側面からの攻撃を受けて、護衛艦がくだけ散る。
 次にシンジが足場としたのは、戦略自衛隊所属の駆逐艦だった。
「くっ」
 やけに細い船体、そのためにバランスが取りづらい。
 一瞬よろけて、転覆しかけた。
「武器は」
 シンジの思考に応じて、素早く携帯兵器の情報が表示される。
「両肩の武器だけ!」
 再び飛んで、零号機は眼下に使徒を見下ろした。高く飛翔して行く。しかし背中のケーブルに邪魔をされた。
 弛んでいた分を波間に沈めてしまっていた。そのために海中より引き出す形となってしまって、酷い抵抗を受けてしまった。


「くそ!」
 毒づいたのは艦長だった。
「これでは魚雷も撃てん!」
「エヴァンゲリオンの落下予測地点に艦を移動させるのを忘れるな!」
 副長が的確な指示を出す。
「トライデントは?」
「単独行動中です、使徒を追尾」
「呼び戻せ! バリアがあっては手が出せん」
 ここに来て、ようやく艦長はそれを認めた。
「雷撃も中止だ! 人形の足場の安定を優先させる。波を起こすな!」
「我々にできるのはそれだけですな」
「海域が悪い。これでは爆雷の効果が出ん」
 リツコはどういうことかと艦長に訊ねた。
「使徒にはATフィールドがあります。それでも効果を出せるのですか?」
 使徒を双眼鏡で追いかける。
「魚雷や爆雷は元々そう大きな破壊力を持つものではない。それが威力を発揮するのは水中であるからだ」
「水圧が爆圧を拡散させることなく収束させるように働くから、ですか?」
「そうだ。だがここは浅過ぎる」
「……そういうことですか」
「爆発は水柱を上げて海上へと逃げる。水中爆雷本来の威力は期待できん」
 彼はちらりと地平線の彼方に目をやった。
「ここが外洋ならば、やりようがあったものを……。使徒のバリアは直接の衝撃は跳ね付けるようだが、泳ぐためには水に浮かばねばならん。実際、海流に抵抗を受けているようだからな。ならば爆雷による爆発で包んでやれば、圧力によって少なからずダメージを負わせることができたはずだ」
「なるほど……」
「なにかないのかね、こう、あの人形には」
「…………」
 使えん、とは言わなかった。それは期待のし過ぎだと艦長にもわかっていたからだ。


「きゃあああああああ!」
 落ちてしまうとマユミは盛大に悲鳴を上げた。
「この!」
 船を回り込ませてくれてはいる。それはデータリンクした旗艦からの情報でわかってはいたが、だからと言って場所が悪かった。
 移動して来る艦が壊された。使徒が巨体を武器に粉砕したのだ。
 だがマユミはもっと嫌なものを見てしまった。
「口!?」
 顎を開いて、噛み砕いたのだ、使徒は。
『こっちだ!』
 通信機からムサシの声が飛び込んで来た。
 船を失い過ぎていた。艦隊右翼はほぼ全滅している。トライデントがフォローに回ろうとしてくれているのが、かろうじて視界の端に捉えられた。
「お願い!」
 シンジは迷わずトライデントの上に着地した。零号機の重みに推力を削られ、トライデントはぐらついた。
 僅かに沈み、失速しかける。
「このぉ!」
 ムサシが吼える。トライデントの推力がそれに呼応してパワーを上げた。無理矢理舳先を水上へと持ち上げる。
「うまいものね」
 リツコが呆れた物言いで口にした。
 トライデントをジェットボード代わりにして、零号機は一旦は使徒から逃げた。
 しかし使徒は既に、零号機の弱点を見抜いていた。
『シンジ君!』
 通信機からの声に振り返り、シンジは使徒が大顎を開いてケーブルに噛みつくのを見てしまった。
「しまった!」
 咬み千切られる。ついでに背中を引っ張られて、零号機は海中に落ちてしまった。


 深い蒼の底で、零号機はぷかりと浮いた。
 背中のソケットをパージする。
 使徒は警戒するように一定の距離を保って回っている。
「襲って……来ない」
 シンジは気を抜かずに使徒を睨み続けた。
「こっちの反応を窺ってるんだ」
「どうすれば……」
「わからないよ」
 ミサトさんもいないし、と口にしかけて、彼はやめた。
 ちらりと少女の顔色を確認する。
 シートの背に縋り付いて、震えてはいるが、気を失うほどではないようだった。
 だが助けを期待できるレベルじゃないなと前を向く。
(アスカの前じゃ、あれだけ恰好をつけてたくせに。頼るものが無いと、こんなものなのか、僕は)
 シンジはこの程度なのかと、自分自身に失望し、笑った。──その時だった。
『だらしないのねぇ! サードチルドレンのくせにぃ!』
 耳朶を懐かしい声がくすぐった。
 シンジはくすっと笑ってしまった。
 今になって、あの時のアスカの気持ちがわかったからだ。
(アスカはきっと……凄い奴を想像してたんだろうな。それが拍子抜けしちゃって)
 だからあんな言い方をしたんだろうなと、シンジは思った。
 レバーを引く。
 零号機が顔を上げる。
 電源カウンターの残量が勢いよく減り始める。
(サードチルドレンがどんなものか)
 シンジは幻のアスカに対して不敵に笑った。
(見せてやるよ!)
 零号機の一つ目が、異様な輝きを使徒へと放った。


「なにごとだ!?」
 水柱が噴き上がる。
「あれは!?」
「零号機!?」
 誰もがその現象に驚いた。
 水柱を起こし、その中から飛び出したのは、零号機だった。
 重力に負けて落下する。しかし着水寸前、零号機は海面に衝撃波を叩きつけ、水平飛行に移行した。
 そのまま上昇に転じて舞い上がる。
「そんな!?」
 リツコは呆然と口にした。
「エヴァは空を飛べるというの!?」
 太陽の中に隠れてしまう。
「やはりあの子なの!? エヴァではなく!」
 ──アスカ!
 空を舞う。
 その様はシンジの知らないことではあったが、戦略自衛隊と事を構えた時の、アスカが駆った弐号機の飛翔に酷似していた。
(ライバルだって張り合おうとしてたのに、肩透かしを食らって、苛ついて……。でも今の僕なら、アスカもきっと!)
 ──行くよ!
「うわぁあああああああ!」
 真下に使徒を見付けて突撃する。衝突の激震に揺さぶられ、きゃあとマユミが悲鳴を上げた。
 使徒の背中に取り付いて、シンジは力任せにエヴァの左手を食い込ませ、中にあった骨らしき物を掴ませた。
 水面を滑るように跳ね暴れ、使徒がもがく。だが左腕を肘まで潜り込ませたエヴァンゲリオンは、決して振り落とされはしなかった。
 隙を見て、シンジは膝を突くように足を曲げさせた。右手を添えて、力任せに使徒の外皮を引き剥がしにかかる。
 メリメリと嫌な音がした。徐々にせびれごと使徒の背の皮が浮き始める。
 裂け目が広がり、使徒が悶える。ついにシンジは使徒の背中の皮を、三分の一以上剥ぎ取った。
「うわぁ!」
 苦しみ跳ねた使徒に振り落とされる。水の中に沈みつつ、シンジは使徒はどこかと見廻した。
「あ……」
 耳障りな声の主はもちろんマユミだった。
 使徒は一キロほど先の位置で漂っていた。潮の流れに乗って遠ざかって行く。
 その背中流す血を、海流に広げて泳いでいた。
「怒ってる……」
 マユミは体を抱いて震え上がった。貧血で今にも倒れてしまいそうになっている。
 ぐんと体を上下に振って、使徒は勢いよく泳ぎ出した。突進して来る。一キロなどという距離はすぐさまゼロに近くなる。
 使徒の突進を両腕を突っ張り受け止める。──衝撃に見舞われる。使徒は顎を開いて零号機の手を振り払った。そのままこの人形を噛み砕こうとする。
「この!」
 咄嗟に身を捻って避けさせることには成功したが、ひれに跳ねられシンジは激痛に歯を食いしばった。
「くうう」
 右腕を押さえる。
 フィードバックに骨が軋みを上げている。
 もう一撃与えるために、使徒は大きくターンした。しかしその動きは弱々しいものになっていた。
「い、碇君……」
 シンジは大丈夫かと心配するマユミを手で制した。
「まだだよ、まだだ」
「でも……」
 マユミは蒼白になって使徒を見た。
「血を流し過ぎて、疲れてるみたいです……。もう」
 シンジは小さくかぶりを振った。
「使徒はあれぐらいじゃ死なないよ。だから倒せる時には倒さなくちゃいけないんだ」
「けど、もう……」
 良いじゃないですか。半分泣きそうになっているのは、シンジの額に脂汗が浮いて見えているからだった。それに……。
(電源のカウンターが)
 もう零になる。
「倒すんだ、アスカ」
(アスカ?)
 マユミは再びシンジの顔を見ようとしたが、それを許される暇はなかった。
「うわぁああああああ!」
 使徒が再び突進して来る。それを零号機は両腕を広げて迎え撃った。
 右の拳を真っ直ぐに繰り出す。
 使徒の鼻面と拳がぶつかり、間に金色の干渉壁が瞬いた。
 ──海上に金色の障壁が直立する。
 ごしゃり。先に潰れたのは使徒の鼻先だった。衝突した勢いそのままに、鼻から顎、体とひしゃげ、潰れていく。
 マユミは口元を手で被って顔を背けた。あまりにも吐き気を催す潰れ方だったからだ。とても真正面から眺めていられるものではなかった。
 拮抗が崩れる。零号機が拳を振り抜いた。
 海中だけに間抜けた感じでバランスを失い、踊ってしまう。四散した使徒であったものの臓物が海中を流れる。
 ピ────! カウンターが零になる。マユミが不安に泣き声を上げた。
「沈みます!」
 しかし。
「大丈夫だよ……」
 シンジが脱力するのに合わせて、零号機は沈むことなく浮上を始めた。
 仰向けのまま、波間にぷかりと浮かび上がった。
 そして再度沈まぬ内に、トライデントが合流した。


「まったく無茶をしたもんねぇ」
 呆れるミサトに、リツコは疲れたように報告した。
「水中戦を考慮しておくべきだったわ」
「ま、それはこっちの仕事だからね」
 急遽佐世保へとやってきたミサトの言葉に、リツコは慰めてくれているのかと苦笑した。
 二人の横ではぼろぼろの空母から零号機がつり上げられ、下ろされようとしている。
「太平洋艦隊は全滅に近い状態よ。ここで零号機を降ろして弐号機を積んで行ってもらうつもりだったのに、それもできそうにないし」
「弐号機は?」
「本部に持ち帰るしかないわね。零号機ごと」
「そう……」
 ミサトは浮かない顔をしているなぁとリツコの横顔を眺めていた。それはリツコが戦闘中に抱いた懸念が原因だった。

(どうして右手を添えるの?)

 それは使徒の皮を剥いだ時のことだった。右利きなのだから、添えるべきは左手のはずなのだ、なのに。
 そう思い、リツコは待った。シンジが零号機から降りて来るのを。
「ご苦労様」
 そう言って、リツコはシンジへとコーヒーの缶を投げよこした。
「あ」
 シンジはと言えば、リツコの予想通りに、そのなんでもない勢いの缶を取り落とした。それも受け止め損ねたのではなく、力の加減を間違って、手の内から滑り落とした感じであった。
「シンジ君」
 苦笑いしながら左手で拾い上げようとしたシンジは、腕を掴んで立ち上がらされた。
 はらはらとするマユミを無視して、リツコは恐い顔をして、シンジの右手をくっと握った。
「リツコさん?」
「握り返してみて」
「…………」
「さあ!」
 シンジは少し辛い顔をして、その手に力を込めてみせた。
「シンジ君……あなた」
 リツコはその握力に愕然とした。
 ほとんど力を感じられなかったからである。
「あなた……、こんな、いつからなの?」
 その質問に対して浮かべられた表情の儚さに、リツコは身が凍るような思いをした。
「シンジ君……」
「霧島さんには」
「…………」
「内緒にしておいてください」
 リツコは思わず息を呑んだ。
「どうして!」
「こんなこと知られたら、霧島さん自分のせいだって」
「そうじゃなくて!」
 リツコは泣きそうな顔をして声を震わせた。
 シンジの両肩を押えて揺さぶった。
「マナから聞いたわ。あなたにとってわたしたちなんてさほど価値のないものなんだって。なのにどうして? 何故そこまで我慢するの? 我慢してしまえるの? 何も言わずに耐えてごまかしてしまえるの? どうして」
「どうしてって……」
「やる気がないのはわかっているわ。義務感も使命感もまるで感じていないのも。なのにどうしてここまで辛いことに堪えられるの? あなたは」
「…………」
「わたしたちを恨むどころか、何もないことにしてしまおうだなんて、どうして」
 そうしてようやく引き出せたシンジの答えは、困惑するだけのものだった。
「負けたくない、それだけですよ」
 その意味は、リツコにはわからなかった。
 もちろん、事情を知らないマユミには、もっとわからない話である。
 シンジはもう良いですかと離れると、左の手で缶を拾い上げ、持ち上げた。
「これ、ありがとうございます」
 背を向けられて、リツコはそれ以上問いつめることができなくなった。
 そんなシンジの頑な態度が、リツコに釈然としないものを感じさせていた。

Bパート

 難しい顔をしているミサトが居る。
 彼女が睨んでいるメインモニターには、海中を泳いでいる巨大な人型の影が映し出されていた。
 国連軍の哨戒機が、真上から捉えている映像である。
 セカンドインパクトに伴う高波によって傾いているビルが、その後の海面上昇によって水位を上げた波の間に頭を見せている。
 怪物はその合間を縫うようにして泳いでいた。
 ──使徒である。
 また別のウィンドウには、太平洋沿岸部の地図が表示されていた。
 第三新東京市より、光点が海岸線に向けて移動している。
 輸送されているエヴァ初号機ならびに零号機のマーカー反応であった。
「なんとか使徒上陸前に戦線を構築できそうだけど」
 そうですねとマコトが相づちを打つ。
「でも大丈夫なんですか? 零号機……」
「技術部は問題ないって言ってるわ」
「でも零号機って、弐号機徴発に伴う代替機として、ドイツに送った機体なんでしょ?」
「ええ。武器開発のためにも、テスト用の機体は必要だったもの」
「それを戦闘用の装甲に交換したからって」
 ミサトはそんなことよりも、と口にした。
「使えるかどうかわからないのは、パイロットの方よ」
「それは……」
「二人とも……、あまりにも戦闘に向いてないのがね」
「シンジ君もですか?」
 そうよと頷く。
「だってあの子には、使命感なんて欠片もないもの。ただ目の前で誰かが死ぬのは嫌だから戦ってるだけ、そのためなら……」
 マコトはミサトの言葉に黙らされてしまった。
 自爆までしようとした理由が、それなのだと言われては、恐くもなる。
 リツコもまた苦い顔をした。
 この間の港でのやりとりが思い出されたからである。
「なのにファースト、セカンドチルドレンはただのお荷物」
「葛城さん……」
「むしろシンジ君の……いえ、シンジ君と初号機の力が飛び抜けすぎてるのよね、それはわかってる。でも」
 とても渋い顔になる。
「あの子はその力を逃げ出すためのものとして見てる。目の前の嫌なことから逃げ出すことにのみ使っているのよ。だからあの子に戦わせるためには、どうしてもマナやマユミに、危ない目にあってもらうしかない」
 やっかいだなと口にする。


「使徒か……」
 シンジは相手を確認していた。
 浅瀬にたどり着いたのか、使徒は泳ぎをやめて立ち上がった。
 まだ腿と思える部位から下は水の中である。使徒の体表面では、ざぁっと潮が滝となって流れ落ちていた。
 周囲には朽ちかけているビルの頭が、波の間より突き出している。足場にするには脆そうだった。
 ちらりと電源のチェックをする。
 一般の交通網を遮断してまで送り込まれた電源車両が、いくつも連なり準備している。
 初号機を立ち上がらせたところで内蔵電源の三割を失ってしまっている。輸送用のF型装備で空輸を受ける間にも、いくつかの動作を要求されて、起動と停止をくり返している。
 戦闘中のトラブルを考えると、これ以上の消耗はできない状態だった。
 ソケット接続の指示が下り、シンジはエヴァを再起動した。
 背中にソケットを接続する。即座に通電状態となる。予備電池にも充電が開始される。
 使徒の上陸まであと五分。第三新東京市での起動と違って、電圧の上がり具合が今ひとつ鈍い。
 隣では零号機が似たように膝を突いて駐機している。
『シンジ君』
 ミサトの声に、はいと答える。
『現場の指揮は任せます』
(え?)
『初号機の問題もあって、悪いけど、わたしは本部待機が命じられているから』
 シンジはああと納得の声を出した。
 ミサトの表情に察してくれと言う色合いも見える。同じく耳にしているはずのマユミには知られたくないのだろう。
(サードインパクトを起こされたりしたらって、警戒されてるってわけだ)
 初号機が起こす物理的な破壊衝撃も、これだけ離れている上に、ジオフロント地下に篭もっていれば、逃れることができるかもしれない。
 少なくとも、この地に居ては、確実に死を迎えることになるだろう。そのための措置だと思えた。
 シンジは再び零号機を見やった。可愛そうだなと思ったのだ。
(そりゃパイロットなんだから、当たり前なんだけどさ)
 司令官は安全地帯で、兵士はいつも前線で。
「……僕のやりたいようにやっていいんですね」
『ええ』
「わかりました」
 次にシンジはマユミを呼び出すと、バックアップを彼女に頼んだ。


 戦闘が開始される。
「きゃあ!」
 初っぱなから悲鳴が上がった。見当違いな場所にパレットガンの弾が着弾し、水柱が上がった。
「山岸さん!?」
『ご、ごめんなさい』
 おたおたと零号機が構え直している。
 どうやら反動に驚いただけのようだった。
 頼むよ、ほんとにと、初号機が再び駆け出した。
 手にしているのはソニックグレイブである。
「行きます」
 大きく踏み込ませる。飛ぶような真似はしない。
 足下の水を大きく散らしながら、初号機は使徒の懐に飛び込んだ。
 低い位置から、横に一閃、使徒を切り裂く。
『凄い!』
『シンジ君!?』
 マユミの感嘆の声に同意しかけたミサトであったが、次なるシンジの行為に驚かされてしまっていた。
 初号機は落ちた上半身を足で蹴って飛ばしたのだ。軽く五百メートルほど飛んで、落ち、水没した。
『どうしたの!?』
『葛城さん! 使徒のエネルギー値、変化してません!』
『なんですって!?』
「この!」
 残った下半身にソニックグレイブを突き刺し、地に縫い止める。
 さらにプログナイフを装備して、逆手に突き立て、引き裂こうとした。
 ──水中より爆発。
 吹き飛ばされた初号機が宙を舞い、背中から落ちる。


「きゃあ!」
 マユミは真横に落ちた初号機に悲鳴を上げて身構えた。
「あ、あ……」
 ピクリともしないその姿に恐怖を覚え、そして視線を感じる。
『マユミ、逃げて!』
 水の中より、切り裂かれる前と同じ形状の使徒が現れた。
 さらに腰だけとなっていたものも、上半身を再び生み出し、復活した。
『分裂するなんて!』
『マユミぃ!』
 二体の使徒の目が光り、そしてマユミは目を逸らすこともできなかった。


 ──映像が終わる。
「本日三時五十八分十五秒。第七使徒甲の攻撃を受け零号機沈黙」
 ネルフ作戦会議室。
「その後、初号機復帰なるも決定的な効果を認められず、四時三分を持ってネルフ総司令の指示により作戦指揮権を国連第二方面軍に移行」
 空を飛ぶ爆撃機が映し出される。
「同ゼロ五分。新型N爆雷によって目標を攻撃」
 地図が表示される。
 湾岸線に、巨大なクレーターが誕生していた。
「これにより使徒構成物質の二十八パーセントの消却に成功」
「継続攻撃はなかったんですか?」
 マナが報告しているマヤに訊ねる。
「……N爆雷は開発されたばかりで、実戦配備されていたのはこれ一つのみでした」
「ま、足止めできただけでも儲けものだな」
 部屋が明るくなると、この場には総司令、副司令、作戦部長、技術部主任の姿もあった。
 パイロットは、マナのみである。
「で、シンジ君たちの容態はどうなの?」
 ミサトの質問には、リツコが答えた。
「マユミは落ち込んでる状態ね。シンジ君が怪我をしたのが堪えたみたいよ」
「フィードバックがそんなにあったの?」
「いいえ。零号機をかばったために、衝撃波でね、プラグのシートに後頭部をぶつけたのよ」
「大丈夫なの?」
「けろっとしてるけど、一応検査を受けてもらってるわ」
 その際の様子も映し出される。
 N爆雷が投下されるのを背景に、初号機が零号機を引きずり持って逃げようとしている。
 だが、間に合わない。
 初号機は零号機を投げ出すようにして、その背に覆い被さり、ATフィールドを展開した。
 卵状の繭が爆発の中にくっきりと浮かび上がり、そして……飲み込まれる。
「……初号機と零号機は?」
「致命的なところはないわ。でも今回の件について、技術部からの要請があるの」
「なに?」
「訓練内容の変更よ。人をかばうときにはこれ……背中から覆い被さるのも良いんでしょうけど、プラグは背中にあるのよ。こういった場合には正面を爆発の中心地に向けて、ATフィールドを張るように願いたいわね」
「わかりました」
 それでとミサトはゲンドウに窺う。
「この後は……」
「権限はネルフに戻された。後は君たちの仕事だ」
 はいと、ミサトとリツコの声が重なる。
「醜態にもさらしようがある。無様でも使徒に勝てれば問題はない。だが結果が伴わないのではただの恥だ」
「葛城、赤木の両名は、検討の結果を司令室まで持ち上がってくれ、以上だ」


 コウゾウが締めたことで、会議は一時打ち切られた。
「シーンジ君」
 さっさと引き上げて病室に顔を出すマナ、だが。
「あれ?」
 病室は空であった。
「どこに行ったんだろ?」
 まだ検査かなぁ? そうぶつぶつと口にしながら病室を出たマナは、廊下の窓からぼんやりと外を眺めていた、マユミと目が合ってしまった。


「ふぅ……」
 シンジは、医療棟に隣接して作られている、ドーム型の公園の中に居た。
 サナトリウム的な色合いのある公園で、天井は透明な特殊素材で覆われている。
 天井都市からの光量だけでは足りないからか、それを支えているフレームには、一定間隔で照明灯が付けられていた。
 小さながらも池があり、池の畔にはブナの林があり、シンジはその林の中にある開けたスペースのベンチに腰掛け、のんびりとしていた。
「お、シンジ君じゃないか」
 シンジはやけに馴れ馴れしいなと首だけを巡らせた。
「加持さん」
「よぉ、暇そうだな」
 それはあなたでしょう、という言葉を飲み込む。
「ここ、病院ですよ?」
「知ってるよ」
「なんの用があったんです?」
「ま、野暮用だよ」
 加持もまた、君に会う用事さとは口にしない。
 断りもせずにシンジの隣に腰掛けて、どうだった? と彼は訊ねた。
「マユミの感じは」
「感じですか?」
「ああ。気になってね……、あの子は戦いに向いてないから」
 それは僕もですよと口ごちる。
「向いてるか向いてないかなんて、そっちが勝手に決めてるだけじゃないですか」
「そうかな?」
「そうですよ」
「じゃあ君はあの子もやれるようになるって思ってるわけだ」
「慣れですよ、こんなものは」
 それは確かにそうだなぁと加持は笑った。
「でもそのためには時間が必要だ……経験と自信を身につけるためのな」
「そうですけどね……」
「君が守ってやってくれるかな?」
「……加持さんもですか」
「ん?」
「なんでかみんな……霧島さんのこともそうだし、僕に押し付けて。なにを期待してるんでしょうね」
 加持は苦笑いをしてごまかした。


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