──翌日。
 晴天のこの日、最もうかつであったと誹りを受けるとすれば、それは第一中学校の校長にこそ、一番相応しい『誉め言葉』であった。
「あ〜〜〜、国連の発表によりますと、先の戦闘の最中(さなか)に、シェルターより抜け出すという非常識きわまりない行いをした者が」
 おりまして、と話を続け、彼はその内容を、該当する二名の少年が、実はこの学校の生徒だというところにまで広げてしまった。
 ネルフから市を通じて、正式に避難誘導を徹底させるよう指示が出た……と言うのだが、冒頭の脱走者の話は余計であった。
 その二人組が誰であるのか、想像をつけるのは容易であったし、またその想像が、おおむね当たっていることも悲劇であった。
(あ〜あ。どうなるんだか……)
 運動場、シンジは列に並んで、朝礼台からの話に耳を傾けていた。
 拘束されたままの、二人の級友の顔を思い浮かべて。

ASUKA / 第二章

(感傷か……)
 黒板に、つまらない数式が描かれて行く。
 シンジは持っているペンをくるりと回した。
(そう……感傷なんだよな。トウジやケンスケのことを心配するのって)
 自分が知っている二人は、もうこの世にはいないのだ。
 そのことを認め、割り切るまでに、一体どれだけの時間と苦痛が必要だったか?
 アスカに叱られ、罵られ……殺されかけて、優しい言葉の一つも無く、追い詰められて行く中で、そのような過去へのことにまで、乗り越えることを要求された。
 その二人と同じ顔の人物が、今は酷い目に合っている。
 だからと言って。
(あの二人を心配するような理由なんて)
 それでも気に掛かってしまうのは、やはり知っている二人の姿が、重なってしまうからだろうか?
 そう考える。
 しかしいくら悩んだところで、この世にいる二人と、あの二人とは別人なのだ。
 はぁっと吐息を洩らしてしまう。
(あの二人は……やっちゃいけないことをやったんだ)
 結局、そのようにうだうだと考え続けて、シンジは午前中の授業時間を、全て潰してしまったのだった。


 割り切れていないなと心が重い、それでももっと気が重くなる事態がやって来る。
 シンジは人影が落ちて来たので顔を上げた。
「霧島さん……」
 妙ににこにことゆるんだ顔をしていた。
「はいこれ、お弁当」
「……ありがと」
「あの……」
 もじもじとしている様に、なにを言いたいのか察することができる。
 だがあえてシンジは気づかぬふりを装った。
「マナぁ」
「あ、うん。じゃあ、ちゃんと食べてね?」
 また今日も言い逃した。そんな気落ちした様子で去って行く。
 周囲の視線が痛い。今日もアウトかとこそこそとした会話が耳に入る。賭でもしているのだろう。
「碇君」
「え?」
「霧島さんと一緒に食べないの?」
「恥ずかしいから」
 それはまあそうかと、隣の少女は引き下がった。
 毎日のことだけに、そろそろ無視できなくなって来ているらしいのだ。
(マナの弁当か)
 シンジは両手で持って、包みを開くのをためらった。
(大体マナもしつこいんだよね。いいかげん諦めればいいのにさ)
 ……朝になれば、朝食を食べろと揺り起こされる。放っておいてくれればその分寝られるというのにだ。
 昼は皆のもの問いたげな視線が気に障るので逃げ出したい。しかしこうして渡されてしまうと、食べないわけにもいかないのが実情だった。
(狙ってる? それで家で渡してくれないのかな……。僕がこういうの苦手だって、どうして気付いてくれないんだろう?)
 胃が小さくなっている気がして食が進まない。それでも残すわけにはいかないので、詰め込むかと動こうとした時、シンジは二人の女の子に呼び掛けられて、手を止めた。
「え?」
「あの……、ちょっと、良いかな?」
 勇気を振り絞っている様子で話しかけたのは、洞木ヒカリと、その友人だった。


 ──屋上。
「あの……話って、なにかな?」
 シンジは虐められたり責められたりするような感じではないので、気楽に柵にもたれて問いかけた。
「あの、ごめんね?」
 どうやら話しづらいことらしい。
 洞木ヒカリは、きょろきょろと落ち着きなく、誰も居ないことを確認した。もちろん広い屋上であるし、人はいるのだが、それでも聞こえてしまうほど近くはない。
 風もあれば、運動場からの騒がしい声もある。
 彼女らはそれを確かめてもなお用心して、小さな声で問いを発した。
「この間も、碇君がロボットに乗って戦ったって話、本当なの?」
 シンジは嫌気の差した顔で頷いた。
「そうだよ……それがどうかしたの?」
「やっぱりそうなんだ!」
 一人ははしゃいだが、ヒカリは余計に深刻そうにした。
「そうなんだ……」
「なに?」
「あ、うん……」
 あのねと少女が割り込んだ。
「ヒカリってね? 委員長じゃない」
「うん」
「それでね、シェルターでのことなんだけど……」
 彼女は何故ヒカリが落ち込んでいるかについて事細かに語った。
 ──委員長、わしらトイレや。
 そういういきさつがあったのだと。
「騙した方が悪いのに」
 シンジは呆れて口にした。
(そんなことがあったのか)
 前も同じだったのだろうかと考える。
 興味をそそられてしまったのは、そういえば、と、詳しい話を聞かないままになってしまっていたなと思ったからだった。
「洞木さんが気にするようなことじゃないよ」
「でも遊んでないで注意してれば」
「誰もそこまで責任持てないって」
「あの……碇君?」
 ヒカリは祈るような目をしてシンジに訊ねた。
「あの二人、どうなったか知らない?」
「なんで僕が……」
「だって、ネルフの人たちが捕まえて行ったって、先生も」
 シンジははぁっと溜め息を吐いた。胸の内でうかつな校長に盛大に毒づき、なじり上げる。
 ちらりと横目をくれる、かなり深刻な表情に見えた。だからシンジは口を開くことにした。
「あのさ……」
「うん」
「本当は話したくないんだけど……内緒だよ?」
 無駄だろうなとは思いつつも、念のために忠告はしておく。
「実は二人ともね……今はネルフの牢屋に入ってる」
 顔を寄せるように指示をして、シンジは声を潜めて秘密を明かした。
「牢屋!?」
「うん。詳しいことは話せないんだけど、僕が失敗したんだ」
「失敗って?」
「うん……敵、っていうか、まあ、そういうのとなんだけど、戦っててさ。後もうちょっとだってところで、あの二人が敵のすぐ側に出て来たもんだから、攻撃できなくなったんだ。それどころか、反撃食らっちゃってさ、街も壊されちゃったし……。ネルフ本部、基地もだいぶ潰されちゃったんだ」
「そうなの?」
「そのせいで、沢山人が死んだんだ」
「え……」
「シェルターがまるごと一個潰されて……。だから、ごめん」
「碇君……」
「僕が、もっと上手くやってれば……」
 これであの二人から、自分へと関心を移してくれないだろうかと思ったのだが、甘かった。
「でもそれって、あの二人が邪魔したからでしょう?」
 はぁっと溜め息を吐いてしまう、やはりそう考えるかと。面倒くささが先に立ってしまう。
 中途半端に庇おうとしてしまった自分自身にも嫌気を感じて、シンジは素直に明かすことにした。それは一種の暴露であった。
「一応上の人たちはね、そう思ってくれてるよ。だから僕じゃなくてあの二人を捕まえてるんだ。裁判にかける必要があるからってね? あの二人のお父さんも、ネルフの関係者なんだけどね、監督不行き届きで処分されたとかって聞いたよ」
「…………」
「僕も言われたんだ、次に同じようなことがあったら、今度は迷わず踏み潰せって。次に千人が死ぬような事態になったら、もう立て直せないから、一人二人の犠牲で済ませろって……。言いたくないけど、言わなきゃならないんだって感じでさ、だから納得するしかなかったよ」
「そう……」
 二人はちらりと目を見交わした。両者ともに浮かべていたのは困惑だった。
 何人もが死ぬようなことになるよりも、友達を殺すことを選べ。そう言われたと告白を受けて、返す言葉など見つからなかったからだ。
 漫画の中にはよくある選択。だが、目前の少年が求められているのは、現実だった。
「とにかくさ、ごめんね? 僕もあんまり詳しいことは知らないんだよ。教えても貰えないしね」
「うん……」
「なにかわかったら教えるよ。それで良いかな?」
 ふたりにはうんと頷く以外の答え方が見つからなかった。

Bパート

 下校途中。
 シンジはいつもよりも軽い足取りで歩いていた。背後にはその様子を不機嫌に見つめているマナがいる。
 マナがへそを曲げている原因は、鞄の中の重みが減っていない弁当箱にあった。
「ねぇ、シンジ君」
「え? なに?」
「どこ行ってたの?」
「どこって? いつ?」
「もう! お昼! お弁当も食べないで……」
 なにを話していたの? その本心を押し隠した物言いに、シンジは内心で舌打ちを洩らした。
(マナに話すと、ミサトさんにまで突っ込まれるんだよな)
 もちろん監視の人間を通じて、報告は行っているだろう。だがマナから伝わったという口実がなければ、知らないものとして演じなければならないのがミサトの立場である。
 シンジはそれを承知していた、が。
「むぅ〜〜〜」
 これはごまかしきれないなと諦めた。
「……相田君とね、鈴原君のことを聞かれたんだよ」
「あの二人のことを?」
「洞木さんって責任感強いんだね。自分がしっかりしてなかったからって、落ち込んでたよ」
 マナは多少小走りになって、シンジの隣に並んだ。
「シンジ君はどう思ってるの? あの二人のこと」
「どうって?」
「気にならないの?」
「そりゃね、でも良い薬だよ」
「良い薬って……」
「こっちはやりたくもないことやらされてるのに、おもしろ半分にさ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあどうしてやめないの?」
「誰ももう乗らなくて良いって言ってくれないから」
 そっけなく告げる。
「みんなもう僕が戦うのが当然だって思ってる。僕はそんなことしたくないのに、誰も気持ちなんて訊いてくれない。あの二人だってそうだ」
「だから……見捨てるの?」
「見捨てる?」
「だってそうじゃない。あの二人、裁判にかけられるってことになってるけど、具体的な戦闘の内容については伏せられてるのよ?」
「それが?」
「裁判は不公平な形で行われることになるわ。その上、弁護人だって付かない」
「そうなんだ」
 マナは続いたシンジの言葉に目を丸くした。
「でもどうせ死刑になるんでしょ? 気にしたってしょうがないよ」
「本気で言ってるの?」
「だって助かる方が辛いよ? きっとね。助かってもみんなにつるし上げられて、大変なことになるだけだよ」
 信じられないとでも思っているのか、彼女の声は震えていた。
「だから……、死んだ方が良いって言うの?」
「そうだよ?」
(あ、雰囲気変わった)
 堅くなったとシンジは感じた。
「だって……友達じゃない。二人とも」
「そりゃ霧島さんにとってはそうだろうけど」
「クラスメートじゃない!」
「そうらしいね」
「なんでそんなのに冷たいの……」
「だって挨拶より先に、いきなり殴りつけて来ただけの相手だよ?」
「でも居なくなるんだよ? クラスから」
「話したこともない奴が居なくなったからって何さ? それに、疎開だなんだって居なくなってる人ならたくさん居るよ」
 マナはその場に立ち止まり、呻くように呟いた。
「あたしなら……」
「…………」
「もし、あの時あそこに居たのがあたしだったら? それでもシンジ君はそんなこと言った?」
 どうかなとシンジは素直に答えた。
「わからないよ。そんなこと」
「そんな……」
「でも僕なら言うかもしれないな」
「どうして?」
「霧島さん……」
 溜め息を吐く。
「確かにね、霧島さんには感謝してるよ? お弁当とかさ。だから気にはするかもしれない、けどね」
「助けようとはしてくれないの?」
「僕が? なんでさ」
「シンジ君……」
「だって……」
 ──君は、『マナ』じゃない。
 シンジはその告白を抑えた。
「霧島さん」
 歩き出す。
「霧島さん、僕の面倒を見ようとするのは、頼まれたからだって言ってたよね?」
 マナは酷い狼狽を見せ、シンジの前に回り込んで、訴えた。
「言ったけど、でも今は違うじゃないっ、今は友達だから、だから!」
「友達?」
「うん!」
「僕たちが?」
「違うの?」
 シンジは、そうなのかな? と問いかけた。
「だって、僕は霧島さんのことなんて何も知らないよ? 何かして欲しいとも思ってないし、してもらおうなんて考えてない。霧島さんだってそうなんじゃないの? 霧島さんは僕が考えてることわかってた? わかってたらこんな風に考える人間だって、それもわかってたはずだよね」
「そうだけど……」
「しつこいよね、霧島さんは」
「…………」
「ねぇ。霧島さんはどうして僕がこんな風に考える人間だって、受け入れてはくれないの?」
「だって」
「曲げようとして、変えようとするの? 僕を」
「そうじゃなくて」
 ぷるぷると髪を振る。
「知ってる人が死刑になるかもしれないんだよ? それなのになんとも思わないのかって」
「だから、霧島さんが気にしてるのは、自分の友達だからでしょ? 洞木さんとかもそうだよ。それを僕に押し付けないでよ」
「押し付け?」
「そうだよ。霧島さんが、こうなったらいいなって思ってるのは勝手だよ? でもなんで僕がそれにつき合わされなくちゃならないのさ?」
「そんな……」
「だって霧島さんは、ちっとも僕の気持ちなんて考えてくれないじゃないか。あの二人のせいで僕は沢山の人を死なせちゃったんだよ。殺しちゃったんだ。死んだ人の家族とかの中には、鈴原君みたいな人も居るんだろうね。そういう人たちってさ、みんな鈴原君のこと知ってるのかな? 秘密になるって言ってたよね? じゃあその人たちって誰を責めるの?」
 マナは青ざめた顔をした。今までその可能性について、まったく考えていなかったからだ。
 事情を知っているだけに、悪いのはあの二人だと考えていた。
 そこで想像を止めてしまっていた。
「ね?」
 シンジは儚く微笑んだ。
「訊いたよ、葛城さんに。霧島さんって普通の学校生活に憧れてるって」
「ミサトさんから?」
「うん。だから気になってるんじゃないの? 僕がちっとも馴染もうとしないから。だからなんとかしたいって思ってる、それだけなんじゃないの?」
「違います! あたしは友達だから」
「こだわるね」
 硬い表情を作り上げる。
「ならもう起こしてくれなくていいよ。学校にも一緒に行かない、ネルフにもね? 当然お弁当も要らないよ」
「シンジ君!」
「わからない? 僕は霧島さんになんにも望んでないんだよ。別にどうだって良いんだよ……。僕と霧島さんとの縁なんて、霧島さんが勝手に押し付けてくるものだけでかろうじて繋がってるように見えてただけなんだよ。霧島さんが僕になにを求めてるのかって、わかってるつもりだけど、でもそういう押し付けは嫌いなんだ」
 そうさと誰かが叫びを上げた。
 ──あたしを見て!
「物で手なずけようとしたって駄目だよ。恩を着せたって僕は動かない。感謝なんてするもんか」
「どうして……」
「信じられないから」
「あたしが!?」
「霧島さんは、上辺だけだから」
 はっきりと呼吸が止まる。
「そうでしょ? 仲の好い友達の形を作り上げようとしてるだけでしょ? だから霧島さんは僕の気持ちなんて考えようともしなかった。違う? 霧島さんは僕に自分のことを話してくれなかった。違う?」
 マナが動揺を見せたのは、後半の言葉に対してだった。
「それは……」
「そうだよね。霧島さんと話したことなんて、大したことじゃないことばかりだよ。霧島さんがどんな人間なのかって、それも人から聞かされたことだけだ。それも霧島さんとは仲良くして上げて欲しいって、押し付けるためのものだった。僕は霧島さん自身から、何が好きで、嫌いで、何をどう思ってるか、なんて、聞いたこともないよ」
 ──小さく薄い唇が噛み締められる。
「僕は思ってたよ。どうして霧島さんはお弁当なんて作ってくれるんだろうって。頼まれたから? 誰かに。それともただ親しくなりたいだけなの? それとも餌付けしようって腹積もりだったの? ねぇ。そんな風に思われてるなんて想像したことある?」
 じっと待つシンジに根負けして、マナは呻くように口にした。
「……ない」
「だよね」
 大きく頷く。
「僕たちの間なんて、そんなものなんだよ。霧島さんは勝手に気持ちが通じてると思ってた。僕は鬱陶しいなって考えてた。……なんにもないんだ。ただ顔見知りってだけで、他には何もないんだよ」
「でもあたしはシンジ君と友達になりたいのよ!」
 シンジはふぅっとため息をこぼした。
「霧島さん」
「……うん」
「友達を増やしたいの?」
 何を言うのだろうかと、眉間に皺が寄せられる。
「ならもっと好い人を選びなよ。僕は遠慮する」
「どうして? あたしが嫌いなの?」
「僕は人形じゃないんだよ」
 その時シンジの脳裏には、綾波レイのことが思い浮かんでいた。
(そうさ)
 睨み付ける。
 過去の『悪行』を思い出し。
「友達だなんて嘘だ。霧島さんの考えてる友達って人形と同じじゃないか。さあ起きて、ご飯ですよ。学校に行きましょうね。僕は霧島さんの人形じゃないんだ」
(でも僕もそうだった。綾波を人形みたいに思ってた。話を聞いてくれる人形だって思ってた)
「だから僕は霧島さんと付き合いたくない」
(綾波も僕を避けたかったのかもしれない)
「霧島さん……」
 シンジは柔らかく付け足した。
「僕はね、とても大事にしなくちゃって決めてた人が居たんだよ。もう死んじゃったけどね」
 マナは反射的に顔を上げた。だが脇をすり抜けられて、顔を見ることはできなかった。
 背中が拒絶を表している。
「その人はね……僕のことならなんだってわかるって言ってくれたよ」
 ──ぐじぐじすんのはやめなさいよね。あんたまた昔のこと考えてたでしょ? はぁ? あんたバカぁ? あんたがなに考えてるか、なんて、わからないわけないじゃん。
「僕もだよ……。僕もその人のことなら、なんだってわかるようになってた」
 もっとも、そっちは幻想だったかもしれないけれどと、シンジは軽い絶望を交えて口にした。
「霧島さん。上辺だけで付き合いたいなら、他の人を選んでよ。楽しくやって、浮かれたいだけなら、他にいくらでもいるでしょう? でも僕は、もうそんな友達なんて、いらないんだ」
 マナはもう一度だけ食い下がった。
「どうして?」
 シンジは肩越しに、ようやく彼女に笑顔を見せた。それはマナが思わず頬を紅潮させて、見とれてしまうほどのものだった。
「僕はこの世で一番の友達ってものを知ってるんだ。だからそんな友達なんていらないんだよ」


 ──ネルフ本部。
 ミサトが自動販売機で何を買うか悩んでいると、しょぼくれた顔をしたマナが通りがかった。
「マナ?」
 呼びかけてみても、応答がない。
 そのまま通り過ぎて、行ってしまう。この先にあるのはリツコの部屋だ。
「なに?」
 相談にでも行くつもりなのだろうか?
 ミサトは泣いているようだったと思った。シンジにでも傷つけられたりしたのだろうか?
 後で聞いてみよう。ミサトはそう判断した。


「ただいま……」
 ──おかえり!
 薄暗い部屋だというのに、光り輝く、眩しい少女の幻が見えた。
 くるりと回って、髪を広げ、腰の後ろに手を組んで、前屈みになって笑ってくれる。
「アスカ……」
 シンジは、壊れかけの笑みを浮かべた。
 ──どうしたの?
 奥に進んで、ソファーに座ると、背後から背もたれに胸を乗せて、顔をのぞき込むようにして、絡んできた。
「今日ね……霧島さんと、喧嘩したんだ」
 ──なに? デートするようになってたのに?
「言わないでよ」
 幻影だとわかっているのに、無視できない。
「アスカ……」
 ──なに?
「僕は……狂ってしまいそうだよ」
 シンジは手で顔を覆い隠すと、そのまま体を折って、うなだれた。


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