三時間ごとに襲う恐怖、ううん、もっと短い時もある。
 そりゃ分かってるわよ、動物ってのは小さいほど体内サイクルが早いのは…
 食物の摂取と排泄は小動物になればなるほど短い間隔で行われる。
 腸の大きさかしらね?、結局…
 浅い眠りをくり返すだけのあたしは、だんだんと思考力が低迷していた。
「アスカ!」
「え?、あ!」
 名を叫ばれてびくっとした。
 あたし、うつらうつらとシンイチを落としかけてた。
「大丈夫?」
「ええ…」
 シングルマザーってのは偉大だわ…
 あたしには日向さんがいる、それはまぎれもない事実。
 シンイチに父親がいれば、その人と交代で…
 だめね、仕事だって出てくだろうし。
「赤ん坊ってのはね?、あまり目が見えないから抱いてくれってむずがるんだよ」
 日向さんが何か言ってる…
「母親と同じ世界を見て、母親の鼓動を聞いて、温もりを感じて、ようやく安心するんだ、だからベッドに寝かせるよりは揺り椅子で一緒に眠ってあげた方がいいんじゃないかな?」
 ああ、そう言う考え方もあるのね…
「ん、ありがと…」
 ぽふっと隣にある胸にもたれる。
 え?、隣…
 ……、ここ、ベッドルームじゃない?
「アスカ…」
 顎先を持ち上げられた。
 ま、いいわ…
 と思ったのが失敗だった。



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