足止めに成功したこともあって、国連軍は無用の刺激は避けるようにとの判断を下していた。
 五キロほどの距離を置いて、国連軍及び戦略自衛隊の陸上部隊が展開している。活動を休止している使徒に対する共同監視団である。
 その内の、国連側の士官らしき兵士が、双眼鏡を覗いて口にした。
「あともう二・三発あればケリが付きそうなものだがな」
 見る限りに置いては、使徒の表面はケロイド状に焼けただれて落ち剥がれている。ゴムのように垂れ流れているのだが……。
「まあ、見た目だけではわからんか」
 双眼鏡よりもはるかに観測精度の高い望遠カメラで拡大すれば、表皮の下にすでに再生された新たな皮膚が確認できる。それもはるかに硬度の増したものがである。
「一匹目もそうだったな」
 防御力の向上が見られたというデータは貴重であった。
 だからこそ、ネルフの決戦兵器でも対抗できないような状態にまで引き上げさせないようにと、彼らは攻撃を控えさせられることとなっていたのである。


 ──ネルフ本部。
「え?」
 発令所。
 きょとんとし、マナは正面に立つミサトを見上げた。
 ミサトの向こうではリツコと加持リョウジ、それにオペレーターたちが苦笑している。あるいはなんとも言い難いような表情をして、彼女の反応を窺っていた。
「互いの損傷部を補完修復し合う使徒に対する攻撃方法はただ一つ! 分離中のコアに対する二点同時荷重攻撃……これしかないわ」
 だからとミサトは言い放った。
「そのためにシンジ君とマユミちゃんには一つの部屋で……」
「却下却下却下大却下ぁあああああ〜〜〜!」
 断固として反対するマナである。
 彼女の背後にはズンと表情を暗くしている山岸マユミと、他人事だとでも思っているかのような顔をしているシンジがぼんやりと立っていた。
 ──ミサトに泣きつく。
「なんでシンジ君とマユミがっ、それも一週間近くも二人っきりなんて!」
「ちゃんとモニタで監視はするんだから……、まあ合意の上でならこっちも野暮な真似はしないけど」
「する! ちゃんとする! 邪魔するのぉ!」
「はいはい。とにかくシンジ君とマユミちゃんはあたしと一緒に。加持」
「へいへい」
「あっ、加持さん! ちょっとなにすんですかぁあああ、嫌ぁあああああああん!」
「…………」
 ミサトはきりきりと痛むこめかみに指先を当てて頭痛を堪えた。
 その心中は、マヤがぽつりと代弁した。
「センパイに迫られてるときの葛城さんみたい」
 どういう意味だとリツコがひきつる。


 シンジとマユミが案内されたのは、本部棟脇にある特別官舎の一室であった。
 ベッドが二つ。キッチンはない。冷蔵庫はあったが中身はスポーツドリンクと栄養剤のみであった。
 シャワールームは一つである。
「着替えは勝手に用意させてもらったから」
 落ち着かない様子のマユミに、ミサトははぁっとため息をついた。
 モニタで監視していると言っているのに、それでも監視カメラのことよりも、シンジと一つの部屋で寝泊まりすることの方が重大事らしい。
 その点に置いて、あまりにも異性を意識しすぎているなと感じられてしまうのだ。
「マユミちゃん」
「はっ、はい!」
 だから、ミサトは忠告しておいた。
「あなたの性格はわかっているわ……だからこその同居なの」
「え……」
「とりあえず、シンジ君に慣れてちょうだい……」
「はい……」
 男の子に慣れろというものの言い方もおかしくはあったが、マユミは自分自身の性格というものを知っていたのか、比較的素直に了承した。
「わかりました」
「じゃあ、シンジ君、あとヨロシクね」
「はい」
 ドアが閉まる。
 しばらくは二人でその扉を見つめていたが、先にシンジが目を逸らした。
「山岸さん」
「はっ、はい!」
「……座ったら?」
「はいっ」
 ひきつって、声が裏返ってしまっていた。
 ベッドの端へとぎこちなく腰掛けたマユミに、シンジは冷蔵庫から取り出したドリンクを渡した。
「山岸さん……」
「はい!」
「なにも泣かなくても……」
「え!? あ、ち、違うんです、これは……」
 目尻に涙がにじんでいる。
「そんなに緊張する?」
 しゅんとなる。
「はい……あの、碇君は?」
「僕は慣れてるからね」
「慣れて……」
「変な意味じゃないよ? 友達で集まって、雑魚寝してって、そういう経験ないの?」
「ありません……」
「どうして?」
「…………」
「話したくない?」
「…………」
 ふぅっとシンジは肩をすくめた。
「山岸さん?」
 優しい声音に、マユミはおどおどと顔を上げた。
 そこには期待通りの笑みがあった。
 あ……とこぼす。マユミは羞恥から顔を赤らめた。
「ごめんなさい」
「いいけど……」
 話が進まないなぁと後頭部を掻く。
「人にかまってもらいたいって思ったら……人に傷つけられたくないって思うなら、山岸さんが話してくれなくちゃわからないよ」
「話す……」
「そうさ。僕にはなんでもない話でも、山岸さんには考えたくないようなことかもしれない。そういうことってあるだろう?」
「はい……」
「だったらさ。せめてこういうことは聞いて欲しくないんですって教えてくれないと、僕にはどうにもできないよ」
 マユミはしゅんとし、かぶりを振った。
「無理です……そういうの、苦手だから」
「わかるけど……」
 ……シンジは前途多難だと表情を困らせた。


「ふぅ……どう? 調子は」
 二人を置いて部屋を辞したミサトは、そのまま監視を行っているモニタールームへと足を運んでいた。
 チェックしているのはマコトである。
「積極的ですね、シンジ君は」
「そう……あんまり想像できないけどねぇ……」
「変な意味じゃないですよ?」
 さっきシンジ君もそんなこと言ってたなぁと、彼は頭の裏のどこかで思った。
「ファーストの反応があまりにも……それで」
「あの子も可愛そうだと言えばそうなのよね」
「保護者の仕事の都合ですか?」
「ええ。世界中を転々とさせられて、ろくに友達なんて作れないまま……。まああの子の経歴を考えればそれもやむなしなんだけどね」
「経歴ですか?」
「……忘れて。あたし以上の人間だけが知ってるような話よ」
「わかりました」
 素直に従う。
 聞いて気持ちの良い話ではないのだろうと察しが付いたからでもある。
 ──ごめんなさい。
 マユミの声に、二人は自然と耳を傾けた。
『でもどうして良いかわからないんです』
『考えすぎることないのに……』
『でも……』
 本当は怒っているんじゃないですかとマユミは問いかけた。
『わたしのせいで、怪我までして……』
『怪我したくないなら、こんなとこいないよ』
『でも』
『山岸さんもさ、やりたくないなら、それでも良いよ』
 マコトははっとしたようにミサトを見た。
 彼女がなにかを言い出すのではないかと、怒るのではないかと考えたからだ。
 しかしミサトは黙り込んでいた。じっとモニタを見つめ、真剣に会話を聞き取ろうとしている。
『それでも出なきゃいけないって思うなら、後ろで見てるか、せめて銃を撃てるように練習して、戦ってるように見せかけられるようにはなってよ』
『…………』
『山岸さんのことを、足手まといだって思ってるわけじゃないんだ……僕だって恐いんだからさ』
『恐い? 碇君が?』
『当たり前だろ?』
『でも……』
 マユミが考えていることはよくわかる。
 洋上戦闘の様子を思い起こせば、怖がっているとは思えないのだ。才能では片づけられないものがある。
『でも僕は、もう終わってる人間だから……』
『終わってる?』
『そうさ。僕はもう、死んでも良いってくらいに、満足してる人間なんだよ。だから……』
『アスカ……』
『え!?』
『あ! ごめんなさい……』
『……いいよ、でもどうしてアスカのことを?』
『違うんです! この間零号機の中で……碇君が口にしたの、聞いたから』
『ああ……そっか、ごめん』
『いえ……』
 わずかに間が空く。
『僕だって……』
 シンジは絞り出すように声を発した。
『僕だって、流されてる方が楽だって思ってた』
 はっとするマユミである。
 その言葉になにかを感じ取ったのは明白だった。
『碇君……』
『でももう嫌なんだよ』
 にっこりとシンジが微笑む。
 それはこの話題はもうお終いだというゼスチャーだった。
『とにかく慣れてよ……わがままを言われるのには慣れてるけど、山岸さんみたいに遠慮されるのには慣れてないんだ』
 そっちの方が疲れるんだよと口にされ、マユミは努力しますと、ボツボツと答えた。


「う〜〜〜」
 ほんと、ご機嫌斜めだなぁと、加持は苦笑せざるを得なかった。
 自動販売機のコーナーに人気はなく、加持とマナは二人きりでベンチシートを占領していた。
「そんなに気に入ってるのか? シンジ君のこと」
 ボッとマナは赤くなった。
「あっ、えっと、その……」
「でも正直、わからないな」
 そんな様子を横目にしながら、加持はコーヒーを口にした。
「確かに戦闘記録じゃとんでもないところばかりだけど、普段の彼はああだろう?」
 決して人付き合いが良いわけではなく、挙げ句にそっけなくて面白みもない。だが……。
「それは加持さんがシンジ君を知らないってだけですよ!」
「そうかい?」
「そうです! シンジ君……ほんとは無愛想に見せてるだけなんだから」
 加持にその言葉を疑うつもりはなかった。船上でのわずかなやりとりだけでも、彼がネルフの思うような子でないことは明らかなのだ。
 なによりも彼に喫煙経験があるなどという報告はどこからも上がっていない。
(でも慣れてたよな……)
 慣れていない人間はライターを借りるものだ。人のたばこから火種を取ろうとはしない。
「かっこうを付けてる……ってのも違うわけだ」
「シンジ君の良いところっていうのは、そういうんじゃないんですよ……」
 言葉に出すのは難しいのだろう。なんとか伝えようとしているのはわかるのだが、結局見つけることはできないようであった。
 苦笑し、助け船を出してやる。
「で、どうだシンジ君は?」
「はい?」
「山岸さんに取られそうな気がして妬いてたんじゃなかったのか?」
「まさか! ……シンジ君じゃマユミなんて」
「そうかい?」
「そうですよ!」
 膝の上に頬杖をついてそっぽを向く。
「でも……マユミは」
 そっちの心配をしていたのかと吹き出した。
「青春だねぇ……」
「それ、おじさん臭いですよ?」
「もうおじさんだからな」
 たばこを取り出し、口にくわえる。
「でも、な……そんなに嫌いか? マユミって」
 マナは愚痴的に不満をこぼした。
「嫌いってわけじゃないけど、好きでもないから」
「どうして?」
「あの子っていらいらしません? ごめんなさい、ごめんなさいって、誰もマユミのせいだなんて言ってないのに、責めてるわけでもないのに……。あれって先に自分から悪者になっておいたら、もうそれ以上には責められずにすむっていうのを知っててやってるって感じがするんですよね。反省してる振りをして、責められたりしないように先手を打ってる、そんな感じがして」
「臆病なんだよ……」
「そういうのが、苛つくんですよ!」
 マナが思い出しているのは、戦闘直後のことだろうと察しが付いた。
 収容されたエヴァンゲリオン初号機とそのパイロット。わたしが悪いんです、ごめんなさいと謝るばかりで、反省しているとは思えなかったのだ。
 叱りつけても怒鳴りつけても、悪いのは彼女であるというのに、言っている自分こそが悪役のような気分にさせられてしまう。
 誠意を持って頭を下げているわけではなく、ただ見捨てられてしまわないようにと怯えるだけの彼女であるから、マナは多くの不満をため込んでいた。
(怒られるんじゃないかなんて自分のことを心配してないでっ、シンジの心配をしなさいよ!)
 言いたかったのは、そのセリフであった。


 ──翌朝。
「あの……碇君」
 遠慮がちに身体を揺さぶられ、シンジは薄目を開いて不機嫌に答えた。
「なに?」
「ごめんなさい……もうすぐ、その、時間」
「ああ……。わかった、起きるよ」
「はい……」
 シンジはあくびをしながら身体を起こし、背伸びをした。
 むにゅむにゅと口を動かしつつ、ビクつきながら遠ざかろうとするマユミの背中をぼんやりと眺める。
(どうもな……)
 緊張しているのはわかるのだが、それにしてもマユミのそれは行きすぎであった。
 寝起きなどは誰でも不機嫌なものであろうに、それを真剣に嫌われる要因だと思いこんで泣きそうになっているのだ。
 苛つくなという方が無理であった。


(でも僕にそんなことを口にする資格なんてないんだよな)
 訓練ともなると緊張感が漂うものであるが、この場の緊張感は別のところに根ざしていた。
「シンジ君!」
「なんだよ……」
「にやにやしない!」
「してないよ……」
 うんざりだよと顔で示す。
 訓練用のジムはネルフにこんな施設があったのかと思わせるようなところであった。
 いつか着たものと同じウェアに袖を通し、シンジは台本の内容を思い出しつつ踊っていた。
 今ひとつ様になっていないのだが、それほど目立った失敗はない。
 そんな彼の隣では、山岸マユミが四苦八苦していた。
 アスカよりも腰が低く、胸もないし、腰回りもある。
 しかしそのような違いも血の差に因った現れでしかなく、むしろ日本人を見慣れていれば、こちらにこそ顔が赤くなるものであろうことは明白であった。
 ──実際、シンジは意識していた。
(やりにくいなぁ、もう)
 黒髪を三つに編んで揺らしているのが今のマユミだ。うなじ、後れ毛……顎にあるものと同じくらいの大きさのほくろを首に見つけてしまい、シンジはなにか見てはいけないものを見た気になって、幾度も視線を逸らしていた。
「むぅ……」
 そしてマナは、そんなシンジ異常反応をめざとく感知し、らしくない様子に焦っていた。
 普段の運動量に問題があるのだろうか? あまり身体を動かさないタイプのマユミは、随分と水分保有量が多いらしく、簡単に汗をかき、レオタードにいやらしくも見える染みを広げていた。
 そういったものの一つ一つが、彼女が女の子であるということを意識させるのだ。マユミももちろんそんな自分の状態に気が付いている。だから気恥ずかしくて、きちんと手足を動かせないでいた。
「マユミ! 照れないで!」
「はっ、はい!」
 ミサトの叱責に反射的に顔を上げる。
 それでも胸を張れば胸を見られているのではないかと腕を縮ませ、腰を動かせばお尻の揺れが気になるのか足をもつれさせてこけかける。
「うう……だめかな?」
 半ば諦めかけているミサトである。
(マユミめぇ……)
 そんなマナの殺意の視線は、彼女だけでなくシンジまでも萎縮させてしまっていた。
 彼女の腹筋は割れている……割れているのだ、マナのお腹は。
 十四歳の少女のお腹にそれだけの筋肉があるというのは異常である。
 厳しい訓練を耐え抜いてきたということの証ではあるのだが、今では無駄なだけの筋肉だった。
 体を壊してよりこちら、そのような筋肉を酷使するような運動は禁じられてしまっているからである。もう一生使うことはないだろう……なのに筋肉は衰えることなく、脂肪もまた増えてはくれない。
 そんなマナにとって、マユミのふくよかさは嫉妬に値するものであった。その上その肉付きの良さがシンジ好みであるかもしれないとわかってくれば、これはもう警戒レベルをはるかに超えて、非常事態と言わざるを得ない状況であるのだ。
「あっ」
 またもマユミは足をもつれさせた。
「危ない!」
 とっさにシンジが支える。
「あ────!?」
 悲鳴はマナが絶叫として放ったものだった。
 シンジはマユミを胸で支えるように抱き受けた。マユミの手はシンジが横に出した腕に置かれている。とっさにつかまってしまっただけなのだが……彼女は全体重を彼に預けているような自分の姿勢に硬直してしまっていた。
「ちょっとマユミ! 離れなさいよ!」
「はっ、はい!?」
 ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら、マユミは自分で立つために、一旦シンジにつかまり直した。
 それはシンジの胸に肩を預けるような姿勢を取ることであり……。
「ごめんなさいっ、あの、ごめんなさい……」
 赤くなるべきかシュンとするべきかで悩んでいるような複雑な様子に、シンジはミサトに目を向けた。
 ミサトもまた同じことを考えたようだった。
「休憩にしましょうか」
「ごめんなさい……」
 結局はシュンとすることにしたようである、自分のせいだと。
「ごめんなさい」
 シンジはそんなマユミに対し、もはや何度目となるかもわからなくなったため息を漏らした。
 それでも嫌う気になれないで居るのは、そんな資格がないからである。
 ――自分は一生懸命やっているけれど、絶対に無理だと考えている。……それはかつての自分の思考形態そのものだ。
 だからこそ、責められない。
 シンジは隅に置いていたタオルを頭から被ると、誰にも見られないようにして唇を動かした。
「なんとかすることはできるだろうけど……」
 隠れて渋い顔をする。
 女の子の扱いには慣れている……例えその対象がアスカ一人であったとは言え、慣れていることには変わりない。慣れるしかなかったのだが、その応用でなんとかしてやることはできるはずだった……。
「はぁ……」
 シンジは天井を見上げた。
 ……ただ一つだけ、とても大きな問題があるのだ。
(アスカだから僕は……。なのにそれを、あの二人にしてやるなんて、できるもんか)
 それはアスカへの裏切りになる。
 だからシンジは悩んでいた。

Bパート

「でも意外だったわ」
 リツコはミサトが持ってきたデータを表示し、検証に入った。
「シンジ君、こういうの得意そうには見えなかったんだけど」
「合わせるのがうまいのよ」
「ええ」
 リツコのモニタには、二人のダンスシーンが映し出されていた。
 リツコがキーを叩くと、動画には一時静止がかけられた。その上にワイヤーフレームが重ねられ、腕、足、体、頭と、パーツごとに解析が進められていく。
 ピクリと反応したのは、倒れそうになったマユミを助けたシーンであった。
 ミサトはリツコの頭越しに見ていたから、彼女の表情の変わりようには気づかなかったが、リツコの顔つきは非常に厳しいものへと変化していた。
 シンジの出した腕が右腕であったからだ……そしてマユミを掴むような仕草はしていなかった。
 ──握力は衰えたままなのだろう。腕だけで支えて見せていた。
「マユミの動きは無茶苦茶ね……」
 そのシーンが終わるのを待って、ようやくリツコは口を開いた。
「これでも成果は出てるの?」
「まったく」
 大げさに嘆くミサトである。
「でもそれなりにちゃんとしてるように見えるでしょ?」
「シンジ君ね……」
「画像で見てるよりも、生の方がよくわかるんだけどね」
 壁に背を当てているミサトは、コーヒーを口に含んでから続きを話した。
「同じくらい下手に見えるのよね。だからレベルが合って見えて、ちゃんとしてるように感じられるのよ」
「なるほどね……」
 キーを押す。再び最初からの再生となる。ただし今度は解析結果も付加されている。
 ミサトには意味不明の映像と数値の羅列であるが、リツコにはわかるのだろう。
「でもこれじゃあ、補助の域を出ないわね」
「だから問題なのよ」
 頭を抱える。
「このままじゃあ、シンジ君がキレかねないし」
「あの子が? まさか……」
「でもなんにも進展しない状態で、何時間も毎日こんなことをやらされてたんじゃ……どんな人間だっていらいらするわよ」
「……マユミ、そういうの敏感だものね」
「そういうことよ。だからその前になんとか進展させないとね」
 マユミを攻撃の軸に据えて、シンジを補助に回すとしても、やはり最低限のレベルをクリアしていないのでは話にならない。
 だからこそ、ミサトはマユミの意識改革をもくろんでいた。


 ……マユミは落ち込むことができずに、余計に暗くなっていた。
 一人になれれば、延々と自虐的なことを考えて、鬱な気分にも浸れるだろうに、シンジが居てはそれもできない。
 性格的に、気を遣われるよりも、気を遣う方向で振る舞ってしまうのだ。そしてシンジには、そんなマユミの気持ちがわかりすぎるほどにわかっていた。
「山岸さん」
「はい……」
「お風呂……入ってきたら?」
 彼女は力無くかぶりを振った。その元気もないようで、ベッドの端から動こうとしない。
「でも風邪引くよ?」
 シンジはわざとマユミの隣に腰掛けた。
 ぎしりと鳴って、ベッドは軋む。
 しばらくの間は無言であったが、根負けしたのはマユミであった。
「あたし……無理です。やっぱり霧島さんと変わって」
 シンジは正直に顔をしかめた。
「……そうやって逃げたって、次に使徒が来たらどうするのさ?」
「それは……」
「その時はどうするのさ? 結局は繰り返しじゃないか」
「そうですけど! でも碇君にはわかりませんっ、絶対……こんなの」
 シンジは足の間で手を組み合わせると、指を絡め動かした。
「どうしてこう……」
 シンジはマユミを見なかった。
「似すぎなんだよ……」
「え?」
 吐き捨てるように口にする。
「結局さ……本当は恐いとかじゃないんだろ? できないから悔しいとか、責任を果たせないことが情けないとか、そんなでもないんだろ……。ただ恥ずかしいだけで、失敗して笑われたくないだけで、馬鹿にされたりするのが嫌だからって、やらないで済むように逃げようとしてるんだ、そうだろう?」
 マユミは力無くかぶりを振った。
 もはや顔を上げようともしない。
「違います……違う」
「……なら、なんなのさ?」
 シンジはマユミを捨てるように立ち上がった。
「……でも、これだけは言わせてよ」
「……なんですか」
 マユミはシンジを見上げて……恐怖に駆られた。
「霧島さんの体は……戦闘に耐えきれないってこと、忘れてるでしょ?」
 ぎくりとして、マユミは逃げ場を失った。


 次の日の朝、更衣室で着替えていたマユミの元に訪れたのは、真剣な顔をしたミサトであった。
「葛城さん……」
「ちょっと良い? 相談したいことがあってね」
「なんでしょうか……」
 昨日のことだろうかとマユミは怯えた。マナのことかと……。
 だがまだ着替えている途中であったマユミに向かって、ミサトは固い口調で持ちかけた相談は、それとは別の話であった。
「シンジ君のことなんだけど……」
 ──同じ頃、シンジの元には加持リョウジが顔を見せていた。
「またなにか悪巧みですか?」
「ま、そんなところだ」
 加持は隠そうともせずに素直に認めた。
 シンジが小細工の通じない相手であるとわかっているからである。
「半分は葛城の手伝いだよ……昨日、マユミをヘコましたんだって? あいつそれで自分がなんとかしなくちゃって思い込んだみたいだな」
「……無駄なのに」
「そうかい?」
「そうですよ」
「じゃあ君もマユミを降ろした方が良いと思うか?」
「まさか」
 加持の目に、興味深げな光が宿った。
「逆なわけだ? 乗せた方が良いと……」
「そりゃそうですよ……。僕だって山岸さんが使徒に向かって行けるようになるとは思ってません。でも、乗り越えられるようにはならなくちゃいけないんだ」
「使徒を?」
「試練……かな? 困難?」
 加持は自分の胸ほどの背丈でしかない少年の発するものに圧迫されて、軽くあえいだ。
「……試練か」
「僕がそうでしたからね」
「なんのことだ?」
「僕がやるしかないから……僕がやるしかないなら、僕がやるしかなくて。やらなくても良いんだろうけど、やらなかった時は、あの時僕がちゃんとしていればって」
「後悔か……それはみんなそうだろうな」
「でしょう?」
 苦笑して告げる。
「だから一つだけ、これはもう絶対だと思うんですよね。もし山岸さんが潰れちゃいそうになっていて、いくら可愛そうに見えたとしても、絶対にエヴァから降ろしちゃいけないんだ」
「その根拠は?」
「もし……山岸さんを降ろすとすれば、代わりに霧島さんを乗せなくちゃならないんでしょう?」
「ああ」
「もしそのせいで霧島さんが壊れたり、怪我でもしたら? きっと山岸さんはこう考えますよ、自分のせいだってね」
「……そうだな」
「そうですよ」
 確信を込めて口にする。
「山岸さんは自分のことだけを考えすぎてるんですよ。だから誰かに押し付けることばかり考えてるんだ。他人の都合を忘れてね? それじゃあいつかは、山岸さんはそういうことをする人なんだって思われて、敬遠されるようになっちゃいますよ」
「また自虐的に、自分はそう言う人間なんだって喜びそうだな」
「そうですよ」
(アスカ……)
 シンジの脳裏では、彼女が喚き声を発していた。
『かまってもらいたかったら優しくなってよ! あたしが失いたくないって思うくらいに甘えさせてよ!』
「僕には……好きな人がいたんです」
 加持はわずかに姿勢を正した。
 シンジの口調に感じるものがあったからだ。
「その子は、今は?」
「死にました」
「そうか……」
「ええ。だから僕も死にたいんです」
「おい……」
「良いんですよ。ただ……」
「なんだ?」
 シンジは言いづらいなと口にした。
「……忘れてください。やっぱり言いたくないから」
「そうか」
 加持はそれは残念だなと、今はここまでで切り上げた。
 無理に訊ねたとて、聞き出せる話ではないとわかってしまったからである。


 ぽちゃんと水路に石が跳ねた。
 ジオフロント。本部ピラミッドより少しばかり離れた場所には、庭園風の公園があった。
 水路が走り、噴水があって、簡単な東屋(あずまや)まで備えられている。
 しゃがみ込んでいるのはマユミだった。その背後にはシンジが静かに立っていた。
「山岸さん」
 シンジの口調は、いつも以上にそっけなさを感じさせるものであった。
「訓練始めるってさ」
 動こうとしない様子に嘆息する。
 やはり何かを吹き込まれたのだなと……だからこそ、そっけなく声をかけてみたのだから。
「じゃ……先に行くから」
「あの……」
 シンジはマユミの声に足を止めた。
 だが聞き返さずに、じっと待つだけにとどめた……彼女から口を開くのをただ待った。
「碇君……」
 マユミは膝を抱え直し、問いかけた。
「どうして……碇君は戦うんですか? どうして……」
 シンジは振り向き、彼女の背に向かい口を開いた。
「流されてるだけだよ」
「嘘です」
「なんでさ?」
「だって……碇君が言ったんじゃないですか、流されてるだけなのは嫌だって」
 シンジは派手にため息を吐いた。
 右手を軽く閉じ開きしている。
(やるしか……ないのか)
 アスカにすまないと感じる部分がある。だがこの少女を見捨てるようなこともできないのが今のシンジだった。
 アスカのことは好きであるし、想い出もまた大事にはしたい。
 だがここまでしがらみができてしまうと、後味の悪さは消しがたい。恐れていたことが現実になって来ていると、シンジは半ば諦めを持って謝罪した。
(アスカ、ごめんね?)
 シンジは、アスカが良いよと言ったような気がして、微笑んだ。
 こんな風に落ち込んでる子を見捨てるような奴は、あたしの好きなシンジじゃないと聞こえた気がして……シンジは許しを得た気分になった。
 彼女の隣にまで移動して、シンジはその場に腰を落とした。
 マユミの視線を感じながら口にする。
 かつての自分をそこに重ねて……シンジは辛辣に言い放った。
「山岸さんは……酷いよね」
「……わかってます」
「うん。……自分が嫌な思いをしなくてすむのなら、霧島さんがどうなったってかまわないんだろ?」
「碇君は……、だからエヴァンゲリオンに乗ったんだって聞きました」
「そうだね。もし霧島さんに押し付けることができたとしても、恨まれたりするのは嫌だったから……」
「だから……」
 マユミはせっぱ詰まった調子で口にした。
「恨まれないためなら……自爆だってできるんですか!?」
 そういうことかとシンジはマユミと目を見合わせた。
「山岸さん……」
「あたしには……そこまですることなんてできません」
 絶対に……そう苦悩していた。
「碇君の言った通りです……。あたし、お父さんに嫌われたくなかったんです。だからパイロットになっただけだったんです。自分が可愛かっただけなのに……なのに、恐くて」
 死にたくない……彼女はそう漏らした。
「嫌です……こんなの、恐くて……。でも、逃げたって、逃げ出したって、霧島さんに恨まれて、みんなに酷い目で見られることになるんでしょう? だったらどうしたら良いんですか? どこに逃げたって、どうにもならないなんて……」
 シンジは僕の話になるけどと前置きをして語った。
「逃げちゃダメだ……なによりも自分から」
 こんなことを僕が言わなきゃならなくなるなんて……シンジは内心で自嘲していた。
「自分から?」
「そうさ……僕も最初は逃げてたよ、自分から。情けない自分から。そんな人間だってことを気づかれたりしないようにって、必死にね」
 その告白は、確実にマユミの興味を惹いていた。
「それで……どうなったんですか?」
 ──儚く笑う。
「どうにもならなかったよ」
「そんな……」
「好き勝手なこと言われてさ……好かれたかったら逆らうなって感じだったんだ。でもそれって、自分で思ってただけだったんだ。勝手に……期待されてるんだって錯覚して、いい気になってた」
「…………」
「でも現実は違ったよ。まだ嫌だって言えた頃に、そう言ってみたことがあったんだ。そうしたらあっさりとね? じゃあいらないって捨てられちゃったよ」
「そうですか……」
「そうさ。でも結局は頑張ることにしたんだ……逃げ出すのも嫌だったからさ。でもそうしたら、どんどん嫌な目に遭わされてね。少しは浮かれることができた時期もあったんだけど、振り回されるだけ振り回されることになってさ……」
「碇君……」
 切なく見えるシンジの姿に、マユミの鼓動がトクリと鳴った。
「結局ね……」
 シンジは遠い目をして語り始めた。
「僕なんて……誰かがかなえようとしてることに必要な道具でしかなかったんだよ。それなのに目先のことに喜んだり、落ち込んだりしてたんだ。だからその誰かが望みを叶えた後は……」
 見つめ合う。
「道具の僕しか残らなかった」
「…………はい」
「でも僕は僕だ。僕の心は泣いてた。でもそれまで道具として人に使ってもらってたもんだから、もう考えることも、悩むこともできなくなっていたんだよ。そんな僕を叱ってくれたのがアスカだったんだ」
 目を逸らそうとするマユミの顔を、シンジはそれでも見つめ続けた。
「ほんと……似てるよ、山岸さんは」
「…………」
「僕も……山岸さんと同じだった……人に嫌われないようにって、身構えて……、好かれるように振る舞ってたんだ」
 でもと続ける。
「一つだけ違っているのはね? 山岸さんには守りたい自分がまだあって、僕にはもうないってことだよ」
 どうかしている。それがシンジの心境だった。
 こんなことを人に話すなんてと……自分の心の内に秘めて、大事にして、アスカの居る場所に赴こうとしていたというのにと……マユミを見つめる。
「山岸さん……」
「はい」
「山岸さんが人に嫌われたくないのは……、きっと、自分を守りたいからなんだろう?」
「はい……」
「でも僕は違うんだ……。僕にはもう、守りたい自分なんてないんだよ……いや」
 馬鹿なんだよなと自嘲する。
「人の顔色ばかり窺って……すぐごめんって謝って、許してもらおうって、そんな奴だった僕を叱りつけて、怒鳴りつけて、しっかりしろって」
 情けないだろうと、明かしていく。
「そんなだから、僕はアスカにすがりついたよ、……でも」
「なんですか?」
「もう……いないから」
「いない?」
「死んだんだ」
 目を丸くし、驚いて、マユミは聞くんじゃなかったとうちふるえた。
「そう……ですか」
「うん……。僕にとってはね? アスカって、憧れだったんだ。ずっと必死になって追いかけてたんだ。謝るな、泣くなって叱ってくれる人だったよ。……アスカは僕に、理想の形ってものを押しつけてくれたよ」
「理想……」
「そうさ! 僕はね、凄く情けなくって、いつもアスカをいらいらとさせてたよ。先に謝って、適当にかわそうとするような人間だったんだ。でもアスカはね? 泣くのも笑うのも、怒るのだって同じコミュニケーションなんだから、適当に終わらせようとするなって、すごく叱ってくれたんだ……。そんな情けない真似するような奴とは話したくないって言ってくれたよ。……努力する、がんばるってことをしない奴は嫌いだってね? だから僕は……僕たちはね、そんな状態から抜け出すまでに、いくつもの取り返しのつかないことをやり合ったよ」
 傷つけ合ってしまったよとシンジは告白した。
「きっかけはね? ほんのちょっとの勇気でつかめるものなんだ。でも一度逃すと、次からはもっとたくさんの勇気が必要になってくるものなんだよ? 次の時には、次の時にはって逃げる癖が付いちゃうからね……。結局、いつまでたってもどうしようもない人間になるだけなんだ、わかるだろ?」
「…………」
「そうやって、気が付いたらもう、ただの臆病者になっちゃってるんだよ。目の前にチャンスがあっても、勇気なんて振り絞れなくなってしまってるんだ。それでもいいの?」
「あたしは……」
「無理だって思ってるだけなんじゃないの? ほんとは大したことでもないのに」
「でも」
「無理でも良いさ。失敗したって良い……でもやれなかったことより、やらなかったことの方が情けなくないの?」
 ──いつもいつもいつも! アンタが助けに来てくれてたらぁ!
「それとも……それとも、一生後悔する方がいい?」
 歯を食いしばり、経験したことを伝えていく。
「いつも同じことをくり返しちゃうんだ……。変われるチャンスを前にしても、怖じ気づいて逃しちゃうんだ。……それからいつも後になって、あの時にって考えちゃって」
「……碇君にはわかりません」
「言ったろう? 同じだったって」
「でも」
「アスカが死んだとき……僕はとても満足できたよ。アスカは僕のすべてだった。すべてだって思いこんでただけかもしれない……。それでも僕は、アスカにならなんて思われたってかまわないって思ったんだ。なんて思われたってどうでも良いって思ったんだ……。だって、大事なことは、もっと違うところにあったんだって気づけたからさ……、なんだと思う?」
「……わかりません」
「隣にいる人が……辛そうにしてたら嫌じゃないか」
 そうだろう? シンジはそうやって微笑みかけた。
「簡単なことなんだよ……。好きになってもらえても、もらえなくても良いじゃないか。馬鹿にされたり、嫌われたってかまわないじゃないか。そんなことよりも、辛そうにされる方がたまらないんだよ、痛いんだ。ここがね?」
 そう言って、シンジは自分の胸を手で押さえた。
「どうして辛そうなのって聞くしかなかったんだ。馬鹿って言われたよ。寂しいのか、悲しいのか、痛いのか? 僕にはそんなこともわからなかったよ……だから、だから僕は、アスカに笑っていてもらおうって、元気でいてもらうためにはどうしたらいいのかなって、そういうことばっかり考えるようになっていって」
「…………」
「僕は……そういう気持ちを押し付けることを覚えたよ。泣きたいなら泣いてよって、寂しいなら言ってよって。僕のことなんて考えなくて良いからって、どうしてくれたってかまわないからって、アスカの気に入るような僕になってあげるからって……そんな僕にね? アスカはカッコイイ人はこういうものなんだよって押し付けてくれたよ。だから僕は、少しはマシな人間になれたんだ」
 マユミは真下にうなだれた。
「あたしには……そこまで思い合える人なんて」
「霧島さんじゃだめなの? 理由にはならないの」
「……はい」
「そっか……、じゃあ仕方ないよね」
 シンジはマユミの肩をぽんと叩いた。
「山岸さんは見てればいいよ」
「え……」
「言ったろう? 自己満足だって……僕が自爆って方法を選んだのはだからだよ」
「……霧島さんが酷い目に遭うところなんて見たくなかったから?」
 そうさと頷く。
「同じくらいにね……山岸さんが酷い目に遭ってるところも見たくないんだよ、僕はね?」
「碇君……」
「山岸さんが辛そうにしてるのも痛いんだよ。なら痛い目に遭った方が気が楽なんだよな……。体の痛みは我慢できるけど、心の痛みには耐えられないんだ……だって忘れることが難しいから」
 微笑みかける。
「たぶん、山岸さんにならわかるはずだよ、この理屈は」
「はい……」
「勇気を出して、酷い目に遭ってた方が、ほんとはずっと気楽だったってことはあるんだよ。僕はそう思ってる」
「だから……戦うんですか?」
「そうさ」
 その時、シンジの顔は、別人のように『男』になった。
「困難に立ち向かうとか、打ち勝つなんていうのは、強い人間のやることだよ。でも僕は違う……僕は臆病で……弱虫で」
 なにかを堪える。
 自身の胸ぐらをぎゅっとつかんで……シンジは語った。
「どうしようもない人間なんだよ……僕なんてね? 本当は強さなんて欠片もないんだ。勇気がないから、なんとかやり過ごしたり、かわしたりして、乗り越えたように見せかけてる……それだけなんだよ。それでもアスカが満足してくれるなら、騙し続けようって思ったんだ。僕はそんな嘘の自分が本当の自分になるように無理に無理を重ねたよ。……山岸さん? 山岸さんに、こんな方法が合うかどうかはわからないよ。でももう道は一つしかないんだ。エヴァに乗る以外に道はないんだよ。……乗らなきゃなにを言われるかわからないんだからね? 後は巧くやるか、巧くごまかすか、なにもできないままで終わるか、そんなところさ」


「むぅ……」
 マナは不機嫌に二人の様子を盗み見ていた。
 拒絶の意思を表していたマユミの変化が、良くないものに思われたからだ。
「そう気にしなくても」
「します! 絶対シンジ君、余計なこと言ってるんだから……」
 嫉妬するマナに可愛いらしさを感じてしまうミサトであった。しかし怪訝に思っているのは彼女もまた同じである。
(確かに煽りはしたんだけど……)
 どうにも思っていたのとは違うところに落ち着きそうな雰囲気なのだ。
 すがるようなマユミの瞳は、どう見てもシンジを頼れる存在だと認知したようにしか思われない。なら?
(シンジ君……)
 彼はなにかを伝えたに違いないのだが、生憎と盗聴器の類を彼女は仕掛け忘れていた。
 ミサトはほんのちょっとだけ……ちょっとだけ彼の将来を心配したのだった。
 自分の知るふしだらな男のことが、どこか重なって見えてしまって……。
(ああはならないと良いんだけどねぇ)
 実は女慣れしていたのかもしれないと、隠れて吐息をこぼすミサトであった。


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